21. 責任者、出てこい!
こうして英雄となったヴァルガス達と、俺は、魔王復活の兆候を探すようになった。
だが――やはり個人では限界がある。
情報収集、警戒、対処……ヴァルガスが抱える負担はあまりにも大きく、俺のような陰の支援者では、いざというとき手が回らない。
現に、その綻びが起きてしまった。
その日、クール系魔術師のセリナ・アルディスが、単独で調査に出た。
本来ならヴァルガスに同行する予定だったが、彼が別件で動いていたため、急遽ひとり行動となったのだ。
俺は、その行動に一抹の不安を覚え、念のため距離を取りつつ彼女を追っていた。
だが――間に合わなかった。
「セリナ……!」
裏通り。物陰。
魔力の残滓、焦げた石畳、そして――倒れ込んだセリナの姿。
必死にチンピラどもを蹴散らしながらも、俺の頭は冷静ではなかった。
彼女の小さな体が震えている。服は乱れ、栗色の髪は散らばり、唇から血が滲んでいる。
「しっかりしろ!」
なんとか撃退したところで駆け寄った俺は、地面に倒れる彼女を抱き上げた。
衣服は乱れ、口元からは血が滲んでいた。
この日、セリナは「少し様子を見てくる」と言って、一人で離れた。
俺も支援のつもりで彼女の後をこっそり追っていた。
だが、完全に油断していた。
まさか、魔王復活に連なる闇の組織だけでなく、そこらのチンピラどもまで美人狙いで群がってくるとは想定していなかった。
「くそっ、俺のミスだ……!」
あの路地裏は見通しが悪く、入り組んでいて、応援の呼びようもなかった。
ああ、所詮言い訳だ、俺の判断ミス以外の何物でもない。
しかも、油断していた隙に彼女は背後から鈍器で殴られてしまい、今、地面に崩れていた。
俺の姿をぼんやりと見上げる彼女が、かすかに微笑む。
「……来てくれたのね、ヴァル……
……ごめん、ね……迷惑かけて……」
その言葉に、一瞬、胸が締めつけられた。
彼女の視界はぼやけていた。俺を――ヴァルガスだと思っている。
「……あぁ、大丈夫だ、もう安心しろ」
嘘だった。でも、それでいい。
普段は冷静沈着で、どこか距離を取るような雰囲気を持っている彼女が、今は苦痛に顔を歪めている。
俺に対するつめたい態度でなく、ヴァルガスと勘違いしているのか、普段よりずっと素直な感じだ。
ゲームでは比較的捕まる事が多いせいで、マゾッ娘なんて揶揄されてたことがあるが、こんなリョナは誰も望んでいない。
俺の胸が、ひどくざわついていた。
呼吸が浅く、苦しそうだった。
背中を確認すると、大きな打撲痕があり、肋骨の損傷は確実。
「ごめん……遅れて……」
何か言おうとして口を開いた彼女は、呼吸ができずに咳き込み――
「っ……!」
俺は迷わず、彼女の胸に手を当てた。
だが、触れた瞬間、彼女は痛みに顔を歪め、細い声でうめいた。
肋骨……ヒビか、もしくは骨折してるかもしれない。
このままだと――まずい。
考えるよりも先に体が動いていた。
口移しでの人工呼吸なんて、正直、経験なんかない。だが――今はそんなこと言ってる場合じゃない。
「セリナ……頼む、戻ってきてくれ……!」
呼吸を整え、何度か口を合わせて空気を送る。
最初はたどたどしくて、心臓が破裂しそうだった。
だが――やがて、彼女は苦しげに喉を鳴らし、血の塊を口から吐き出し、微かに息を吸った。
「……っ、生きてる……よかった……!」
胸の奥が熱くなる。
涙が出るかと思ったが、それよりも急がなければ――!
まず、以前ティナからもらったポーションを口に含んで彼女の喉に流し込む。あの錬金術師謹製のくそまずいポーションの方が効果は高いが、拒絶反応を起こす可能性が高いので、飲みやすい方にしたのだ。
だが効果は直ぐに出た。先ほどまでの苦痛でゆがめていた顔が、今では普段道理の美人になっている。
一瞬見惚れたが、すぐに俺はセリナを背負い、できるだけ静かに、でも急いで城郭の衛兵詰所近くへ向かった。
途中、道の向こうに、ヴァルガスとヒロインたちの一行を見つけた。
「……任せるぞ、ヴァルガス」
俺はそっとセリナを地面に寝かせ、遠くから一言だけ叫んだ。
「誰か!助けてくれ!」
気づいた一行がこちらに駆け寄ってくるのを見届けて、俺はその場を離れた。
――いや、逃げたと言ったほうが正しいかもしれない。
俺のせいで、彼女は傷ついた。
守り切れなかった。それが、悔しくて仕方がなかった。
だからそれが、俺にできる精一杯だった。
けれど、この一件がきっかけで――彼ら一行は単独行動を極端に避けるようになった。
誰かを守るためには、誰かと共にいることが大切だと気づいたのかもしれない。
セリナは数日後、回復して学院に戻ってきた。
以前と変わらぬ、クールな佇まい。だが、どこか様子が違った。
そんなある日の、休み時間の図書室、彼女が珍しく俺に話しかけてきた。
「レイ」
「ん? なに?」
本のページを捲っていた俺に、彼女は唐突に尋ねた。
「この前、私を助けてくれたの……本当に、ヴァルガスだったと思う?」
「は? いや、だって……セリナ、お前、そう言ってただろ?」
「……そうね。でも、思い返すと……ヴァル、あのとき別の場所にいたはずなの」
「……ギリギリ間に合ったとか?
あいつなら分身の魔法使っても不思議ないからなぁ。
後、誰かが途中まで運んでくれたから間に合ったとか?」
「ふぅん……」
セリナは俺の目をじっと見つめた。
一瞬、笑ったような気がしたが――すぐに無表情に戻る。
「そう。じゃあ、間違いなかったのね……ありがとう」
「え、えっと、何で?」
「……ファースト・キスの相手がわかって安心した」
「そうか、まあせいぜい責任とってもらえ」
「そうする」
そう言って、彼女は本を閉じて立ち去っていった。
俺はその背中を見つめながら、そっと息を吐く。
けれどその一方で、どこか悪くない気分でもあった。




