22. ポーションは甘酸っぱい
そんな事があった後の、ある日の放課後。
訓練を終えて汗を拭いながら、俺はふと学院の補給所に立ち寄った。
ポーションの使い心地を軽く伝えるだけのつもりだった。だが、その足が自然と裏手に向いていたのは、たぶん、何かの予感だったんだと思う。
そこにいたのは、夕焼けに染まる光の中、荷物を抱えてせっせと作業をしているティナだった。
その横顔が、いつもより少し大人びて見えたのは、きっと気のせいじゃなかった。
「……お疲れ。手、足りてるか?」
「わっ……レイさん!? あっ、えっと、大丈夫ですっ!
……でも、ありがとうございます」
ティナは驚いたようにこちらを振り返ったけれど、すぐにいつもの笑顔に戻っていた。
その仕草にちょっと和んで、俺は何も言わずに彼女が抱えていた木箱をすっと持ち上げた。
「こんなの、一人で運ぶとか正気の沙汰じゃねぇな。もっと男を頼れよ」
「うぅ……ばれましたか。はい、ちょっと……だけ、無理してました」
「まったく……俺が通りがからなかったらどうするつもりだったんだよ」
「そ、その時は……その時で、なんとか……?」
「ジト目」発動。俺がじっと見下ろすと、ティナは困ったように目を逸らして笑った。
「でも、助かりました。本当に、いつもありがとうございます。私、レイさんに助けられてばかりですね」
なんだかこそばゆくなって、俺は荷物を脇に置きながら肩をすくめた。
「いやいや、こっちこそ。ポーションもらって助かってるし、持ちつ持たれつってやつじゃね?」
「……ふふっ、そうかもしれませんね」
ふと吹いた風が、夕焼けの空気を揺らす。
ふたりの間に静かな間が流れたが、どこか心地よかった。
「そういえばさ。こないだのポーション、めちゃくちゃ助かったよ。ちょっと怪我した子がいて、緊急で使うことになってさ」
「えっ……本当ですか!?
その方、大丈夫でしたか!?」
彼女は、ギョッとしたような表情を浮かべると、不安そうにたずねて来た。
「ん。ちょっと慌ててたけど、結果オーライ。……まあ、口移しで飲ませる羽目になったけどな」
「え……!? く、口移し……!?」
「いや、人工呼吸っぽい感じで。ちゃんと配慮はしたぞ!?」
「……女の子、ですよね?」
「え、あ、う……いやその……うん?」
「大丈夫です。人工呼吸はノーカウントって、前に聞いたことありますから」
とびきりの笑顔。こっちの動揺が完全に楽しそうに見えてるっぽい。
「……お前、ちょっと性格悪くないか?」
「えっ、ひどいっ。
でも……レイさんって、ほんと優しいですよね」
「……は? どこが」
「人助けもそうですけど……さりげなく支えてくれるじゃないですか。
無理に格好つけるわけでもなくて……そういうところ、私、すごく好きです」
「……おい、それ、普通に恥ずかしいやつだぞ」
「ふふっ、やっぱり。顔、赤くなってます」
「く……っ、お前なぁ!」
彼女は笑いながらも、どこか照れたように俯いて、でもその横顔は静かに光っていた。
「ねえ、レイさん」
少し声が真面目になった。
「これからもっと……危険な場所に行くようになるんですか?
もっと、戦いの中に……」
「……ああ、なると思う。逃げられないこともあるからな。でも、俺は前に出る奴じゃない。影から支える立場でいい。誰かの背中を、ちゃんと守れるように」
「……うん。そう思ってくれる人がいるだけで、きっと……みんなすごく心強いんだと思います」
その言葉が、妙に胸に響いた。
俺は思わず、じっと彼女の顔を見てしまった。
「……なんです?」
「いや……ちょっと、今の言葉、沁みただけ」
「……あー、またそうやって、素直になれないんだから」
ティナは、困ったように、でも嬉しそうに笑った。
そして、カバンからそっと小さな瓶を取り出す。
「はい、今日の分。ちょっとだけ、味を変えてみたんです。
……レイさん好みに、近づけたつもり」
「……へぇ、なんだよそれ。
なんか期待しちまうじゃねぇか」
「ふふっ。
……わかりやすいですね、ほんとに」
そのときのティナの笑顔は、夕陽よりもあったかくて――
俺は気づけば、心の奥がほんのり熱くなっているのを感じていた。
(……ま、こういう日があっても、いいよな)




