12:その間柄を表すもの
「じぇええええええええああ!!!!」
「くっ!」
「っらああっ!」
「うあっ!」
気合の篭った掛け声が響き渡る。
その後にはドスンとかドサッとか重たい物が地に落ちる音。
今わたし達が居るのは、王城の訓練場。
騎士が体を動かしたり、体を鍛える為に日々精進している場所だ。
王妃様に会う為に後宮に足を運んだのだが、肝心の王妃様は居なかった。
部屋の侍従長に話しを聞いたら、訓練場に出ていられると言われてやってきたのだ。
その訓練場のど真ん中には、王妃様。
今はドレスを脱いで簡易の騎士服を纏い、長い髪を三つ編みにして背に流している。
王妃様は体を動かすのが好きで、毎日数時間は訓練場に来ているそうだ。
そう言われて頭に浮かんだのは屋内スポーツだったのだが、実際に来てみて想像が想像でしかなかった事を知る。
彼女は周りを複数の騎士に囲ませて、組み手の様な事をしていた。
無用意に掛かってきた騎士の腕を掴むと逆に投げ飛ばし、様子見をしている者には自分から打ちかかって足払いし、バランスを崩した所に掌底を打ち込んでいる。
身を起こしては倒したり、騎士達の中を動く王妃様の動きは流れる様で無駄な動きが見えず惚れ惚れしていた。
飛ばされた騎士もまたすぐに身を起こし、王妃様に向かっていく。
ちぎっては投げちぎっては投げ……ワラワラと人が動く様は宮崎映画もまっつぁお。ギャグか。
何ともアグレッシブな体の動かし方だ。
王宮の美しい庭園で麗らかな日差しの中優雅にお茶を楽しむ王妃様―――ウフフなんて素敵。
そんなわたしの王妃様像を打ち壊す笑顔装備で猛々しいお姿だ。この国の人ってなんかおかしい。
あるいは一番ファンタジーなのはわたしの脳味噌なのか、現実なんてそんな物なのか。
長く続いた組み手も、急に鳴った鈴の音がした瞬間ピタリと止まる。
どうやら時間設定をしていたらしい。
王妃様も騎士達も少し息が上がっているが、まだまだ余裕な様子でにこやかに互いの健闘を称え合っている。粗方の騎士とのやり取りを終えた王妃様が、漸く壁際に立っているわたしとリリアーレさんに気付く。
「ミオ!久しいな、壮健か?」
「おかげさまです」
「リリアーレもな!」
「立礼、ご容赦下さい」
(久しいって…まだ4日ですよ王妃様)
王妃様が足早にこちらに近づいてきた。変わらない態度や表情に苦笑してしまう。
「どうした、珍しい所で会うたな」
「はい、少しお話したくなりまして。お時間ありますか?」
「良いぞ!だがこんな暑苦しい所では落ち着けんな、部屋に戻るぞ!」
「はい」
王妃様の後を付いて行き、先ほど一度訪れた部屋に戻ってきた。
侍従長にお茶の用意を命じ、王妃様は着替えの為に一旦退出される。
部屋の主が戻ってきた事により、勤めている侍女さん方はテキパキと指示に従い動き出す。
わたしは勧められたソファに座ったが、何故かリリアーレさんは座らずに立ったままだ。
「?リリアーレさんは座らないのですか?」
「はい、私は王妃様の客では無く、ミオ様のお供ですから」
一人だけ座っているのも居心地が悪く、咄嗟に立とうとしたが「失礼にあたる」と素早く言われて仕方なく一人で座った。こうした扱いを受けるのは日本人には珍しく戸惑ってしまう。
自分より年上の人が立っているのに、自分が堂々と座っているなんて居心地が悪い。
目の前にはわたしに用意されたお茶が湯気を立てているが、手が出しにくい。
早く王妃様が戻って来てくれないかと思っていると、願いが通じたのか、ドレスに着替えた王妃様がやって来た。
今日は藤色のドレスを着ていて、相変わらず"ゆっさゆさ"。
わたしの向かい側に座ると、王妃様の所にもすぐお茶がセッティングされた。
「寛いでいるか?」
「…少し緊張します」
「ミオは慣れてない様だな。リリアーレ座れ!それから茶を持て!」
後ろを気にして、遂スルッと口をついて出てしまった言葉に、気付いた王妃様がリリアーレさんに座る様促す。後半部分は後ろに控えている侍女さんに。
(うああ…すみません!儀礼とか色々あるのでしょうが、その!慣れないのです!)
リリアーレさんが礼儀を大切にしている事はよく分かる。わたしの部屋で2人きりの時ならいざ知らず、王妃様の部屋で礼儀を欠く行為をしないのは分かっているのだ。
いっそバケツ持って廊下で立っていたい気分だ。命じられたら嬉々として従おう!寧ろ誰か命じて!
「では御前失礼致します」
「相変わらず堅いな」
静々と流れる様な動作でわたしの隣に腰掛けるリリアーレさん。その姿は洗練されていて本当に見惚れてしまう。
ボケッと見惚れているわたしと目が合うといつものニッコリとした笑顔で返された。
あれ?呆れてたりしないの?
先程命じられた侍女さんが、リリアーレさんの前にお茶を用意してまた後ろに控える。
「主にお茶を許されば、許されるのですよ」
「あ、そうなのですか」
「ミオが上の空ではオチオチ話も出来んからな。」
お茶の用意=お茶にお呼ばれされたからお客と言う扱いなのだろう。
初めて見る習慣は戸惑うばかりだが、面白いなと思った。
隣に彼女が座った事で漸くわたしの落ち着かない気持ちも治まった。
まずは3人とも出されたお茶を飲み、一息付いた所で王妃様が切り出した。
「して、改まって話とは何だ?」
わたしはカップを下ろしてから、王妃様の目を見てから口を開いた。
「先日は失礼な事をしてしまって申し訳ありませんでした。」
「……む?」
「その…折角お時間取らせてしまったのに、中途半端になってしまって。それにキチンとしたご挨拶もせず別れてしまったので、大変失礼しました」
「……」
王妃様が何も言って来ないので、言いたい事を言い切って低く頭を下げる。
本当は土下座したい所だが、この国では土下座しても伝わらないだろう。
(―――――……)
(………?)
全く反応が無い。どういう事だろう。王妃様の性格だったら何かしらスパッと言って来そうなものだが、無言の沈黙が続いている。とっても居心地悪い。
幾ら待っても何の反応が無く、少しだけ頭を上げて王妃様を見ようとしてそのまま固まった。
いや、"わたし"も固まった。
王妃様はカップを手に持ったままの状態で固まっている。
ついでに目をかっ開いて。
リリアーレさんはそんなわたしと王妃様にも気にせず優雅にお茶を続けている。
「あ…の?」
「…はっ!?何だ突然!」
わたしが声掛ける事で、王妃様は漸く気付いたと言う様子。
何だろう何時もの堂々とした態度とは思えない。何故か戸惑っている様子でこちらも不安になる。
まさか、頭を下げるって謝罪にはならない?異世界流"決闘を申し込む"と同じ動作だったりするのか?
武道を嗜む王妃様に対して、ふにゃふにゃなわたしが決闘を申し込む。そんな突然の事に王妃様も戸惑ってしまっているのか。
自分勝手に変な想像をしてしまう。
「あの…先日の謝罪をですね…」
「しゃーざーいー?……何を急に!!!」
「ですから…広間で失礼をしてしまった事に対しまして」
「そんな事気にしておったのか!!!」
「えっ…ええ?」
寧ろこっちが驚きである。
「あれ位で非礼を欠いたとは言わん!!ミオにはミオの事情があるのだろうからな!!」
「ですが…折角王妃様方自ら連れて行って下さったのに…」
「そうそう、私達個人でだ。私達が勝手に連れて行き、付いて行きたいから付いていった。アレは公務ではなく個人的な用事であり、楽しみだったのだ。だから護衛も遠ざけた。それをどうこう言う者は居ない。個人的にも怒りなぞ抱いておらんから、お前も気にする必要はないぞ!」
「……」
「そんな事を気にして詫びに来たのか。ミオは自分に厳しい様な」
公式の事だったら何かがあった時に、わたしにも非を認めなくてはいけない。
だからあの日、護衛騎士が一歩離れていたのだ。そんなに前から気を使ってくれていたのか。
何から何まで本当にすみません、だ。
それにこちらの気持ちや事情をあえて聞かずとも、酌んでくれる懐の深さに泣きそうになる。
―――王妃様は最初からずっとこんな風に接してくれた。
偏見も格差も何も無く、最初から"ハーミシュリエラ"としてわたしに接してくれていた。
彼女のこの魅力は何処から溢れ出てくるんだろう。
初めて会った時よりも、今の方がずっとこの女性に惹かれている。
普段だったら伏せている、自分の気持ちが王妃様には不思議と話せた。
この人には嫌われたく無いなあ、と素直にそう思える。
―――やはり此処に来て良かった。
「厳しいと言うより、次に会う時気不味くなるのが嫌で…これは保身です」
「それでも構わん、気持ちは分かったからもう良い」
「はい、有難うございます、王妃様」
「うむ、……ところで話は変わるがな、ミオ?」
「はい?」
突然王妃様が話題を変えようとして来る。
一体なんなんだろう。
「その"王妃様"を止めぬか?」
「…え?」
「"王妃様"呼びだ。お前にそう呼ばれるのは嬉しくない」
(ガーン!嫌われたく無いと思った瞬間に呼ぶのを否定された!)
女児呼びの時の様にクリティカルな衝撃を受ける。
「ああ、待て待て何か勘違いしているな」
「…はい?」
「つまりな、私の事は名前でな?」
「…名前で?」
「そうだ、"ハーミシュリエラ"だ」
オウム返しに聞くわたしに王妃様は 名 前 で 呼 べ と。
「いいいっっっ無理です!!」
言われた事を理解した瞬間に否定の言葉が飛び出した。
部長や社長を名前で呼ぶのとは訳が違う!
王妃だ王妃!!王族なのだ!称号や身位に尊称をつけて呼ぶのがスタンダードなお方だ。
そんな方を名前呼びなんて恐れ多い。
「ミオ。さっきも言ったが私はこの先も、ミオとは"個人的"に付き合っていくつもりだ、個人的な希望なのだがな?」
「そっそれでも…」
「私の個人的なお願いだ」
「っうう」
「なあ?ミオ?」
ぐはっ!王妃様が少し悲痛そうな表情で身を乗り出してくる。
おおすげえ谷間だ、絶景絶景~じゃねーよ!
「うわわ、あああのでも」
「…チッ落ちんな」
舌打ちは良くないと思います。あと色気を女性に向けるのは可笑しいです、陛下に向けて下さい。
王妃様はガラリと色気を引っ込ませ、足を組むと、それまで黙ってお茶を飲んでいたリリアーレさんに視線を向けた。
(リリアーレ!何とか言え!)(私では何とも)(一人だけ名前で呼ばれて調子に乗っておるな!)(呼ばれる楽しみは、お分かりにはなりませんでしょうね、"王妃様")(…ぐっ!)
2人が目で会話している間、澪は開放されたと思って暢気にお茶を啜っている。
別に仲が悪い訳ではないが、王族貴族間のやり取りなんてこんな物だ。
「…そうだミオ!私に会うには理由が必要なのだ!だがお前は貴族ではない!」
「……そうですね?」
「そうとも、お前は貴族ではない。そしてこの後宮には今後も来て貰う!だが従事としてではない。これの意味する所が分かるか?」
「いいえ?」
王妃様の言わんとしている所が全く分からない。この国の人間ではないのだから貴族にはなれない。
その事を繰り返し言うのは何故なのだろう。
隣のリリアーレさんは肩を揺らしてそ知らぬ振りだ。
「友だ!」
「……とも?」
とも?艫?智?朋?鞆?徒も?戸も?TOMO?
そんな役柄あったかな?何だか一つだけ、非常にピッタリ来る"とも"を知っているけれど、はっはっはっはまさかまさか。わたしはそこまで脳味噌フェアリーじゃないぞ。
―――うん、うんまさかね。
「私の個人的な友として、今後も会おうではないか?」
「ええっと…」
ああ…何だか前後の単語や接続語からとっても"友"が当てはまる事を仰ってる王妃様。
わたしは最後の足掻きで見当外れな事を言っている。
「友として、親しい友として!な?」
「う…」
「友ならば、名前で呼ぶのが普通よな?」
「うひっ…」
「そうだ親しい友ならば、"愛称"で呼ぶのが普通だろう」
「ひょっ」
「どれ、一つ練習に言ってみるか?"ミシュ"と呼んでごらん?」
「ふわわわわ」
王妃様が猫なで声でわたしに囁いてくる。
いつの間にかテーブルを回り込んで、わたしの隣に来ている王妃様。
手を持たれて真正面から覆いかぶさる様な囁きにわたしはどうする事も出来ない。
大きな柔らかき物を押し付けられて、顔に熱が集まる。
隣でリリアーレさんが「陛下には見せられませんね」と呟いている気がする。
結局―――
「ではなミオ。また時間が有る時には"があるずとおく"をしような!」
「……はい、ミシュ」
恐ろしいこの国の王妃!恐ろしいミシュ!流石は類まれなるお胸の持ち主!
わたしは色気と胸の前に陥落して(別に関係ない)彼女を名前で呼ぶ事になった。
しかも人目が無い所では敬称をつける事も禁止された。
だから人が近くに居る時は今まで通り"王妃様"、部屋の中や知り合いしか居ない場所ではハーミシュリエラ改め"ミシュ"と言う様になる。
王城を出る話をしている間も、慣れていない為にうっかり"王妃様"と出ようものなら、鋭く否定されて着実に慣れさせられている。
もう"王妃様"では返事をしないとまで言われた。
強引な…と思うのに、彼女の事を嫌になったりはしない。
何だかんだと向けられる好意が嬉しくて、こそばゆい。
新しく出来たこの関係は、改めて言われると恥ずかしいが、決して嫌な物ではない。
この生まれた世界も考えも人種も違うわたし達を表すこの間柄。
―――この世界で初めて"友達"が出来ました。