24. 鈍感な英雄達
数日後。
物資補給の任務で、俺は王都西部の補給拠点を訪れていた。
戦線と後方をつなぐ要地――そこは、いつになく慌ただしく、多くの兵士や補給担当が行き来していた。
ふと、視線の先に見覚えのある後ろ姿があった。
傷だらけの鎧。左腕には包帯。そして、背筋の通った立ち姿。
ヴァルガス・デ・ルアント。
戦場から戻ったばかりの彼は、まさにその名の通り、英雄だった。
「……相変わらず、無茶するよな。少しは休めよ、英雄さん」
俺が声をかけると、ヴァルガスは肩越しにこちらを見て、苦笑しながら眉をひそめた。
「やめてくれ、その呼び方。くすぐったいよ」
「でも事実だろ。西部防衛戦、聞いたぞ。孤立した部隊のところに一人で突破して救出に入ったって」
「おまけに、自分は殿を買って出て、最後まで敵を引きつけたってな。
それで生きて帰ってくるんだから……ほんと、お前ってやつは」
俺の言葉に、ヴァルガスは一瞬、きょとんとしたように目を丸くした。
だがすぐに、いつものようににやりとした笑みを浮かべて――こう返してきた。
「……その台詞、俺が君に言いたかったんだけどね」
「は?」
「こないだ、子供たちを避難させたって話、俺も聞いたよ。村に単独で、しかも強行突破して物資を届けて。
それで子どもに笑顔を返させる奴なんて、普通いない。
それに、こっそり物資や薬品を調整して、他部隊の後方支援までやってるって、補給兵の間でも噂になってる」
「おいおい、誰がそんな……!」
「それに、例の三日月印の匿名支援。あれ、君だろ?」
「……あー……まぁ、バレてるか……」
「君がいなかったら、あの戦線は維持できなかった。みんな、分かってるよ」
そう言って笑うヴァルガスを、俺は苦笑まじりに睨んだ。
……けど、まあ否定しきれないところが悔しい。
「……それでも、お前みたいに表に出て活躍するのが英雄ってやつだろ。俺なんて、裏方でちょろちょろしてるだけで――」
「そうやって、自分を下に置くところ、変わらないよな。そこも君らしい」
と、そこで。
「――あの、すみません」
近くで荷箱を積み上げていた若い補給兵が、遠慮がちにこちらへ近づいてきた。
「ん? どうした?」
「いや、聞くつもりはなかったんですけど……お二人の話、少しだけ聞こえちゃって。
その、言いたくなったので」
ヴァルガスと俺が顔を見合わせる。
補給兵は、少しはにかみながら、でも真っすぐな目で言った。
「お二人とも、間違いなく――俺たちにとっての英雄です」
一瞬、時間が止まったような空気が流れた。
「……は?」
「えっ?」
同時に固まる俺たち。
「いやいやいや、ちょっと待て、それは言い過ぎ――!」
「お前が最初に英雄って言ったんだろ!?」
「いやいやいや、そっちが陰の支援者とか……!」
「言ってねぇよ!? てか、その呼び方流行ってんのか!?」
「うるさいですよ、あなたたち!
作業止まってるの気づいてますか!?」
補給所の責任者――気難しそうなおじさんに雷を落とされ、俺たちは慌てて姿勢を正した。
「す、すみません……!」
「反省してます!」
だが、怒られたその直後――
ふと、視線を交わした俺とヴァルガスは、お互いにこらえきれずに笑ってしまった。
「……英雄ってのは、案外……落ち着かないもんだな」
「だな。俺たち、向いてないよ、そういうの」
それでも――
「……まあ、たまには、悪くないか。そう呼ばれるのも」
「そうだな。……たまにはな」
荷物整理が一段落し、補給所の裏で腰を下ろしていた俺とヴァルガス。
さっきの補給兵の「お二人とも、英雄です」という言葉が、未だにじわじわ効いている。
俺たちは互いに無言でスープのカップをすすりながら、気まずいような、どこか誇らしいような――複雑な沈黙を共有していた。
そこへ――
「……あら。やっぱり、ここにいたのね」
凛とした声とともに、フィリアが姿を現した。
その後ろには、静かな足音と共にセリナも続く。
二人とも学院指定の上着を軽く羽織っていて、完全に私服というより立ち寄った感がにじんでいた。
「フィリア、セリナ……何の用だ?」
ヴァルガスが少しばつが悪そうに訊くと、フィリアはぷいっとそっぽを向いたあと、ゆっくり歩み寄ってきた。
「何の用って、あの補給兵の話、全部聞こえてたんだけど?」
「――っ!」
俺とヴァルガスは同時にスープを吹きそうになった。
「え、おまえら、いつから……」
「最初の英雄さんってあたりからね。バッチリ聞いてたわ」
セリナがさらっと言い放つ。
「まったく……英雄なら英雄らしく、もっと自分を大切にしなさい。特にあなたよ、ヴァルガス」
フィリアはヴァルガスの包帯を指差し、眉をひそめる。
「そうやって、いつも誰かを守るためとか言って無茶ばっかり。ちゃんと周りに頼ることも、英雄の責任よ?」
「……わかってるつもりなんだけどな」
ヴァルガスが苦笑する。
すると、セリナがすかさず言葉を挟んだ。
「でもこの人、鈍感だから。言われたくらいじゃ理解しないのよね。
……どこかの誰かも同じだけど」
彼女の視線が、ぴたりと俺に向けられた。
「俺!?」
「あなたもよ。陰でどれだけ頑張ってようと、そうやって自分なんてとか言ってるうちは、変わらないわ」
「……ぐっ、痛いとこ突いてくるな」
「ほんと、それでいて支えてますとか言うんだから、こっちはやきもきするわよ」
「そうそう、それで、勝手にこっそり動いて――結果的に目立ってんのよ、あなたたち。本人だけが気づいてないっていう」
二人の言葉に、俺もヴァルガスも沈黙する。
……いや、反論できねぇ。
だが、そんな空気を和らげるように、フィリアがふっと小さく笑って言った。
「でもまあ、二人とも……格好良かったわよ、正直に言うと。
……だからこそ、ね」
ヴァルガスが彼女の目を真っ直ぐに見つめる。
「……ありがとな、フィリア」
「礼なんかいいの。ちゃんと――生きて帰ってきて。無茶をしすぎないって、約束して」
「……わかった。できる限り、守るよ」
そんなやり取りを聞きながら、セリナが俺にだけ聞こえるように小声で呟いた。
「……ヴァルガスなら、そう言えるのに。
ほんとに、あなたって……」
「え、なに?」
「……なんでもないわ。
二人とも、もう少し鈍感じゃなかったらよかったのに、ってだけ」
セリナは目を伏せて、ふいっと横を向いた。
その表情は、ほんのわずかに、赤く染まっていた気がした。




