4. ポーションは甘くない
だから俺は、さらに頑張った。
コレまでも頑張っていなかった訳じゃ無いけど、それ以上に頑張った。
才能が同じなら頑張った量が多い方が勝つ。
才能が勝っているなら同じだけ頑張れば勝てる。
だが、才能が劣っているなら?
単純な算数の問題だ。
最初は、少年剣士──フォーゼルにあまりにも簡単に置いていかれた自分が、ただただ悔しかったから。
次に、自分の無力さに、心底腹が立ったから。
そして今は、それ以上に──自分と同じように、全力で頑張っている人間がいると知ってしまったから。
そしてなにより──俺の頑張りを「ちゃんと見てくれる」人が、この世界にいるとわかったから。
それが、たまらなく嬉しくて。
だから俺は止まれなかった。
夜明け前に木刀を振り、中庭で魔力制御の瞑想。
裏山では肩で息をしながら、大岩を担いで足場の悪い斜面を登った。
筋トレ、剣術、魔導理論。自分が鍛えられる可能性のあるものには、とにかく手を出した。
気力も、体力も、とうに限界を越えていた。
けれど、頭のどこかでは「もっとやれるはずだ」と思っていた。
──止まったら、置いていかれる。
──止まったら、自分じゃなくなる。
まるで、前世で身につけてしまったブラック社畜の癖が再発してるみたいだった。
休むことに、罪悪感すら覚えるようになっていた。
……分かってる。
無理のしすぎはよくない。倒れたら意味がない。
でも──それでも、止まれなかった。
そんなある日のことだった。
午前の訓練の最中、ついに足が止まった。
視界がぐらつき、呼吸が荒くなり、腕が上がらない。
「っ……くそ」
力を振り絞るように立ち上がろうとして──膝から崩れ落ちた。
地面に手をついたまま、しばらく動けなかった。
気づけば木陰に座り込んでいて、全身がズキズキと痛んだ。
筋肉痛、疲労、軽い脱水。明らかにオーバーワーク。
自業自得とはいえ、情けない。
そのときだった。
「……やっぱり、無理してたんだ」
背後から聞き慣れた声がして、振り返る。
そこにいたのは、前にもベンチで話した銀髪の少女だった。
彼女は静かに俺の隣へ腰を下ろすと、小さくため息をついた。
「ちゃんと寝て、ちゃんと食べて、ちゃんと休まないと。
頑張る人ほど、そういうの下手なんだから」
「……否定できないな」
俺は乾いた笑いをこぼした。
分かってた。無理してる自覚は、ちゃんとあった。
前世でも、それで壊れてしまった人間を、多くはないがそれでも見たことはある。
でも、それでも止まれなかった。止まりたくなかった。
「まったく……見ててヒヤヒヤするよ、君も、あの人も」
「あの人?」
最後の言葉は小さかったが、聞き逃さなかった。
「……私の、好きな人」
そう言って彼女は、ちょっとだけ顔を赤くした。
だけど、目は真剣だった。
「彼もそう。誰よりも努力してるのに、自分の体のことはいつも後回し。
差し入れても、ありがとうって笑って終わり。
甘えるの、下手なんだよね。そういうとこ、すごく似てる」
言われてみれば、思い当たる節はあった。
妙に差し入れが自然だったのは、彼女自身もそういう誰かを見てきたからなんだろう。
「……で、やっぱり俺もその下手なタイプってわけか」
「うん、確実に」
彼女はくすっと笑うと、小さなポーチから淡い青色の小瓶を取り出し、俺に差し出した。
「これ、簡易型の回復ポーション。
筋肉の張りとか、疲労回復にはそこそこ効くよ。
騎士団に出入りしてる錬金術師の人から、特別に分けてもらってるの」
「錬金術師……?」
「うん、私の母方の知り合い。
ちょっと気難しい人だけど、素材の質にはこだわってるし、効果は保証するよ」
彼女はいたずらっぽくウインクして、小瓶を俺の手に握らせた。
そして「味はあんまり期待しないで」と付け加える。
「……ありがとな。
もう少し、上手に頑張れるようにしてみるよ」
「でもね、頼りすぎちゃダメだからね。ポーションって、魔法と違って反動はないけど……
体が限界なのに無理して、ポーション使えば平気って考える人、案外多いんだよ。
そういう人が一番、壊れるの」
彼女の声が、ほんの少しだけ真剣さを帯びる。
その言葉には、実際に何かを見てきたような重みがあった。
確かに、カフェインドリンクやエナジードリンクみたいなモノを飲み過ぎると良くないってのと同じ感じなのかな、と思いながら肯いた。
「……気をつけるよ。
で、お代は?」
そう、ちょっとおちゃらけて答えると、彼女はふっと柔らかく微笑んだ。
「ふふっ……いらないよ。
彼が言ってた、出世払いってやつ?
その代わりに期待してるよ、頑張り屋君」
そう言って立ち上がった彼女に、ふと口が勝手に動いた。
「……でも、彼ならポーションより膝枕でもしてあげたら一発で回復するんじゃないかな?」
そのおどけた一言に、彼女の肩がぴくっと揺れた。
「……バカ」
顔を真っ赤にして、ぷいっとそっぽを向いたかと思えば、彼女は足早にその場を離れていった。
俺は彼女の背中を見送りながら、小瓶を見つめる。
中でゆっくり揺れる青い液体は、なんだか彼女の気遣いそのもののように思えた。
──立ち止まるのも、きっと、前に進むための一部なんだ。
そう気づけたその日、俺はいつもより少しだけ、心も体も軽かった。
……今度、時間を見つけて、その錬金術師に会いに行ってみるか。