40. 暗黒龍の後始末
黒い血が炸裂し、空が――震えた。
オルファスの苦悶の咆哮が、天地を引き裂くように響き渡る。
「ギィィィィイイアアアアアアッ!!」
咆哮が波紋のように大気を圧し潰し、黒き巨体が大きくよろめいた。
膨大な魔力を帯びた翼が空を削り、バランスを崩した四肢が地にめり込む。
その巨影が、一瞬、崩れかけた。
「……今だ、全員――総攻撃!!」
ヴァルガスの号令が雷鳴のように響いた。
その一声に、誰一人として迷わなかった。
「クロエ、足を止めて!」
「了解! 足首狙い、いっくぞおおッ!!」
クロエが地を蹴り、影のように滑り込んで一閃。
両足の腱に鋭い斬撃を叩き込み、オルファスの踏ん張りを封じた。
「リリィ、支援!」
「うん――全体加護展開、聖光!」
リリィの祈りの言葉が戦場を照らす。
光のヴェールが全員を包み、傷が閉じ、魔力が満ちる。
「フィリア、援護を!」
「もう構えてあるわ……放つわよ、レイ!」
フィリアの魔導剣が魔力の奔流を纏い、天より落ちる雷光と共に一直線に放たれる。
その閃光が、オルファスの肩口を焼き斬る。
「セリナ、弱点へ集中砲火!」
「認識完了……行きます!」
セリナが連続詠唱で氷槍を十数本、連弾で放つ。
狙いは、先ほどレイが斬り裂いた左翼の基部――そこへ全てが吸い込まれるように突き刺さる。
「グレイ、ノア、バルド、援護!」
「トリニティ・ブレイク、展開!!」
三人組が背を預けるように立ち、前衛を守るように突き進む。
グレイが正面から槍で喉元を抑え、バルドが脇腹へ斧を叩き込み、ノアの短剣が素早く動脈を狙って連撃を加える。
「ノエル、今よ!」
「ええ――『勝利の調べ』、今ここに!」
ノエルの詩が風となって駆け抜け、全員の魔力を再び高める。
鼓動が速くなり、視界が澄み、戦場がまるで一つの旋律で支配されていく。
「ミリア、いけっ!」
「わかってる! これが……私の全力だあああッ!!」
ミリアが地を蹴る――全力の踏み込み、跳躍、剣閃が閃光となってオルファスの心臓を狙う。
「……行け、レイ!」
ヴァルガスの声が届いた瞬間、俺は跳び上がっていた。
「全員の――想いを乗せて……!」
重力すら振り切るような跳躍。
オルファスの胸部――その魔核がうっすらと透けて見えた。
剣にすべての魔力と想いを集める。
「――これで終わりだァッ!!」
魂を込めた渾身の一撃。
それは、仲間すべての力と記憶と決意を――この剣に乗せた一閃だった。
刃が、オルファスの胸部を貫いた。
「ギアアアアアアアアァアアアアァアアアア――――ッ!!!!」
咆哮が、空と大地を震わせる。
天地が共に絶叫するような悲鳴の中、
オルファスの巨体が崩れ――
その身体は、黒き霧と共に、静かに、ゆっくりと――
風へと還っていった。
静寂が訪れた。
ついに――オルファスを倒した。
その巨体が崩れ落ち、黒い霧と共に消滅していった瞬間、
戦場に訪れたのは、静寂と、そして――信じられないほどの静けさだった。
誰もが、ようやく勝ったのだと実感し始めていた。
剣を掲げた者も、膝をついた者も、涙を流す者もいた。
それは、誰か一人の勝利ではない。
全員が――希望を繋ぎ、未来を引き寄せた結果だった。
――だが、その中で。
「……え?」
突然、どろりとした液体が視界を染めた。
赤い――いや、濃すぎる。黒に近い。
それが自分の“中”から流れ出ていることに気づくのに、数秒かかった。
「……あれ?」
思考が、追いつかない。
息が苦しい。
体が重い。
視界が斜めに傾いて、天が揺れる。
そして気づいた――
自分が、オルファスの崩れ落ちた死骸の一部に、押し潰されていることに。
「マジかよ……嘘だろ、こんな終わり方……」
その瞬間、懐の中――
リリティナが落とした、あのロケットが微かに光を放った。
どこか懐かしい温もりと共に、胸元で淡く輝いていた。
だが――
何かが発動した、という実感はない。
光は消え、代わりに襲ってきたのは――
激しい痛みと、息が詰まるような重圧だった。
全身が痺れ、脇腹の古傷が再び裂け、肺の奥に血の味が広がる。
「……くっ、何が……どうなって……」
引き摺られるように、誰かの手が俺の体を救い出していく。
その感触すらも、遠くなっていた。
見下ろせば、地面に残された自分の痕跡。
黒く濡れた血だまりが、まるで自分の“影”のように広がっていた。
……どうして、まだこんなに痛いんだろう。
どうして、まだこんなに苦しいんだろう。
俺は、勝ったはずなのに。
勝利の代償――
それは、思っていたよりも、深くて、重くて、そして容赦がなかった。
――視界が、ふっと、白く染まった。
☆ ★ ☆ ★ ☆
「ちくしょう、血が、血が止まらないじゃないか。
誰か、誰でもいい!
早く、早く、回復を!」
声を上げるヴァルガスは流れる血で全身を染めげていた。
「ははは、君でも焦ることがあるんだな。でももう遅い」
悪竜とも呼ばれる暗黒竜オルファスが倒れるのと同時に声を荒げるヴァルガスに、最初は何も感じなかったが、だんだんと笑いがこみ上げてきた。
「くそ、くそ、なんでこんなことに!」
「もう流れには逆らえない。いつだって、世界は残酷だよ」と、わざと軽い感じで言い放つ。
「認めない、認めないぞ!
こんな結末、認めるもんか!」
彼、ヴァルガスは焦燥を隠すこと無く絶叫した。
確かに、順番は変わった。しかし、結局は同じ台詞の応酬だ。
だが……そして、世界は救われる。
実に愉快。実に愉悦。
だが、本当に限界が来たようだ。
俺はさらに気力を振り絞り、なんとか言葉を紡ぐ。
「ははは……はぁ……時に……はぁ……諦める……ことも」
「諦めるもんか!」
まったく、その場ののりってやつには困ったもんだ。
飲み会で散々やらかしてきたが、今回はポーションの飲み過ぎが原因だろうな、そうに違いない。
魔力は、元々魔法使でもない俺が無理に過剰な出力を維持した結果、すでに力は枯渇し、いろいろ身体に無理が出ていた。
そして全身には深い傷がいくつもあり、重装騎士でもない俺が斬撃を受けきったことから手足がくっついているのが不思議なくらいだ。
何よりも、暗黒龍の巨体で潰されて、生きているのがそもそもの奇跡と言って良い。
……あのロケットのおかげだろうか?
ティナには何度も助けてもらってるな……
今も回復魔法をかけられているが、枯渇した魔力の補充に優先されているらしく全く効果が無いらしい。
そんな声が遠くから聞こえてくる。
相変わらず元気な奴だな、とヴァルガスの声を聞いて微かに思いながら、俺の意識は薄れていった。




