表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/43

5. うーまずい、もう一本!

彼の工房を訪れたのは、その日の夕方のことだった。


体中がギシギシと軋むたびに情けない音がする。

階段を登るのも一苦労で、息を整えてからようやく扉をノックした。


正直、ポーションには少し抵抗があった。

「頼りすぎちゃダメ」と言われたし、きっとエナジードリンク的な、短期的に回復するけどあとで反動がくる系だと思ってた。

前世でギリギリ中毒一歩手前だった頃を思い出す。

……まさか“例のやつ”みたいに疲労がポンと消える、なんてことはない……はずだ。


扉が開いて出迎えてくれたのは、銀髪に丸眼鏡、白衣がよれよれの老錬金術師だった。


「おやおや、噂の修行バカが来おったな」


口の悪さもキャラどおり。

この人がグラッド。騎士団の一部からは“爆薬ジジイ”なんて呼ばれてるらしいけど、実力は本物だ。


「どうせ無茶してぶっ倒れたんだろ? 見りゃわかるわい」

そう言って、奥から取り出してきたのは──

どう見てもヤバい色した、紫がかったポーションだった。


「これが最新作の疲労回復ポーションじゃ。副作用のデータは……まだじゃがな。

実験台になってくれるなら、格安で分けてやるぞい?」


「喜んで」


即答した俺に、部屋の隅で棚を整理していた少女が驚いたように振り向いた。


「……なんでそこまで頑張るの?」


声をかけてきたのは、彼の弟子らしい少女。

俺と同年代くらい。栗色の髪を三つ編みにまとめていて、白衣の袖がちょっと長すぎる。

見た目こそ優等生タイプだけど、目つきにはどこか好奇心と毒気が混ざっていた。


「ん?

ああ、そりゃ決まってるさ!」

俺は胸を張って、即答……

しようとした瞬間、言葉が止まった。


……あれ?


「……なんで、だろう?

……いや、決まってるはずなんだけど……何でだろう?」

自分でも驚いた。

いつもなら即答できるはずの問いに、なぜか答えが出てこなかった。


少女はぱちぱちと瞬きをしてから、小さく笑った。


「変な人。

答えもわからないのに、そんなに一生懸命なんだ」


「……変……

そう、変かな?

やっぱり変だよな。

うん、自分でもそう思うよ」


そのあとは、なぜか自然と会話が続いた。


「いま試作してるのは、魔力安定ポーションっていうの。

魔法の暴走を抑える効果があるはずなんだけど……配合がすごく繊細で。

ちょっとでも比率がズレると、むしろ逆効果になっちゃうのよね」


「へえ……魔力量じゃなくて、制御側に作用するのか?」


「そう。魔力そのものの流れに干渉するの。

だから、魔法陣じゃなくて身体に直接使うタイプ。

回復ポーションよりも、ずっと調整が難しいのよ」


俺はその理論の断片を聞いて、ピンとくるものがあった。


「もしかして、それって……魔導剣術の補助にも使えたりする?」


「えっ? 魔導剣術って、あの“魔力を剣に通すやつ”?」


「そう。俺、それやってるんだけど……魔力制御が下手でさ。

ちょっとでも集中切れると、剣がビリビリ言い出して、手から落ちそうになるんだ」


「それって、完全に過負荷。多分、魔力経路が安定してないのよ」


「だよなぁ……特に光と風の混合術式がヤバくて。

出力は高いんだけど、めっちゃ不安定になる。

なんていうか、手の中で風船がパンパンに膨らんでるみたいな感覚で──」


「うわ、それ完全に爆発寸前じゃない。よく手ぇ吹っ飛ばなかったわね……」

彼女は呆れたように笑いながらも、興味深そうに身を乗り出した。


「でも……光と風の複合って、属性相性は悪くないはずよね。

もしかして、流れの位相がズレてるのかも。

それぞれの術式を発動するタイミング、完全に同調してないんじゃない?」

「……位相か……なるほど、時間差って意味でもあるんだな」


会話のテンポはどんどん早くなって、まるで訓練とはまったく別の世界に踏み込んでいるようだった。


彼女が語る魔力理論の複雑さに目を見張り、

俺の現場的な感覚に彼女が感心して、

言葉のひとつひとつが刺激となって、

お互いの知りたいを引き出していく。


気づけば、空がすっかり赤く染まりはじめていた。

部屋の中に射し込む夕陽さえ、どこか夢の続きのようだった。


やがて、窓の外が赤く染まり始めたころ。

彼女が立ち上がろうとしたタイミングで、俺は唐突に言った。

「……さっきの答え、わかったかもしれない」

「え?」

くるりと振り返る彼女に、俺はまっすぐ言葉を向けた。


「俺が頑張ってる理由。

それは──諦めないって能力を育てるため、かもしれない」


「……諦めない、能力?」


「うん。才能とか、血筋とか、運命とか。

そういうのに勝てないって思ったときでも──

俺だけはやめないって決めたことなら、信じられる。

それを積み重ねていくことが、俺にとっての強さなんだと思う」


彼女はしばらく黙っていたが、やがてふっと笑った。


「……やっぱり、変」


「変人って言ってくれていいぞ。ちょっと嬉しいから」


「じゃあ、言い直すね。変わり者くん」


いたずらっぽく言いながら、彼女は例のポーションを手渡してきた。


「これ、効き目は強いけど……味は保証しない」


「効けばいいさ」


瓶を受け取り、俺は軽く頭を下げた。

彼女はひらひらと手を振って、そのまま奥の作業室へと消えていった。


……それが、最初の出会いだった。


その後、何度か彼女とは顔を合わせた。

俺が訓練帰りにふらっと立ち寄ると、だいたい工房の奥で何かしらの調合をしていた。

煙を上げて咳き込んでいたり、瓶の中身が爆発しかけていたり──正直、錬金術って大変なんだなと思わされた。


「また疲れた顔してる。はい、ポーション一号試作品」

「いや、実験用の試飲対象モルモットはやめとこっか……」

そんな他愛ないやりとりが、俺にはなんだか心地よかった。


彼女は相変わらず名前を名乗らなかったし、俺も名乗ってくれとは言わなかった。

けれど、不思議と会話は自然に続いた。


ある日は魔力の流れについて、またある日は失敗談で笑い合った。

訓練ばかりの日々の中で、彼女との時間はどこか異質で──けれど、確かにあたたかかった。


だがある日、工房を訪れても彼女の姿はなかった。

グラッドに聞くと、「息子の伝手で、魔法の専門家に弟子入りした」とのことだった。

爺さんの息子って事は、彼女の父親だろう。伯父とかかも知れないけど。

「しばらくこっちには戻らんだろうな。あいつ、研究に入ると没頭するからのう」

名前も聞けないままだった。

告げられた別れの言葉もなければ、約束もなかった。

でも、それが彼女らしいと思った。


ぽっかりと空いた工房の一角を見ながら、俺は思った。

寂しさは確かにある。けれど、それ以上に、また会えるような気がしていた。


またどこかで会えたら──そのときこそ、ちゃんと名前を聞こう。

そして、胸を張ってこう言いたい。


「俺は、あのときの言葉を、ちゃんと証明してる」って。


諦めない。やめない。信じる。

それが、俺の強さだ。


今はまだ見習いでも、未完成でも、足りないものだらけでも。

あのときの言葉は、たしかに俺自身に向けたものだったんだ。


だから、きっといつか。

もう一度「変わり者君」の言葉で彼女と笑い合える日が来ることを信じて。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ