41. Bad End? いえ、But Endです
目が覚めた時、俺はベッドの上にいた。
「え……? ここ、どこだ……?」
頭がぼんやりしていて、すぐには状況が飲み込めなかった。けど――目に映るこの風景には、見覚えがある。
清潔に整えられた室内。薄い光を透かすカーテン。壁際には、見慣れない治療器具がずらりと並んでいる。
この場所……この空気感……間違いない。
――ゲームの中で、バッドエンドを迎えた時に目覚める、あの部屋だ。
「嘘だろ……?」
心臓が跳ねる。記憶の底から、ラストバトルの光景がじわじわと浮かび上がってくる。
あれは、くそゲーと言いたくなるほど理不尽な難易度だった。
本来なら、二週目以降でしか挑めない真のラスボス――暗黒竜オルファス。
それを、俺は無理やり初回で倒してやったはずだ。ギリギリのところで……命を投げ出す覚悟で……。
「……まさか……倒せてなかった……?」
寒気がした。
もしそうなら――世界はどうなった?
ヴァルガスたちは? ヒロインたちは?
俺の死に際のあの行動は……全部、無駄だったのか?
ぐらり、と視界が揺れる。
吐き気すら覚えるような焦りが、全身を駆け巡った。
「くそっ……!」
シーツを握りしめ、なんとか体を起こそうとしたその瞬間――
「レイ!!」
突然、部屋の扉が勢いよく開かれたかと思うと、少女が猛スピードで飛び込んできた。
「なっ――!?」
まるで獣のような勢い。反射的に身構える間もなく、その細身の体が俺にしがみついてきた。
「よかった……よかった、生きてた……!」
その声は震えていた。
そして、顔をうずめた肩が濡れている――涙だ。
細い腕が、まるで壊れ物を抱くように俺の背中を掴んで離さない。
「え、えっと……誰――?」
混乱のまま、俺は固まっていた。
だけど、その少女の姿に見覚えがないはずがなかった。
泣きじゃくりながらも俺の名を呼ぶその姿は、間違いなく――この物語に登場するヒロインのひとりだった。
けれど……彼女のはずがない。
この子は……こんなゲームの中でしか見たことない表情、俺の前では一度も見せたことがなかった。
「な、なんで……お前が……」
俺の頭は、またしても混乱の渦に引きずり込まれていった。
★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
それは――涙ぐみながら飛び込んできた、ツンツンした口調が特徴のツンデレ剣士・ミリアだった。
普段は人前で感情を露わにしない彼女が、今は目元を真っ赤にして、震える手で俺の布団をぎゅっと握っていた。
「心配、させやがって……」
かすれるような声が、逆に本気で心配していたことを物語っていた。
そのすぐ後ろからは、冷静を装っているけれど微妙に眉間にシワを寄せた、普段は常にクールなセリナが、そっと俺の枕元に歩み寄ってきた。
「……やっと、目を覚ましたのね」
声のトーンはいつも通りだったけれど、その言葉の端には、張り詰めていた糸が緩んだような安堵がにじんでいた。
そんなふたりに目を向けていた俺の耳に、男の声が届いた。
「まったく、無茶をしやがって……」
足元の方に視線を向けると、そこには――案の定、ヴァルガスが立っていた。
彼の背後には、他のヒロインたちが心配そうに集まっている。誰もが、俺の顔色を食い入るように見ていた。
「彼女たちも、君のことを本当に心配してたんだ」
そう言ってヴァルガスが一歩前に出てくる。
その声は穏やかだけれど、どこか張り詰めていた。
「特にこの二人は、もう……ずっと、ずっと君の傍にいて……」
俺がなんとか上体を起こすと、ヴァルガスは微笑みながらも、どこか遠くを見つめるように続けた。
「ありがとうな。心配かけたみたいで」
軽く笑ってそう言った俺に、ヴァルガスは一瞬だけ目を伏せ――次の瞬間、苦しげな声音で呟いた。
「……心配なんて言葉じゃ済まないよ」
彼の声には、怒りと、それ以上に悔しさが混じっていた。
「ミリアとセリナだけじゃない。みんな、本当に……本気で、君がもう戻ってこないかもしれないって思って……泣いてたんだ」
「……え?」
「君が、もう以前のように動けないと知ったときの、あの瞬間の皆の表情……俺は、忘れられない」
「動けないって……?
いや、今こうして起きてるし、普通に喋れてるけど?」
「生活には問題ない。だが……全身の骨が一度完全に砕かれていて、もう剣を取って戦うことはできない。
それに魔力も枯渇して、回復の兆しがない。
正直、生きているのが不思議な位だ。
君の体は……もう、以前のようには――」
「……ああ、そういうことか」
俺は一瞬黙り込んだ後、肩をすくめて笑った。
「なんだよ、大げさだな。
戦えないなら戦わなきゃいい。
なんなら、これを機に田舎に引っ越しても良いな。
お前らだけで倒したってことにしてくれれば済む話だろ?」
冗談めかして、ヴァルガスにウィンクを送ってみせる。
――けれど、その軽口に、ヴァルガスの背後から一歩前に出たフィリアが冷ややかな声を投げつけてきた。
「そんなに簡単な話じゃないのよ、レイ。
あなたは救国の英雄として、もう名が出てしまった。
ヴァルガスの率いる救国戦隊の、遊撃隊員として。
敵の残党も、名声を欲する馬鹿も、あなたを狙ってくる。
もう戦えないのに、ね」
「……だったら、余計に田舎に引っ込むべきだな。
のんびり畑でも耕して、酒でも飲んで……そうだな、犬でも飼うか」
俺の冗談にミリアがむっとした顔でにらむ。
「ふざけんな……!
本気で心配してたんだからな……!」
その声には、強い想いがにじんでいた。
俺は視線を伏せ、もう一度小さく息を吐いた。
「……わかってるよ。ありがとな、みんな」
ヴァルガスの表情が、少しだけ和らいだ。
だがその瞳の奥に、まだ消えない悔しさが宿っていることに、俺は気づいていた。




