42. エピローグ 〜憧れのスローライフへ〜
「わかりました。なら、私があなたの犬……じゃなくて!」
唐突にそんなことを言い出したのは、ツンデレ剣士・ミリアだった。
慌てて咳払いして言い直していたが、今、犬って言ったよね?
まさかの本音??
……さすがにそれは無いか。
「コホン……私が護衛になります!」
って、なにその照れ隠し全開宣言!?
しかも若干目が潤んでるのは何なんだ。
まあ、護衛とかを番犬に例えるのは、この世界でもあることだけど……
護衛って、そんなエモい感情で決めるものだったっけ?
いや、護衛してくれるのはありがたいけどさ、まさかハーレム脱落フラグとかでやけ起こしてるわけじゃないよな……?
それはいくら何でもかわいそうすぎる。
「おい、ヴァルガス。お前、彼女に何かしたのか?」
さすがに不憫になってヴァルガスに目を向けようとした瞬間、俺の言葉を遮るようにしてミリアが俺の前にぐいっと身を乗り出してきた。
「ほんっっとに、言葉通りにしか受け取らないのね、あんたって……」
「え、なに? なんか怒ってる……?」
「……あの四天王《悪女》が言ってたわね。
『裏方気取る割には、ほんと……言葉通りにとるのね』って」
……リリティナの声が脳内で再生された気がした。
ふふふ、嫉妬かしら? 私にはあの子を本気にさせる才能があるのよ?
……って、いやいやいや、俺は誰にも本気にされてないぞ!?
「でも、問題はそこじゃない!」
……と、言ったその瞬間。
「だから、口で言って伝えるのが無理なら――」
「え、ちょ、ちょっと待っ――」
「――こう、口で直接伝えるしかないでしょ!」
「え? 何が? って、ちょ、ミリア――!?」
バッと顔を両手でいきなり掴まれたかと思ったら、そのまま――
唇を、奪われた。
いや、奪うっていうか、これはもう完全に襲撃レベルのキスだった。
しかも、軽いやつじゃない。がっつりディープなやつ。
え、えぇ……!? なにこの濃厚接触!? 口内戦争勃発中!?
「……な、なに……今の……」
「……ちゃんと伝わった? これが私の気持ちよ」
ぽつりと呟く彼女の顔は、真っ赤だった。
こっちはもう、頭真っ白。
が、その直後。
放心状態の俺の耳に、今度は氷点下レベルの低温ボイスが届く。
「……最低。責任取るって言いながら、こんな破廉恥なことを……」
振り返ると、そこにはクール系魔法少女・セリナ。表情はいつも通りクール……なんだけど、目が怒ってる。完全に怒ってる。クールを越えてコールドになってる。
「……私の唇を、奪っておいて……」
「え、ちょ、セリナ……?」
「だから私の唇を奪っておいて……
初めてだったのに」
「へっ? いや、今はミリアが……」
「違う。
前――あの時。路地裏で……倒れた私に」
「っ!?」
心臓が跳ねた。
まさか、あのときの人工呼吸――気を失ってたから、覚えてないと思ってたのに。
「で、でも、それは応急処置で! 仕方なくて! 命に関わる状況だったし君が……
って、まさか知ってたの?」
「……気付いてた。
あなたは私が休んでた以外知らないはず。
だからヴァルガスがほんとに助けてくれたのかって、あえて聞いた」
「ば、ばれてたのか……!」
「それに、リリティナの言葉……」
脳内に、リリティナの含み笑いがよみがえる。
『人工呼吸とか……事故とか……ほんと、野暮ね……』
リリティナのやつ、最初から知ってて!!
「で、でもそれって、事故みたいなもんで……!」
「それでも、初めてだったの。
……なのに、あなたは何事もなかったかのように」
セリナの表情は変わらない。けれど、わずかに震える声が、怒りとも悲しみともつかない感情を滲ませていた。
「だって、君が覚えてないと思って……!」
「じゃあ、仮に私が覚えてなかったとして、言わないつもりだったの? なかったことに?」
「え、それは……えっと……だってヴァルガスに……」
「……やっぱり、最低。
ほんと、キスの意味も、女の子の気持ちもわかってない。
でも、あなたも初めてだったんでしょ?
だったら、イーブン。そう思ってた。
……なのに、こんな風に誰かと――」
「いや、だから、誤解で――」
「言い訳するなんて、ほんとに最低。
女の子のキスの意味、全然理解してない。
……やっぱり、あなた自身が、あなたの言う“鈍感系主人公”だわ」
「ちょっ……俺は、そういうつもりじゃ――」
「……だから、ちゃんと伝えておく」
セリナが一歩近づいたと思ったら、すっと顔を寄せ――
「今度は、意識がある状態で、ちゃんと上書きするわ」
えっ。
もう一度、唇を奪われた。
今度は、セリナの方から。
しかも、ミリアよりもねっとり、長く、そして――妙に色っぽい。
「これで……言い訳は、なし」
やばい、なんだこの状況!?
唇、足りねぇよ!?
脳が処理追いついてねぇ!!
「ちょ、ちょっと、あんた何やってんのよ!?」
ミリアが、ぷるぷる震えながらセリナを睨みつける。
「何って、マーキングよ。あなたが先にやったんでしょ?」
「ふざけないでよ……っていうか、あんたもニヤけてんじゃないわよ、レイ!」
「えっ!? いやいや、そんなつもりは……」
「驚いてたんじゃなくて、嬉しかったんじゃないの?
さっきの顔、完全にとろけてたわよ?」
「そ、そんなことは……!」
「――言い訳する暇があるなら、自分が何をしたのか、ちゃんと考えなさいよ」
ミリアの声は完全に不機嫌モード。
セリナも、張り合うように顔を近づけてくる。
「じゃあ、次は……また上書きしてあげようか?
変わり者君?」
「え、ええ!? まさか、あの、じゃあ君はあの時の――」
「ほんとに……もうちょっと考えなさいよ。
鈍感もいい加減にして、お兄ちゃん」
「え、ええ!? いや、あの、まさか、だって君は――」
二人の視線に挟まれて、俺はベッドの上で冷や汗だくだった。
――なに、この恋愛バトルロワイヤル。
俺、なんかしたっけ?
……いや、したな。気付かずに、なんかフラグを、色々と。
思い返すとすごく心当たりある。
やばい――これは、スローライフどころか、ラブコメ戦線の最前線だ……!
しかも、本人気付かずフラグ立ってたなんて、鈍感系主人公なら兎も角、思いもしないじゃ無いか。
その場の空気は、もはや完全に修羅場だった。
こんな修羅場は、俺じゃなくて専門家に委せろ!
ツンデレ剣士ミリアとクール魔法少女セリナに立て続けに唇を奪われた俺は、完全に呆然。
ベッドの上で天井を見つめながら、そんなやくたいもない事に脳のリソースをフル稼働させていた。
そこに、不意に声が割って入った。
「相変わらず、君ってば、ほんとに鈍感系主人公だね」
しれっと言ったのは――我らが優等生転生者。
その瞬間だった。
「「「「お前が言うな!!」」」」
俺、ミリア、セリナ、そして背後で事の顛末を見ていた他の少女たちまでもが、見事に声を揃えて叫んでいた。
空気、完全に一致。
声のハーモニー、美しすぎて鳥肌立った。
ヴァルガスが目を丸くしてから、ちょっと困ったように肩をすくめる。
「え……僕、何か悪いこと言った?」
「「「全部だよ!!」」」
その場にいた全員が心の底から突っ込んだ。
少しだけ、友情が深まった気がした。
……でもまあ、ほんの少しだけ、こいつの気持ちもわかる気がしたのは内緒だ。
これで完結です。
希望があれば、この後のスローライフも描いてみたいなと思っています。




