36. ラスボスを倒すまでが物語です
「今ッ!!」
咆哮と共に、仲間たちの声が重なる。
「――セリナ!」
「了解、後方支援!」
「ミリア、行ける!?」
「やるしかないでしょ!!」
「任せたわよ、バカレイ!!」
ミリアの叫びとともに、風を裂いて突き出された剣が魔王の腕を切り裂く。
「遅れるな……氷の槍、通しなさい!」
セリナの冷気の矢が空間のひずみに沿って走り、魔王の背に突き刺さる。
フィリアが雄叫びとともに魔導剣を一閃し、
クロエが影の中から飛び出して魔王の足を狙う。
ノエルの詩が高まり、リリィの光が再び輝く。
そして――魔王の不死なる存在に、再び一撃が突き立てられる。
そして――
ヴァルガスが剣を振りかぶった。
「……お前を超える力なんて、要らない。だが――
希望は、ここにある!」
その一閃が、魔王の中心を貫く。
――確かに、効いた。
魔王が低く呻いた。
闇が軋み、空が割れた。
まだ、倒れていない。
まだ、勝ちはしていない。
けれど――
「今だ……押し込めッ!!」
ヴァルガスの怒号が、戦場に響いた。
その声に、仲間たちが一斉に応える。
「レイ、いけ!」
「お前に託す!」
「任されたッ!!」
全身に魔力を巡らせ、膝の震えを押さえ込む。
この一撃に、すべてを――!
「――終わらせるぞ、この剣で!!」
渾身の斬撃を放つ――が、
ガンッッ!
重く、鈍い音が鳴り響いた。
俺の刃が、魔王の黒い甲冑をわずかに裂いたその瞬間――
バキィンッ!!
……折れた。
剣が、折れた。
「――っ、嘘だろ……!」
一瞬、時が止まったようだった。
手に残ったのは、半分になった剣身と、握りしめた柄だけ。
そのとき――
「レイ!!」
ヴァルガスの声とともに、何かが空を裂いて飛んできた。
――剣だ。
見たことの無い剣。だが見覚えがあった。
かつて王族にのみ伝わるとされた、聖剣。初めて見るが、ゲームの中では何度も見た、黄金に輝く剣。
ヴァルガスは属性によるで使いこなせなかったと言うことか。
それを、彼は今、俺に投げたのだ。
「……お前なら、振るえると信じてる!」
ヴァルガスの瞳は、迷いなく俺を見据えていた。
それは信頼だった。
背中を預け合った男としての――確かな、信頼。
俺は、飛来してきた剣を空中で掴む。
「――借りるぞ、相棒」
右手に収まったそれは、信じられないほど手に馴染んだ。
「うおおおおおおおおッッ!!!」
リリティナから託された魔力が、残る全身の魔力と共鳴し、
刃に集約されていく――
まるで、すべての想いが宿ったかのように。
魔王が、気配を感じてこちらに振り返る。
その身が黒い靄を纏い、空間を裂いて口を開く。
「……ナゼ……オマエガ……」
だが、俺はその問いに答えず、跳んだ。
叫びとともに、上段から――
叩き斬った。
刃が、空間ごと、魔王の中心を貫いた。
「――これが、みんなの想いだぁぁぁッ!!」
魔王が咆哮を上げる。
「グ……ア……ァァアアア――――――!!!」
その声は、空間を震わせ、大地を揺るがしながら、
次第に掠れ、音にならなくなっていく。
黒く蠢いていた身体が、崩れ落ちる。
圧倒的な存在だった影が――
粒子へと変わり、静かに、風へと還っていった。
――そして、静寂が、戦場を包んだ。
剣戟も咆哮も絶叫も、すべてが消えた。
風の音だけが、ようやく戻ってきたように耳を撫でる。
誰もが、言葉を失っていた。
ただその場に立ち尽くし、
崩れ落ちた“災厄”の成れの果て――
黒い粒子が淡く空へと還っていく様を、黙って見つめていた。
魔王という絶対の存在が敗れた。
この戦いは――
確かに、終わったのだと。
誰もが、そう信じていた。
「……勝ったのか?」
ぽつりと呟かれたその一言が、張りつめていた空気を緩める。
皆がようやく、息を吐いた。
俺は、その場に崩れ落ちるように座り込み、背中をそっと地につけた。
ずっと張り詰めていた心と体が、ようやく重力に従って落ちていく。
「……ああ。今度こそ、本当に、勝ったんだ」
ヴァルガスが隣に腰を下ろし、同じように空を見上げた。
「……ありがとう、レイ。君のおかげだよ」
「礼なんていらねぇよ。
こっちこそ、背中押してくれて……ありがとな」
ヒロインたちも、次第に集まってくる。
ミリアは剣を地面に突き立て、肩で息をしながら睨むように言う。
「まったく……あんたって奴は、どこまでバカなのよ……」
セリナは言葉を挟まず、俺の傷に指を触れ、ポーションをそっと差し出した。
「次は……ちゃんと後衛に回って」
リリィが微笑みながら、皆の手を順に取っていく。
「……ほんと、無茶ばっかりなんだから」
クロエはヴァルガスにべったりくっつきながらも、俺を一瞥し、ふっと小さく頷いた。
フィリアは少し離れた場所で腕を組んだまま、そっぽを向いて小さく呟く。
「……少しは、見直したわ。ほんの、少しだけ」
ノエルは言葉を発さず、静かに詩を書き続けていた。
あとで知ったが、その詩の題は――「共に戦った、八つの鼓動」だった。
まるで本当に、物語のラストシーン。
英雄たちの物語が、ここに幕を下ろしたかのような――
……だが、そのときだった。
ゴゴゴゴゴゴ……!
まるで大地の奥底から唸るような、低く重たい“音”が、戦場を突き破った。
「っ……!」
俺は瞬時に立ち上がった。
空気が――明らかに、変わった。
風の流れが逆巻く。
肌を撫でる空気が冷たく、重い。
音すら押し殺されたかのような圧力が、空間を軋ませる。
ヴァルガスもまた、すでに立ち上がり、剣を構えていた。
「……レイ。感じるか?」
「ああ。……これは、やばい」
全員が、その場に緊張を走らせた。
笑っていたはずの顔が、再び引き締まる。
ヒロインたちも、無言で構えを取る。
戦いは終わったはずなのに――
まだ何かが残っているという確信が、全員の胸に走っていた。




