28. 死んでも忘れない
感情を見せたら、終わりだ。
心を揺らしたら、殺される。
「……だったら」
俺はゆっくりと、肩を回し、剣を構え直す。
体勢はまだ崩れていない。
痛みはあるが、まだ動ける。
「そっちの言葉遊びが尽きるまで、付き合ってやるよ。
でもな――次は、こっちの番だ」
剣の先端が、わずかに震える。
それは恐れではない。怒りでもない。
たった今、心の奥に火が灯った。
誰かと比べて、自分を見失うほど、ガキじゃない。
ヴァルガスはヴァルガス。俺は俺。
――その覚悟を、今ここで、証明してやる。
リリティナが、にやりと笑った。
「そう、その目。……もっと見せて。あなたの――本気を」
再び、空間が軋む。
「――今だッ!!」
彼女が鞭を垂らし笑みを浮かべたその瞬間。
閃光玉を仕込んでおいた腰の短剣を抜き取り、床に向かって、全力で叩きつけた。
勝利を確信したからこそ生まれる一瞬の隙、俺はそこに賭けた。
カン――ッ!
鈍く金属音が響いた直後、砦の通路全体が真昼のような光に包まれた。
濃密な闇を照らし返す、白熱の閃光。
その一瞬、影と光が反転し、
周囲の残像すら焼き切れるかのような明滅が、世界を白く染め上げた。
「っ……チッ!」
リリティナが反応した。
瞬間、彼女の足運びがわずかに乱れ、鞭の軌道が一瞬遅れる。
その一瞬こそが唯一の希望。
俺は迷わなかった。
俺は砦中心の補給庫へ向けて、爆破符を投擲。
狙いはただ一つ――第一連鎖の起爆。
「ふふっ……そんな子供騙しで――」
「子供騙しで済むなら、こっちも楽で助かるんだけどなァ!!」
次の瞬間――
ズドンッ!!
爆音が空気を裂いた。
地鳴りのような振動とともに、砦の東棟が轟音と共に崩落。
黒煙が天を突き、地面が震える。
そして――
第二、第三の爆破点が連鎖的に起爆。
「っ……!? この構造……!」
自分で仕掛けておいて言うのもなんだが、威力は想像以上だった。
仕掛けた符のうち、魔力増幅を誤って強化した一枚が連鎖反応を加速させた。
崩れる天井。飛び交う瓦礫。狂ったように吠える炎。
そして――その爆炎の中を抜けてくる鞭の影。
「がっ……!」
跳び退いたつもりが間に合わず、爆風の余波と一緒に壁へ叩きつけられた。
「っぐ……っ、ああぁッ!!」
焼けつくような熱と、肺を焼く粉塵。
背中が軋み、体が思うように動かない。
それでも、目を凝らす。
まだ、終わっていない。
爆煙の向こう――
全身に血と煤をまとい、なおも立ち上がるリリティナの姿。
その顔には苦痛と怒り、そしてわずかな――戦士としての敬意が混じっていた。
「この私に……ここまでの傷を……負わせるなんて……っ!
名もなき人間の、くせに……ッ!!」
「……悪いけどな……名はレイだ……覚えとけよ、四天王……」
「知っている。
そして、忘れるものか。貴様が死んでも覚えておく。
私を傷物にした、唯一の人間として、な」
俺の声も掠れていたが、それでも届いたようだった。
リリティナは、なおもこちらに一歩を踏み出した――
が、砦全体の崩壊がその動きを封じた。
同時に彼女の胸元から、金で装飾されたロケットが飛び出した。
慌てて取りかえそうとするリリティナ。だがその必死な表情にはどこか見覚えがあった。
そして……構造限界。支柱の崩壊。天井が落ちる轟音。
砦そのものが、もはや戦場ではなく崩壊地点と化していた。
「……チッ、退くしかないなんて……屈辱ッ……!」
ロケットを諦めたリリティナは、血を吐きながら撤退の魔方陣を展開。
「ふん、暗部を気取るだけのことはあるわね。
覚えてなさい……次は、そんな余裕……与えないッ!!」
閃光と共に、彼女の姿は消えた。
静寂が訪れた……ように見えたが、瓦礫の崩落音が、戦場の終わりを知らせていた。
俺は力尽き、大の字に倒れ込む。
崩れかけた天井の隙間から、夕日が差し込んでいた。
「……勝った……のか……? いや……ボロボロ……だな……」
薄れゆく意識の中、空に広がる、戦火の色――赤と灰。
砦、陥落。
任務、完遂。
そして、戦いはまだ終わらない。
世界は――今なお、変わり続けている。
だから……
パン!
顔を自分で打って無理矢理覚醒させると、痛む身体に鞭打って立上がった。
真友を助けるために。




