13:その意味
それから暫くは平凡な日々が何日か続いた。
"紋"の件が思いの他時間が掛かっているらしく、あれから陛下から色よい返事が来ないのだ。
何時までも無職のまま王城でご厄介になるのが心苦しいのだが、これが中々上手く進まない。
ただお任せしている身なので、只管待つしかない。
だがその間ぼけーっと過ごしている訳にも行かず、リリアーレさんからこの国の貨幣価値や流通事情や食事についての事を勉強させて貰っていた。
たまに王城の料理長にも実際意見を聞かせて貰ったり出来たのも良かった。
この国の基本的な食事情をリサーチしておけば、城下に下りた時にきっと役に立つ。
一日の大半はそういった勉強に当て、午後のお茶の時間に合わせて王妃の所にご機嫌伺いをしてちょっとしたお話をする様な生活を送っていた。
そうしている内にすっかり料理長や王妃付き侍女さんと顔見知りになれた。
最初は余所余所しかった料理長も、わたしが料理について真摯に聞く様子に料理人として信用してくれたのだろう、今ではちょっとした話も出来る様になった。
ここで過ごす様になってからのわたしの交友関係(交友と言うか…親しくして頂いてる)と言ったら、ミシュ、リリアーレさん、陛下、ルキさん(相変わらず会ってないが)と片手で足りるくらい少ない。
けれど四人に対しては本当に感謝している。
だから今日はわたしの仕事を見せる意味も合わせて、ある事を試してみようと計画を立てた。
お茶の時間になる前に料理長の所に、それから侍女さん達の詰め所に足を運んでちょっとしたお願いをしてきた。
―――それはお茶の時間の事について
ここの王城で出される主なお茶請けは軽めのパンやチーズ、フルーツなどで、いわゆるスイーツと言う甘いお菓子が無い。
それに出されたパンも軽食用サイズと言うより、ちょっとした食事の量で出される。これでは残してしまう人も多いだろうし勿体無い。
その代わりに紅茶や飲み物には砂糖をこれでもか!と投入するのだ。
入れてはいけない訳ではないが、これでは折角のお茶の風味を楽しめないだろう。
―――だから今日は、わたしなりのお茶会を演出してみようと思った。
あとはわたしが動くだけ。
陛下とミシュとリリアーレさんには予めお茶の時間にある場所に来て貰う様伝えてある。
ルキさんは結局部屋でも会えず仕舞いだったので、リリアーレさんに代筆をお願いして手紙を置いてきた。
出来る事なら来て欲しい。
そのある場所とは王城内にある園庭―――
今日はそこに侍女さん方にお願いして背の高いテーブルと椅子を用意して貰ってある。
四人が来るまで、まだ時間はたっぷりある。
わたしが椅子の位置や整えていると、料理長や侍女さん方が頼んでおいた物を持ってやってくる。
「あの、頼まれた物を用意しましたが。これは一体…?」
料理長はお皿に載せて持ってきた物に、戸惑いが隠せないようだ。
聞くとこの国では庭でお茶を飲む習慣が無いそうだ、それに部屋でお茶を飲む時も基本はソファに座って飲むらしく、背の高いテーブルや椅子はあまり使わないらしい。料理を庭に運んで貰う様に頼んだわたしの意図は全く意味不明だろう。
「気にしないで下さい。今日は趣を変えて見たい気分なんです」
「はあ…そうですか。あのこの料理皿はどうすればいいでしょうか?」
「あ、こっちに頂きます」
料理を見て、依頼していた通りの出来栄えに知らず笑みがこぼれる。
流石プロの料理人、こちらが指示した事を忠実に再現してくれている。
「ありがとうございます、流石ですね」
「いいえ、この年になって勉強させて頂きました」
「この花瓶はどうしましょう?」
「あ、それはですね…」
久しぶりの仕事の感覚に気分が高揚してくる。
強力してくれた料理長や侍女さんの為にも絶対に成功させようと思った。
―――暫くすると軽い衣擦れの音と一緒に足音が聞こえて来る。
「こんにちはミオ様」
「邪魔をするぞ」
「お呼ばれしたよ」
「リリアーレさん、ミシュ、陛下。こちらにどうぞ」
招待していた三人がやってきたので、それぞれ席へ案内する。
今日は皆が顔を合わせられる様に円形テーブルにしてもらった。
並びは陛下、ミシュ、リリアーレさん、ルキさんの順。
先に席に来た三人は慣れないテーブルや椅子などに、少し驚いた様子だが興味の方が強いのだろう、テーブルの上に並べられた物をしげしげと眺めている。
―――ただ一つの席を除いて、全ては整った状態だ。
周りを見渡してみるが、彼の姿は見えない。
しかしお客様は席に付いた、これ以上待たせる訳には行かないので、先に始める事にする。
「ようこそ御出で下さいました。今日はわたしなりのお持て成しをさせて頂きますので、楽しんで頂ければ幸いです」
* * * * * * * * * * * * * * *
「ミオ、この"ミルクティー"と言うお茶は、初めて飲むけど美味しいね」
「ミルクを入れてまろやかにしてあるんです。こういった午後のお茶の時間には好まれる飲み物なんですよ」
「へえ砂糖を入れずとも飲みやすいね」
「この"ジャム"も、酸味と甘味が丁度良く"スコーン"に合いますわ」
「それは料理長が頑張って下さいました。苺もラズベリーも今日のために朝から作って下さったんです」
「然様でございましたか。お茶に良く合いますわ」
「テーブルクロスも刺繍が細かいな。飾られた花々も見目麗しい」
「侍女さん方がミシュ好みを考慮して一生懸命編んでましたよ。このお花はこの庭に咲いている物です」
「茶の席で花を愛でると言うのもいい物だな」
今回わたしが用意したのは、一般的なアフタヌーンティー。
ストレートティーの後のミルクティー、ティーフーズは一口サイズのサンドイッチの後にスコーンを、付け添えにはラズベリーと苺のジャムを用意して貰った。
―――本当はクロッテッドクリームを作りたかったが時間が足りなかったので残念ではあるが。
テーブルセッティングはミシュが好むローズ刺繍のレースクロスを用意して貰ったり、庭師さんにお願いしてピンクローズをテーブルに置かせて貰っている。
三人は初めて飲むミルクティーやスコーンに舌鼓を打って会話も弾んでいる様だ。
好感触にやって良かったと思う。やっぱりお茶も食事も楽しんで欲しいのだ。
大体会話が落ち着いて来たところで、今回貢献してくれた人を紹介する。
「今回のお茶会ですが、如何でしたでしょうか?」
「お茶の時間がこんなに楽しかったのは初めてだよ」
「ここではこの茶会を広めるべきだな」
「素敵な時間を過ごさせて頂きましたわ」
「それは良かったです。それから、今回このお茶会に欠かせない人達を紹介します」
そういって、一歩後ろに控えて居た侍女さん方と料理長を呼ぶ。
皆ここで名前が出るとは思っていなかったのか、戸惑いつつも前に出てきてくれる。
「今回この時間を作る為に料理やお茶を用意して下さった料理長、それに花のアレジメントやテーブルクロスなどを作ってくれた侍女さん方です。この方々が居なかったら、この時間は作れませんでした。」
そう言って、わたしは後ろを振り向き料理長や侍女さんに頭を下げる。
突然言い出した事にも、快く強力してくれて本当に感謝している。
「いえっそんな」とか「こちらこそ」など皆慌てているが、まんざらでも無さそうだ。
本来お茶会は招待する側もされる側も、楽しんでこそなのだ。
"おいしい"や"ありがとう"が最高の報酬である。
一生懸命もてなしの準備をして、それが喜ばれるとそれまでの苦労が嘘の様に感じられるのだ。
「これがミオがしたい仕事なんだね?」
「はい!」
「私は賛成だぞ。しっかりやると良い」
「私もですわ」
―――サアっと柔らかい風が吹く
次の瞬間に空から沢山の花弁が落ちて来て空間に彩りを加える。
フワフワと漂う花弁はまるで踊っている様で幻想的だ。
まるでこの場の雰囲気を温めるかの様に、優しくそよぐ風と花。
あまりの光景に周りに居る侍女さん方を始め皆が頭上を見上げて花弁の舞ってる様に見惚れた。
突然の花の雨にお茶会の席は暫く時が止まったかの様に感じられる。
―――数秒か数分――花弁は全て地に落ちてしまうが、暫くはみんなが余韻に浸っていた。
「凄く…綺麗でしたね。雪が舞ってるみたいで、わたしの国では花吹雪って言うんですよ」
「確かに雪が舞う様だったな」
「本当に最後に良い物が見れました」
本当に今の光景は幻想的で夢を見ているかの様に綺麗だった。
白の花弁が舞う様は桜吹雪の様にも、雪が舞っている様にも見えた。
けれどその光景は、ここには居ない人を彷彿させた。
―――まるで雪の様だと思った
今日用意した席は四つ。―――席は一つ空いたままだ。
わたしとミシュとリリアーレさんが今の光景に感嘆していると、向かい側で陛下が可笑しそうに笑っている。一人だけ話に加わって来ないので、ミシュもリリアーレさんも不思議そうだ。
「どうしました?」
「いや…素直じゃないなと」
「何の話です?」
「今の花、ルキだよ」
「「「えっ?」」」
三人の声が重なった。
ルキさん?来ているの?見渡してみても姿は何処にも見えない。
同じ様にミシュもリリアーレさんも周りを見ていたが、わからない。と言う表情だ。
「恐らく来辛かったんだろう、それでさっきの花って訳さ」
「…意味が分かりませんが」
「お茶に招いた御礼と思っておけばいいよ」
「そこ空席ですけど」
「まあだから素直じゃないって事さ、微笑ましい事するじゃないかあいつも」
―――お礼?―――花?
それっきり陛下は笑ってるだけで何も教えてくれなかった。
―――ルキさん?