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プレリュード

のんびりしようとやってきた川原に、キラキラと光る銀色の瓶が落ちている。

何だと思い近づいてみると、その瓶に何やら文字が書かれていた。



  『このビンを拾った方は丘の上の白い屋根の家までお越しください』



誰かのイタズラだと思った。

けれども、何やら心をくすぐられるような思いでその瓶を拾ってみた。

片手に収まる大きさの瓶で、表面は銀色で光を反射していた。

白いラベルに手書きの文字。

やや丸みがかったその文字は、女のものだろうか。

いつしか好奇心と淡い思いで丘へと足を運んでいる自分がいた。



 乾いた土の坂を登り、小高い丘の上までやってくると、そこには一軒の家があった。

瓶に書かれていたように、白い屋根の家。

洋風の造りの家で、広い敷地内に珍しい西洋の植物が生えていた。

よく手入れをされた生垣に、薔薇のアーチと洒落ている。

また、屋敷内から聞こえてくるカナリヤの声が、珍しかった。

こんな処にこんな屋敷があるとは、全く知らなかった。

新発見をした気持ちになり、心を躍らせてその薔薇のアーチを潜った。

瀟洒な造りの白亜が矢鱈と光っている。

雲一つ無い快晴に浮かぶ、真っ白な雲のようにそれは浮かんで見えた。

固く埋められた石畳の上を歩いて、白亜のドアまでやってきた。

開け放たれた窓から大きめな籠に入れられた黒いカナリヤが啼いている。

ドアの真ん中に獅子の輪っかがつけられている。

コンコンとドアを叩き、開くのを待った。

其の間、大きめの籠に入れられたカナリヤから目を離すことは無かった。

風が吹く度純白のレースが黒いそいつを隠す。

そいつが一啼き、二啼きしてもドアが開くことは無かった。

不思議だと思い、ドアのノブに手を掛けた。

ガチャと音を立て、ドアは簡単に開いた。

次の瞬間には、足を踏み入れていた…。





 中に足を踏み入れると、何処からとも無くいい香りがした。

今まで嗅いだ事の無い香り。

これが西欧の香りか。

胸いっぱいに香りを吸い込み、人を呼ぶ。

しかし、誰も出てこない。

今は留守なのだろうか。

それにしてもドアも窓も開けっぱなしで出かけるとは。

踝を翻し、この家から出ようと思ったその時だった。

部屋の奥で何やら音楽が聞こえているのに気が付いた。

どこかで聞き覚えのあるクラシックの名曲。

ドビュッシーの月の光とか言う曲だったか。

位置的にあの黒いカナリヤのいた部屋のようである。

誰かいるかと思い、悪いとは思いながらもその部屋へ入っていくことにした。



 明るい洋室にいたのは若い少女だった。

まだ十代と思われる少女は、雅なソファの上で優しい寝息をたてていた。

読みかけの英字文学本と飲みかけの紅茶が新鮮だった。

余りのキレイな寝顔に、声をかけるのも憚れた。

ここは大人しく夢見る少女をそっとしておくのがいいだろう。

けれどもここに来たというしるしを残したい。

ポケットに入っていた黒いペンを取り出す、そして件の瓶。

簡単にさらさらと書くと、夢見る少女を部屋に残し表へ出た。

空にはいつしか真っ白な雲が湧き上がっていた。

バラのアーチを潜ると、あのカナリヤの声が一、二回聞こえてきた。

バラの香りは家の中の西欧の香りに負けず劣らず強かった。



 『あなたの寝顔はいただきました。返して欲しければ川の下流の青い瓦屋根の家まで来てください』



乾いた土の坂を下る間中、カナリヤと西欧の香りで胸がいっぱいだった。

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