26. 月下の守護者
西方補給拠点・黒鉄の砦。
それは城塞都市の南東端に位置する、巨大な魔導塔を中核とする前線支援基地だった。
ヴァルガスたちが殴り込み部隊として、魔王を撃破すべく戦線を押し上げているその裏で――
俺は単独で、敵の補給線を断つ任務に就いていた。
だが、案の定あの三人組――グレイ、バルド、ノアは当然のように「俺たちも行く!」と詰め寄ってきたのだが……
「ダメだ、お前らには別の任務を頼む。こっちは一人のほうが動きやすい」
「はあ!? ふざけんなよ!
三人連携、最近ようやく決まってきたとこだろ!?
俺らも戦える!」
「そうだ、兄貴のためにだって、レイのためにだって、俺たちも力になりたい!」
「俺が殿やるから、ノアが囮、グレイが奇襲、どうだ完璧だろ!?」
三人とも真剣だった。目に浮かぶような熱意と、やる気に満ちた表情。
だが――それでも、俺は首を横に振った。
「……気持ちはありがたい。だけど、今回の任務は奇襲と撹乱がメインだ。
隠密行動に三人も連れてったら、敵に気づかれるリスクが跳ね上がる」
「だったら余計に守りを固めて――!」
「違う。おまえ達のトリニティ・ブレイクが形になったからこそ、お前たちには別任務を頼む」
俺は、黒鉄の塔から前線へと続く街道を示す地図を見せながら言った。
「この街道、敵の補給部隊が頻繁に通ってる。お前ら三人なら、森の陰からゲリラ戦を仕掛けるのに最適だ。
トリニティ・ブレイクは、そこでこそ真価を発揮する」
しばしの沈黙の後、グレイがゆっくりと頷いた。
「……そうか。そういうことなら、任せろ。俺たちは俺たちのやるべき場所で暴れてくる」
「へへ、どうせまた派手にやるんだろ?
月下の守護者に負けねぇようにな」
「え、なんか言った今!?」
「なんでもない。黙っとけノア」
「……気をつけろよ、レイ」
最後にバルドが、ぐっと拳を突き出してくる。俺も同じように拳を合わせた。
「お前らもな。……無茶はするなよ」
それぞれが軽く頷き合い、俺たちは別々の戦場へと向かった。
俺が行くのは、補給線の扇の要――誰もが無理だと口をそろえる場所。
でも、やるしかない。
英雄の名はヴァルガスのものだ。
だけど、その背後を守る影――それが俺の戦場だ。
俺は黒鉄の砦を背に、静かに森へと足を踏み入れた。
ここ、黒鉄の砦はカルディアに属する堅牢な城塞都市の一つだった。カルディアが滅ぼされる前、前哨戦とも言うべき戦いで落城して、今や魔王軍の麾下にある。
戦術的には前線と後方のちょうど中間に位置しており、物資集積、兵員再配置、情報連絡の要として機能している。
一見すればそこそこ便利程度の位置だが、この場所を魔王軍が押さえているというだけで、周囲の戦線は常に補給を受けられる。
逆に言えば――ここを落とせば、敵の戦線は一気に不安定化する。
「……ふぅ、計画通りなら三ヶ所に仕掛けておけばいいはずだが……」
夜の闇に紛れ、俺は砦の裏手から静かに侵入。
装備は最低限。剣と短剣、音がしないよう革鎧に身をくるみ、後は起爆用の魔導符。
そして何より――仕掛けておいた魔導式火薬装置の位置が頭に入っていること。
派手に暴れ回る気はない。
だが、一点を突くなら、最大限の効果を生むつもりだ。
砦の構造を把握し、通路と補給庫、兵舎の導線に爆弾を設置していく。
そうして俺が三つ目の起爆点に符を張り終えた、その時だった。
「ほう、愉快ね。人間風情が、たった一人でここを潰しに来るなんて」
突然、空気が凍りついた。
甘く妖艶な、しかし刺すような妖気が肌をなぞる。
俺は直感的に、来たと察した。
同時に、砦の瓦屋根の上、赤く染まる月を背に、一人の女が、まるで舞い降りる蝶のように姿を現す。
黒いドレスのような装束に身を包み、瞳は妖艶に輝き、その存在だけで周囲の空間が異質なものに染まる。
魔王軍四天王の一角
淫欲と死を司る魔族
大淫婦リリティナ・カルマ。
「残念ね。あの美しいヴァルガスたちは、別の戦場にお出かけ中。
代わりに、あなたが私の遊び相手……ってわけ?」
「……遊びって顔じゃねぇけどな。
どっちかっつーと、食い殺す気満々って感じだ」
「ふふ、鋭いわね。気に入ったわ」
ゆらり、と地に降り立つその所作は、まるで舞踏のように優雅。
けれどその一歩ごとに、大地に広がるプレッシャーが強まっていく。
「裏方だって言ったでしょう?
忍び込んで、地味に爆破して、それで終わりなんだよ。
……アンタに構ってる暇なんか、本来はないんだがな」
「そう? でも残念。
ここに来た時点で、あなたはもう逃げられないのよ」
彼女の手に、いつの間にかしなるような長鞭が現れていた。
それを指先でくるりと巻きながら、リリティナが囁く。
「裏方でもいいわよ。
私の足元にひれ伏せるなら、命くらいは取っておいてあげる」
「悪いけどな……俺、そういう趣味じゃないんだ。鞭とかドS系とか、地雷だわ」
その瞬間、空気が破裂した。
リリティナが振るった鞭が、音速を超えた一閃と共に俺の目前に叩きつけられ――
地面が陥没し、石畳が粉砕された。
「っ……ッ速ぇ!」
俺はとっさに横跳びし、すれすれで回避する。
髪の先端を風が裂いた。あと一歩、遅れていれば――首が飛んでいた。
「ふふっ、予想以上にやるじゃない。
でも、本番はここからよ?」
艶やかな笑みの奥に、殺意と快楽が交じる戦士の目が宿る。
こいつ――
見た目に騙されちゃいけない。完全に実戦型だ。
そして何より――この砦を守るという意志が本気で強い。
「さて、裏方さん。どこまでやれるか、試してあげる」
「……買いかぶりすぎると火傷するぞ。
こっちは爆発オチが十八番なんでな」
気取った冗談を吐きながら、俺は背後の導線と、起爆符の間隔を冷静に計算する。
爆破のタイミングは――
一撃でも彼女に致命傷を与えられる隙ができた瞬間。
この一戦――
ただのゲリラ作戦じゃない。
この砦の陥落は、魔王軍の全戦線に揺さぶりをかける、布石となる。
だからこそ、
絶対に失敗できない。




