19. 七人の英雄
補給馬車を操って村に到着した時――俺が見たのは、すでに静けさを取り戻した村の風景だった。
荒れた地面にはまだ焦げ跡が残り、倒れた柵、魔物の死骸、傷を負った家屋。
けれどそこには、絶望も、恐怖もなかった。
村の子供たちが笑っていた。
年老いた農夫が泣きながらヒロインたちに礼を言い、手を合わせていた。
「……もう終わってたか」
俺は馬車を止めて、そっと荷台から飛び降りる。
風に乗って流れてくるのは、血の匂いではなく、安堵の空気だった。
「レイーッ!!」
荷物を確認していたところに、クロエが駆けてきて思いっきり俺の背中にダイブしてきた。
「うおっ! 痛っ、やめろ! 荷物崩れる!」
「兄貴がレイ来たら喜ぶと思ってさー。てか、来るの分かってたけどね! 感覚で!」
「感覚ってなんだよ……」
背中からクロエを振り落とすようにして立ち上がると、今度はミリアとセリナが近づいてくる。
「遅かったわね、レイ」
ミリアは肩で息をしていたが、口調はいつも通り。
「一応、予定通りのタイミングだろ。補給は任せろ」
「ま、ちゃんと来ただけ褒めてあげる」
セリナがちらと笑みを浮かべた。
「ちなみに、戦闘は十五分ほど前に終結済み。負傷者は軽傷者数名のみ。救護はリリィとノエルが対応中よ」
「……文字通り朝飯前で片づけたのかよ……
いや、夕飯前だけどさ」
思わずつぶやくと、後ろからヴァルガスが現れた。
「レイ、来てくれたんだな。ありがとう」
彼は少し埃まみれだったが、傷ひとつない。
「お前ら、ほんとに……強すぎるだろ」
「村に着いた時点で、包囲網はまだ完成してなかった。先手を取れたのが大きかった。
それに――」
「ええ。ヴァルガスが先に一歩踏み出してくれたからよ」
フィリアが横から歩いてきて、そっと彼の隣に立つ。
「正面突破して、魔物の隊長格を先に潰したの。少し危なっかしかったけど……それが彼らしいわ」
「最後は、ヴァルガスと私で挟撃したの。風魔法で視界を遮って、セリナが援護して」
ノエルが淡く微笑みながら詩のように語った。
「後半はアタシたちが村の裏手から出てきた魔物と正面衝突!」
クロエが拳をぐっと突き上げる。
「私は村人を避難誘導しつつ治療に回ったわ。今はもう、だいぶ落ち着いてるよ」
リリィがそっと手を振ってきた。
……なんだよ。
七人って言いながら、結局みんなフル稼働してんじゃねぇか。
「やっぱり、お前ら……本物の仲間だな」
そう呟くと、遠くからどたどたと足音が響いてきた。
「レーーーイ!! 到着したぞぉぉぉッ!!」
砂埃を巻き上げて現れたのは、我らが三人組――グレイ、バルド、ノア。
三人とも汗まみれで、息も絶え絶え。それでも必死な目をしていた。
「はあっ……はあっ……お、遅れた……!?」
「うっそだろ……戦い、終わってる……!?」
「うわああああああああああ!!」
その場でノアが地面に突っ伏した。
「何のために、あの馬車にしがみついて追いかけてきたと思ってんだ……!!」
「ったく……レイ、お前、早すぎんだよ……」
「こっちは魔獣とやれると思って気合い入れて来たのに……」
バルドが木剣を地面に突き立てる。
「いいじゃん、無事に村が助かったなら」
俺は軽く笑って三人に声をかけた。
「お前らが来たってだけで、ここの連中は十分心強いって思うさ。村の子どもたち、今のうちに遊んでやれ。ヒーローってのは、戦うことだけじゃないぜ?」
三人は少し悔しそうにしながらも、最後には笑ってうなずいた。
「……ったく、レイってばズルい」
ノアが拗ねたように口を尖らせる。
「ま、俺たちの出番は次ってことで」
グレイが手を差し伸べ、ノアを立ち上がらせた。
「うん。俺たちの《三連衝陣》は、次で決めるぜ」
バルドが拳を握る。
その光景を見て、俺は小さく笑った。
村に平穏が戻った次の日。
補給物資の分配もひと段落し、ヴァルガスたちは村の各所で村人の手伝いや巡回をしていた。
フィリアは診療所で怪我人の対応、セリナは村の記録と被害状況の整理、クロエとバルドは倒壊した柵の補修。
まさに、戦って終わりじゃない本物の英雄の姿がそこにあった。
「ねぇお兄ちゃん、あれ、ほんとにお城の人なの?」
「クロエのお姉ちゃん、こわい魔物、ばっさばっさって倒してたんだよー!」
「お兄ちゃんも強いの?」
そう言って、何人かの子供たちが、俺の背後に群がっていた。
手には泥団子やら、竹で作った剣らしきものを握っていて、目がキラキラしてる。
「えっと……俺はな、戦うっていうよりは……ほら、補給とか、裏方担当だから……」
「補給ってなに?」
「ごはん作るひと?」
「すごい人ってこと?」
「いや、そんな大層なもんじゃ……」
「じゃあ!
お兄ちゃんがごはん持ってきてくれたから、クロエのお姉ちゃんたちが元気に戦えたんだよね?」
「それって、すっごく大事なことじゃん!」
無邪気な子供たちの声が、やけに胸に響いた。
「……まいったな。そんなふうに言われたら、裏方も悪くないって思っちゃうじゃないか」
「じゃあ、あたしたちのヒーローね!」
「ヒーロー補給係!」
「おうえん係でもいいよ!」
「……その称号、微妙にカッコよくねぇぞ……」
思わず苦笑するが、そのとき。
一人の小さな女の子が、そっと袖を引っ張ってきた。
「ねぇ、お兄ちゃん……ひとつ、変なこと聞いてもいい?」
「ん? なにか見たのか?」
女の子は、少し不安そうに首を傾げながら、小さな声で言った。
「村の外れの古い井戸にね……昨日、知らない人の声がしたの。
でも誰もいなかったの。
おばあちゃんは風の音だって言ったけど、あたし、ちゃんと聞いたの。
あれはまだ準備中だって……」
「準備中……?」
胸の奥が、ひやりと冷える。
「どんな声だった?」
「男の人……かな? でも、なんだかヒュウって風みたいに遠くて……怖くなって走って帰ったの」
俺は女の子の頭を優しく撫でながら、そっと目を細める。
「よく話してくれたな。ありがとう」
ただの子供の空耳――かもしれない。
だが、「準備中」という言葉には、妙な意図が込められている気がしてならなかった。
魔王軍の動き。
この村はあくまで序章。
彼らはまだ動き出してすらいないのかもしれない。
それでも、“準備”が進んでいるというのなら。
(俺たちも、備えなきゃならない)
「お兄ちゃん、お礼にこれあげる!」
女の子がそっと手渡してきたのは、細い枝を削って作った小さな剣だった。
不格好で、すぐに折れそうな木片の剣。でも――その重みは、妙にずっしりとしていた。
「おう、ありがとな。これ、大事にするよ」
俺はその剣を腰に差し、立ち上がった。
子供たちの歓声が背中に響く。
英雄――か。
主役じゃなくてもいい。
でも、誰かの笑顔を守れる存在でありたい。
それが、月下の守護者の役割なんだから。
そしてその夜、ヴァルガスにそっと耳打ちした。
「なあ、魔王の復活って信じるか?」
「ああ、もちろん。どうして?」
「村の子供の一人が話してくれたんだ。
『まだ準備中だ』って」
「この襲撃の話とは別で?」
「わからない。でも、そのつもりでいた方が良いかもって思ってね」
多分ヴァルガスは動いている。
だから、俺も動き出すと伝えておくべきだ。
月下の守護者として。




