だまされてもかまわない
しいな ここみ様企画「冬のホラー企画4」参加作品です。キーワードは「あの子」「体温」「南南東微南」。
長らく繁栄を誇ってきた交易都市イシュルは一夜にして崩壊した。
年越しの祭りの晩、イシュルの街中は華やいでいた。街のいたるところに雪の意匠の飾り付けがされる。領民にも魔の森の恵みを受けた各種料理をはじめとしたご馳走に菓子、酒が振る舞われいたるところで人々は浮かれ騒いでいた。
その祭りの夜に代々領主一族が守護してきた結界が破壊され、魔の森から魔獣が街へ殺到したのだ。大半の住民は逃げきれずに魔獣に襲われ、街は悲鳴と血と死体で埋めつくされた。
生き残った者達は口々に叫んだ。領主の娘にして当代の聖女ナディーヌ。彼女が怪しい男に誑かされて結界の封印を解いたに違いないと。
この日、領主の城も開かれ無礼講と楽しむ者で溢れていた。そこへ美しい金髪碧眼の異国の貴族がイシュルの城にやってきたという。
南南東微南からやって来たサンリュ国のキリアン伯爵と名乗る若い男。華やかな衣装を纏う伯爵は領主達の前で、剣舞を披露し金銀財宝を捧げたものだから宴は盛り上った。
男の美麗な姿に魅了されたのが歴代随一の聖魔力を持つと言われた聖女ナディーヌ。聖女が結界の守護のため神殿で祈る姿は清らかで美しく、領民から慕われていた。その彼女がキリアン伯爵を側に呼び、宴の間片時も離さなかった。
美しい金髪に宝石の様な青い瞳の聖女と異国の伯爵。誂えた人形の様にお似合いな二人に人々は宴の間に見惚れざわめいていた。そして宴が深まる中、ナディーヌは男と共に姿を消したという。
「ナディーヌは聖女じゃない、魔女だ!」
「魔女の一族に断罪を!あいつらのせいで皆、魔獣に食われて死んだんだ!」
◇ ◇ ◇
一方。王都から派遣された騎士達は牢獄で幼い少女に事情を聴取していた。神殿でただ一人生き残った少女は騎士達の問いに素直に答えている。
白い髪に赤い目をしたユーヌ。少女は痛々しいほど痩せ細っていた。
◇ ◇ ◇
おじさん、ここってずいぶん良い所なんだね。え?ろうごくっていうの?悪いことした人が入るっていう?
本当に?……だって朝晩ご飯が出てくるし、寝る所があるんだよ?毛布ってふわふわで温かくて良いね。毎日寝られるなんて天国みたいだよ。
あたしのいた所はご飯は一日一回でればよかったかな。毎日ずっとお祈りしていた。
そうだよ、あたしはいつもお祈りする所にいたの。
朝は泉で身体を洗うんだ。うん、雪解け水っていうの?いつも冷たくてね。嫌がると聖女様のおつきだっていう神官のおばさんに肩まで水に浸けられてごしごし洗われるんだ。『神様の前で祈るのだから穢れを祓わねばなりません』って言われてさ。
それからごはんを貰うの。聖女様のお残しだって。その日によって量が違うんだけど、最近は少なくなってきて……。
そして、お祈りの部屋でお祈りするの。そう、ぴかぴか光る石の前に跪いて。うん、石に両手をあてるんだ。ずっとしてると膝が痛いんだ。
はじめは昼前まででお祈りはおしまいだった。でもお祈りがだんだん長くなって、あたしずっとお祈りしてた。
そうしないと神官のおじさんに『さぼっている』って言われて打たれるんだ。
え?もうお休みするの?
――騎士達は顔を見合わせてぼそぼそと話をしている。しばらくすると少女の前にお茶と菓子が置かれた。
おじさん、食べていいの?
今日の糧をあたえてくれる神様に感謝を。え?おじさんのお菓子もくれるの?ありがとう。うふふふ。
このお茶、暖かいね。あの子がくれたお茶はもっともっと暖かかったんだよ。
こんな寒い日にね。あの子がきてくれたんだ。
冬になるとお祈りの部屋は寒くて床が氷みたいに冷たくなるの。
その日はあたし、ずっとふらふらしていて神官に叱られて。夜には力が入らなくて床に踞ってたんだ。
うん、大丈夫。具合が悪いと神官のおばさんがぶつぶつ言いながらお薬飲ませるんだ。臭くて苦いから、あたし大嫌いでさ。また飲むのかって思ってた時だった。
『大丈夫?』って声がして。あの子が心配そうにあたしの顔を覗きこんでいたの。
『こんなに冷えきって』と両手で私の指先を包み込んで息を吹きかけてさすってくれた。あの子の体温がうつって指先がほんのり温かくなった。
『飲んで』と差し出されたお茶はふわっと花と果物の香りがしてね。飲むと甘くて暖かくて、身体がぽかぽかになったの。
あたしね、ずっとずっと寒かったんだ。あの子がくれたお茶は暖かかくて。全身がぽかぽか温かくなったのは、はじめてだった。
あの子は私が辛い時にやってきて、暖かいお茶をくれた。食べ物をくれた。抱き締めてくれた。
だからね、あの子の願いなら何でもしてあげようって思ったの。
たったそれだけ?
うん。そうだよ。温めてくれたのはあの子だけ。あの子は、誰よりもあたしが欲しかったものをくれた。だから。
どうしたの?おじさん達。あたし、何かおかしなこと言ったかな?話を続けていい?
最後に会った日、あの子が言ったんだ。『神官がいなくなったら石を壊して』って。
あの日は騒がしくて、神官もいつもより早くにいなくなったんだ。それで石を落として壊したの。それからしばらくしたら、ものすごい音がして建物が揺れて。魔獣がやってきて。それから……何も覚えていない。
一体何があったの? おじさん。
あの子?あの子はいつも神官と同じ服を着てたよ。フードで顔は隠れていたけど、ぴかぴかした金の髪をしていた。
年齢にしては幼げな少女の話を聞いて騎士達は顔を見合わせた。
「お嬢ちゃん、何のためにお祈りをするのか教えた者はいるかね?」
「ううん。ただ祈れって」
きょとんとする痩せた小さな顔に不似合いなほど大きな紅い瞳。その無垢な瞳を見ると、少女が嘘をついてるとは騎士達には思えなかった。
「何をしているのかも知らせないとは」
「神殿も酷い事をするもんだ。うちの子どもよりも小さいぞ。痩せ細って骨と皮じゃないか」
「城壁の結界が壊されたのがそもそもの原因だしな」
「あの一族の処刑は決まっている。今さらほじくってもな」
◇ ◇ ◇
そうこうしている間に生き残りの領主一族は刑に処された。元凶のナディーヌは魔獣に食われたのだろうか、行方がしれないままだった。
領主一族処刑から数日後。件の少女を引き取りたいという者が現れ、少女は牢獄を出る事となった。
「元気でな。幸せになるんだよ」
「腹一杯食うんだぞ」
「ありがとう、おじさん、お茶とお菓子美味しかったよ。おじさん達も元気でね」
そう言い残して実直そうな男と旅立つ少女。その後ろ姿を騎士達はいつまでも見送っていた。
魔の森の辺りにたどり着いた少女は周囲を見回してから大きく伸びをする。
「ここら辺まで来たら大丈夫だろ」
みるみるうちに幼い少女は黄緑の髪、ペリドットの瞳をした乙女の姿に変化した。少女は荒っぽく隣の男の頭をはたく。
「遅い!」
「わりい。封印を解いてからごたついてさぁ」
ぺしりとはたかれた隣の男も、金髪碧眼の美青年の姿に変わってた。
「いやあ、瓦礫にはまるとは思わなかったわ。騎士達には尋問されるし、やれやれだわ」
とため息をつく美女。
「なあ。あいつ、俺に言ったんだよ。『貴方にならだまされてもかまわない』ってさ」
男の言葉に、美女はにんまりと笑う。
「ふうん。私もあの子に同じ事を思ったんだ。『だまされてもかまわない』ってね」
「それにしても……お前、お人好しすぎにも程があるぞ。あいつにずっと囚われて。本当に。皆が怒りまくってたぞ」
「お前……いや、心配かけたのは謝る。すまん」
「さ。皆、待っているぜ」
二人の姿は魔の森の奥へ消えていった。呟きを残して。
「さようなら、ナディーヌ」
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