38. 大食いコンテスト
だが、問題は単なる立ち位置じゃなかった。
「だけど……効かないんだ」
ヴァルガスが、低く呟く。
その掌に、濃密な闇の魔力が集まっていく。
かつて、数々の強敵を貫いた力――
だが、それは。
「……俺の魔力が……通じない」
闇の奔流が放たれた瞬間だった。
それはオルファスの表層に触れる前に、まるで吸い込まれるように――
音もなく、光もなく、完全に無効化された。
いや、吸収されていた。
「……同質の力は、干渉すらできない……」
ヴァルガスの表情が、わずかに苦く歪む。
「俺の闇は……こいつにとって、ただの栄養だ……!」
その言葉が、空気を重く染めた。
最強の切り札であるはずのヴァルガスの魔力が、全く通用しない。
そして次の瞬間――
オルファスの全身から、黒雷のような波動が迸る。
それは魔力ではない、存在の揺らぎそのもの。
魔法障壁も、強化結界も、一切を貫かずして崩壊させる。
まるで、大地そのものに殴られたような衝撃が、ヴァルガスを吹き飛ばした。
「ぐッ……!!」
大地に深く突き刺さる音。
ヴァルガスの体が跳ね、血が舞い、地面が裂けた。
「ヴァルガスッ!!」
ミリアの叫びが響くが――それすらかき消すように。
戦線が――崩れた。
フィリアの魔導剣が、オルファスの尾撃をまともに受け、甲高い破砕音と共に空中で真っ二つに折れる。
その刹那、オルファスの尾はそのまま弧を描き、風圧すら圧縮された衝撃波となって襲いかかる。
「くっ――!」
クロエが回避しようとステップを踏んだ瞬間、空間そのものが歪み、彼女の軌道はねじ曲げられた。
そのまま重力が狂ったかのように地面へ叩きつけられ、激しく跳ね飛ばされる。
リリィの唱えた加護の光は、発動した瞬間に黒い瘴気に触れたとたん霧散し、術式は形を成す前に崩れ去る。
ノエルの詩は、言葉が出るより先に、空気ごと**「音」そのものを喰われ**、その旋律は音のない沈黙に消えた。
セリナの放った氷槍――それは彼女の中でも最も威力の高い術式だった。
だが、それが空中で何か見えない壁にぶつかったかのように一瞬で蒸発する。
「……そんな……!」
セリナが呆然とした声を漏らしたときには、もうミリアが立ち上がろうとしていた。
だが――その瞬間。
オルファスの巨大な翼が羽ばたいた。
黒き瘴気の風圧が轟音と共に戦場を薙ぎ払い、空間そのものを震わせた。
「ッ……あ――ぐっ……!」
立ち上がりかけていたミリアが、まるで大地に押し戻されるように強烈な衝撃で膝をつく。
その身体が、地面を滑りながら転がった。
オルファスの気配が膨れ上がるたびに、
戦場の“ルール”が一つ、また一つと狂っていくようだった。
静かに、だが確実に――
戦場全体が、絶望に塗り替えられていく。
音が、色が、熱が。
命の息吹そのものが――この存在の前で、無力化されていく。
それはまさしく、存在すること自体が災厄と呼べる異形。
暗黒竜――
あらゆる攻撃は無効化され、
どんな防御も貫かれる。
時には「概念」すら捻じ曲げるこの存在の前に、
英雄たちの一撃はただの風に過ぎなかった。
もはや、希望の光など――
この闇の中には、一欠片すら見えなかった。
戦場の空気が重く沈み、
誰もが、一瞬――終わりを意識した。
俺も、剣を手にしたまま、立ち尽くしていた。
腕が、震える。
目の前の“それ”を見て、恐怖が、無力感が、胸を塞ぐ。
だが――
それでも、俺の視線は彼を捉えていた。
戦場の中心で、
ヴァルガスが――
膝をつき、拳を、悔しそうに握りしめていた。
自分の力が届かない。
否定された。
それでも、彼は倒れなかった。
俺は、剣を引きずって歩き出した。
一歩、また一歩。
ズタボロの体で、痛む足を引きずって――彼の隣に、立つ。
「……なぁ、ヴァルガス」
声が震えていた。けれど、口角だけは、無理にでも持ち上げた。
「色の三原色って知ってるか?」
「……三原色?」
「全部混ぜると黒になるんだ。な、面白いだろ?」
ヴァルガスが困惑したように俺を見る。
「……今それを?」
「けどな――光の三原色は違うんだよ。全部混ぜると、白になる」
「……」
「つまりさ、どれだけ暗くても――光を集めれば、闇に勝てるんだよ」
俺は剣を地面に突き刺す。力を込めて、そこに立ち尽くす。
「もう難しいことはどうでもいい。
なぁ、ヴァルガス……お前、どっちの側の人間だ?
立ち位置が違っても、出自がどうでも、あんたは今、こっち側の人間なんだろ?」
ヴァルガスの目が、揺れる。
「俺たちが何者だろうと……この場に立ってるのは、俺たちだろうが!」
「……ボクが……人間側?」
「お前がくれたんだよ。勝てる希望を。
お前が、変えたんだ。
物語を――この絶望の物語を!」
その瞬間、
空気が震えた。
魔王を超える威圧感の中で、確かな灯火が宿る。
ヴァルガスが――ゆっくりと、顔を上げた。
「……そうか……ボクはもう選ばれし破滅の運命なんかじゃない。
仲間と……君たちと、共に戦うただの男だ」
一歩、彼が進む。
「なら……俺ももう迷わない。立ち向かう。――未来のために!」
「よっしゃ、それでこそ、我らが英雄様だ」
俺は笑った。
無様で、泥だらけの笑顔。だけど、心からのものだった。
その言葉にミリアが剣を杖にして、震える体を起こす。
「……まったく、バカ……でも、そういうバカが、一番強いのよ」
フィリアが血まみれの手を握りしめ、立ち上がる。
「無茶を言うわね……でも、やらなきゃいけないんでしょう?」
リリィが微笑んで祈りを捧げ、光が傷を包みこむ。
クロエが唇を引き結び、剣を構え直す。
セリナがよろよろと立ち上がると、再び魔導を展開する。
ノエルが息を整え、詩を紡ぎ直す。
そして、全員の目が、オルファスへと向けられた。
「さあ……行こうぜ、みんな」
俺は剣を掲げ、空に吼えた。
「――実はボクも結構大食いで知られてるんだ。
ラスボス戦のおかわりくらい、ペロリだよ!」
ようやく笑みを取り戻したヴァルガスが、照れながらもそんな事を言う。
漆黒の空の下、物語は再び動き出す。
これが、本当のラストバトル。
最初の絶望を、全員の光で塗り潰す――最終決戦の幕が、今、上がった。




