33.伝説の七人
そして――戦場に、再び緊張が走った。
四天王が全て倒れ、いよいよ最後に立ちはだかるは、魔王そのもの。
その姿は、もはや「存在」と呼ぶのもはばかられるほど、異質だった。
揺らめく影と光が同居し、定まらぬ輪郭は常に流動し、見た者の認識すら曖昧にさせる。
その声は、低音と高音が同時に鳴り響き、意味を成さない音の羅列すら恐怖を孕んでいた。
「ヒトノカタチヲマトウナド……滑稽ダ……」
地を砕くような魔力の奔流。
空気が震え、空そのものが軋んだ。
結局、ゲームでは、魔王の正体については明かされていなかった。
複合思念体だとか、古代神の残留存在だとか、人類の調整機構だとか……
どれもがただの憶測に過ぎず、本質は闇の中。
だが今、目の前に立つこの存在に、理屈は通じない。
それが終わりの象徴だという事実以外は――すべて、無意味だった。
「……ここで、終わらせる」
一歩、ヴァルガスが前に出た。
堂々たるその背には、六人の仲間がいた。
ミリアは剣を握り直し、肩越しにちらりと後方を見てつぶやく。
「……あんたに貸し、作ったからね。レイ。ちゃんと見てなさいよ」
セリナは口を引き結び、小さく呟いた。
「……死なないでよ」
二人は、主のもとへと戻っていった。
魔導剣を展開したフィリアの剣からは、煌々と光が溢れ出す。
クロエは静かに腰を落とし、刹那の機会に備える構え。
リリィは祈るように詠唱を重ね、神聖なる祝福の光を仲間たちへと授けていく。
ノエルは静かに詩を紡ぎ、流麗なる魔力の律動を整える。
――そして、七人が横一列に並んだ瞬間。
その光景はまるで、伝説の英雄譚の一頁のようだった。
【雷迅の剣士】ミリア
【氷の射手】セリナ
【聖剣の乙女】フィリア
【影走り】クロエ
【光の祝詞】リリィ
【詩導の使い手】ノエル
――そして、【炎の剣王】ヴァルガス・デ・ルアント。
敵はただ一体。
だがその存在は、すべてを焼き尽くす絶対だった。
それでも、誰一人、怯むことはなかった。
そんな決戦の只中――丘の上、やや離れた場所からその光景を見下ろしていた俺は、肩に包帯を巻かれ、地面に座らされたまま、ぼんやりと空を仰いでいた。
「……すげぇ絵面だな……」
そう、思わず口に出していた。
ミリアとセリナが鬼の形相で腕を組んでこちらを睨んでいた。
「だからって、無理に動くんじゃないわよ」
「次あんな真似したら、治癒魔法で蘇生してからもう一度叩き落とすわ」
多分こんな感じで怒ってるんだろうな。
俺は苦笑して肩をすくめた。
「いや、まぁ……俺の戦いは、ここで終わったからさ。
あとは、英雄たちの大舞台……だろ?」
そう言って、少しだけ声を張る。
「おーい! ヴァルガス! かっこよく決めろよー!
ヒーロー様なら、ちゃんとラストもキメてくれなきゃ困るからなー!」
ミリアとセリナが、慌てて手を口にやり、黙れのジェスチャーをする。
「バカっ、何叫んでんのよ!? 魔王に気づかれたらどうすんの!?」
「声が大きいの! 緊張感って言葉、知らないの!?」
「……まあ、今更だけどね」
苦笑気味のヴァルガスの声が聞こえてきた。
でも、俺は笑っていた。
少しでも、彼らの背中を押せるように。
戦いの緊張を、少しでも和らげるために。
そして、彼らが描く、最後の英雄譚がはじまった。
剣が、魔力が、祈りが――
閃き、うねり、火花を散らす。
魔王の反撃は、まさに終末の象徴だった。
触れるだけで命を奪う“闇の波動”が地を這い、
防御も結界もすり抜ける“絶対干渉”の力が、術式の構成をねじ曲げていく。
それでも――
ヴァルガスたちは、一歩も退かなかった。
フィリアの魔導剣が奔流のように光を散らし、
クロエが疾風のように跳び回り、足を止めずに斬りかかる。
リリィの光が何度も仲間の傷を癒し、
ノエルの詩が、絶えずその戦場を支えていた。
彼らは、希望の名を背負って立っている。
一方、その激戦地から少し離れた丘の上。
俺は――ただ、見ていた。
いや、正確には「見ていろ」とミリアとセリナに怒鳴られて、ここに縛られていた。
「……化け物が……」
言葉が漏れる。
あの、どう見ても物理法則を無視した魔王の形状は、見るたびに変わる。
腕は四本に増え、顔は三つに分裂。
足元の大地が溶け、浮遊する岩と魔素がぐるぐると渦を巻いている。
呼吸が痛い。
全身の筋肉が痙攣し、剣を握る手にすら力が入らない。
――それでも、リリティナが俺に残した魔力が、確かに、体を内側から修復していた。
「……ったく。趣味は最悪だけど……
力は、ホンモノだな、ティナ……」
皮肉にも、その最後の贈り物に助けられている。
俺はポーチをまさぐり、ポーションを三本取り出す。
ティナ製ではなく、あの爺さん錬金術師の『味は最悪、効能は絶大』のやつ。
「ぐっ……うげ、にがっ……これ、絶対毒入ってるだろ……!」
呻きながらも、強引に流し込む。
喉が焼ける感覚が走り、同時に体が強制的に目覚めていくのを感じた。
――視線を戻す。
ミリアが、魔王の刃を寸前で弾き、鋭く反撃する。
その剣には、俺が見た中で一番の気迫が宿っていた。
セリナは、連射される冷気の魔弾を正確に撃ち出しながら、
魔王の動きを一つ一つ計算し、狙撃している。
その眼差しは冷静で――同時に、どこか優しい。
「……ああ、やっぱ、俺だけ何もできてねぇじゃん」
拳を、強く握った。
胸の奥で、何かが弾ける音がした。
鼓動が高鳴る。
「――あー、こりゃ絶対怒られるやつだなぁ……」
最後の一本のポーションを飲み干す。
そして、剣に手を伸ばす。
「けどよ――」
その刃を握ると、手の震えがピタリと止まった。
「俺、あいつらの背中だけ見て終わるつもり、ねぇんだよ」
ぐっと踏み込み、体に残った力を全てかき集める。
丘の上から見えるその背中たちは、俺の目指したものだった。
「英雄に憧れた少年のなれの果て……
もう一回くらい、頑張ってみっか」
空に向かって息を吸い、再び地を踏みしめる。
剣は重い。でも、それでも。
俺は、また立てる。
あの戦場に、もう一度。
「月下の守護者、参戦!
……なんてね」




