34. 大金星って事は金星より大きい星?
風が吹いた。
その風は、まるで誰かがそっと背中を押してくれたような――
そんな優しい力だった。
「待たせたな、主役たち。
星を喰いに来たぜ!」
冗談混じりの大声とともに、俺は戦場へ駆け出した。
地を蹴る一歩一歩が、鼓動と同じリズムで高鳴る。
その声に、仲間たちが一斉に振り向いた。
最初は驚き、すぐに安堵、そして――微かな怒気。
「……バカッ、何で来てんのよ、アンタ!」
「まだ、休んでなさいって言ったでしょう……!」
ミリアとセリナの声が、肩越しに重なって届く。
その声は怒っているようで――震えていた。
俺の姿を見るなり、走り寄ってきそうな勢いだったが、それでも足を止めて剣を構え続けるその姿勢に、彼女たちの葛藤が滲んでいた。
……まあ、そりゃあな。
リリティナ戦の直後の俺、ボロ雑巾みたいだったもんな。
ミリアなんて、涙こらえながら薬を塗ってくれてたし、セリナも無言でずっと隣にいた。
今こうして立ってるのが奇跡みたいなもんだ。
「でもまあ……仕方ないよな。心配されても文句言えねぇわ」
俺は軽く肩をすくめ、笑ってみせた。
……本音を言えば、少しだけ心が温かくなっていた。
「やっと来たか。……待ってたよ、レイ」
ヴァルガスの声は、背を向けたまま。
でも、その声色に宿る静かな信頼が、何より嬉しかった。
「……来てくれて、嬉しい」
リリィの微笑みは、相変わらず柔らかくて、
それだけで何かが報われるような気がした。
「時間稼ぎは終わり。そろそろ本気を見せる時よ」
フィリアは魔導剣を構えながら、淡く微笑む。
その瞳の奥には、確かに期待が宿っていた。
クロエとノエルは何も言わない。
でも、その視線、構え、呼吸のタイミング。
俺が入ることを、もう当然のように受け入れてくれていた。
「……ああ、間に合って良かったよ。マジでな」
俺は静かに剣を抜く。
体の奥でリリティナの残した魔力が、まだ脈動している。
その気配に反応したのか、魔王がぐにゃりと形を歪ませ、
地鳴りのような声を漏らした。
「ソノ魔力……穢レ……ナゼ其ノ儘デ立ツ……愚カシキ者……」
「愚かで結構。
こちとら“主人公”じゃねぇ分、痛みにも女難にも慣れてんだよ」
そう吐き捨てながらも、目は真っ直ぐ、魔王の中心を捉えていた。
――もう迷わない。
俺の道は、ここにある。
「行こうぜ、みんな。最後の大物喰だ――!」
俺が剣を抜いた瞬間――
魔王の動きが、わずかに揺らいだ。
「……?」
揺らめいていたその形が、唐突に静止する。
重力を無視して存在していた“それ”が、まるで何かを見つけたように、一点――
俺を、注視していた。
そして、低く唸るような声が響いた。
「……ナニモノ、ダ……ソノ、気配……」
声というよりも、空気に直接浸透する衝撃だった。
ただの言葉ではない。魔王の問いかけが、空間ごと震わせる。
「オマエハ……今ノ時代ノ者デハナイ……
記録ニナイ……ナノニ……オレハ――知ッテイル……
オマエヲ……」
俺の背筋に、冷たいものが走る。
――これはゲームと同じだ。
本来なら、魔王が反応するのはプレイヤーキャラ、つまり勇者ポジションとなっているヴァルガスに対してのはず。
けれど今――この異形の魔王が、その視線のすべてを、俺に注いでいる。
「……面識はないはずだけどな、魔王サンよ」
そう返す俺の声は、少しだけ震えていた。
だがそれは、恐怖ではなかった。
――そうだ。
あの頃、ゲームの世界で俺は何度もこの存在に挑んだ。
勝って、負けて、また挑んで――
最終的に討ち果たしたのは、俺だった。
ヴァルガスではなく、プレイヤーの俺が。
だからこそ――魔王の記憶の底に、俺の影が残っているのかもしれない。
「ソウ……ナツカシイ感覚……オマエハ……終焉ノ剣……」
魔王の声は、発せられたモノでは無く、直接届いているようだ。
おそらくだが、リリティナの魔力による影響だろう。
だがその声には、明確な感情が混ざっている。
それは――畏怖、警戒、そして……
――執着。
「ナゼ、此処ニ……何故、今ノ物語ニ、混ジッテイル……?」
魔王の身体がざわりと波打ち、黒と白の光が同時に脈動する。
俺は、一歩踏み出す。
仲間の視線を背中に感じながら、剣を持つ手に力を込めた。
「……さあな。
ただの裏方のつもりだったけど、どうやら舞台に立たされちまったらしい。
だったら――最後まで付き合ってやるよ、魔王」
「……ソレデコソ、終焉ノ器……」
魔王の輪郭が、一瞬だけ人の形に近づいた。
だがすぐにまた、得体の知れぬ混沌へと揺らいでいく。
その変化に、ヴァルガスが声を上げた。
「レイ……お前に、反応しているのか!?」
「ああ。どうやら、何かしら因縁があるらしいな……世界の都合上」
冗談めかして言ってみせるが、空気の緊張は一切緩まない。
むしろ、魔王の異常な集中が、戦場全体をさらに苛烈なものへと塗り替えていく。
そして、心に直接では無く、音声として魔王の言葉が発せられる。
「……知ッテイルゾ……
貴様ノ剣ハ、世界ヲ斬リ裂イタ……
ナラバ――再ビ、試サセテミヨウ……
終焉ノ器……!」
その名が、魔王の口から発せられた瞬間。
俺の中で何かが切り替わる。
心臓が跳ね、体内を駆ける魔力が、熱を帯びて脈打つ。
リリティナが遺してくれた魔力が、今――
魔王に届く剣として、形をなそうとしていた。
「……ああ、上等だ。
終焉でも、器でも構わねぇ。
お前を、ここで斬る――
それが俺の役割ならな!」
俺は叫び、剣を構え直す。
「さあ、みんな――やろうぜ。
この世界の、ラスボスを――叩き潰す!」
その一言と共に、俺たちの最終戦が、幕を開けた。




