16. 主人公vs主人公
ある日のことだった。
人目を避けるように人気のない倉庫街の裏手に足を踏み入れた俺は、ふと見覚えのある背中を見つけた。
夕焼けに染まる空の下、ヴァルガスが一人、何やら厚い紙束を手に真剣な表情で立ち尽くしていた。
その横顔は、学院で見せる柔らかい微笑みとは打って変わって、張り詰めた静けさを宿していた。
そもそもなんでそんなと事で書類を読む必要があるのか……
思いつく理由として、おそらく、魔王復活に関する何らかの情報だろう。
特に、本来のゲームでの彼は、後々魔王軍に属する事になる。既に何らかの情報を得ていても不思議では無いだろう。
「……おいおい、そんなところで一人で資料広げてんじゃねぇよ。
文官くんにでも任せとけって。ていうか、俺が代わりにやってやってもいいぜ?」
声をかけると、ヴァルガスはわずかに肩を揺らしてこちらを振り返った。
一瞬警戒を見せたが、すぐに俺の顔を見て、ほっとしたように微笑んだ。
「……なんだ、君か。驚かせないでくれよ」
「こっちのセリフだよ。お前がこんな顔して物陰でうろついてたら、そりゃもう通報案件だぞ」
「はは……確かに。怪しいことこの上ないな」
彼は紙束をすばやくまとめて懐に仕舞いながら、言った。
「ありがとう。でも、これはボクの役割だ。……ボクがやらなきゃ、意味がないことなんだ」
「役割ねぇ……」
「ああ。だから、お願いだからフィリア達には黙っておいてくれよ」
俺はふっとため息をついて、そっと後ろを振り返った。
「――もう遅いかもな。
あいつらは、そう思ってないっぽいぜ」
「……あいつら?」
その瞬間、柱の向こうから「カンッ!」と何かが当たる音が響いた。
「――いたたたっ!?
ミリア、もうちょい頭下げてよ!」
「クロエ!?
後ろから乗らないでって言ったじゃないの!」
「ひゃぁ!?
ノエルさん、本がっ……あ、ページが……!」
「しっ、静かにしなさいって言ってるでしょ!?
もう……!」
まるでコントのように柱の陰でコントのようにドタバタしているヒロインたちの姿が、影絵のように揺れていた。
「……あれが、君の言うヒロインオールスターか」
「いや、むしろ見守り部隊だな。しかもコントつき」
俺の言葉に、ヴァルガスは小さく苦笑した。
「……気づいてたのかい?」
「気づくわ。尾行するならせめて声のトーンくらい抑えろっての。
まあ、おまえは書類に夢中で気づかなかったようだけど」
ヴァルガスは、目を伏せて少し黙り――ぽつりと呟いた。
「……彼女たちには、余計な心配をかけたくないんだ。
ボクのせいで誰かが傷つくのは、もう見たくない」
「……それが、全部を一人で背負う理由ってわけか」
「……ああ。そういう性分なんだよボクは……」
「違うな」
俺は、断言するように言った。
「それ、ただの自己満足だ。
支えてくれる人がいるのに、それを拒否するのは、守るんじゃなくて、突き放してるだけだろ。
余計な心配かけたくないって言って、余計に心配かけてる」
「……自己満足、か」
ヴァルガスが少しだけ笑った。だが、その目には戸惑いが滲んでいた。
「お前には、あんなにいい奴らがいる。
そいつらを信じないで、誰を信じるんだよ。
それに――俺も、必要なら支える。表じゃなくてもいい、裏でも」
「でも迷惑じゃあ?」
「安心しろ、俺も何かあったらおまえを頼る。。
だから安心して、俺を頼れよ!
……まあ、俺を頼らなくても、頼る相手はいっぱいいるみたいだけどな」
俺の場合はおまえくらいしかいないんだけどと言って肩をすくめる俺に、ヴァルガスは目を瞬かせたあと、少し肩を揺らして笑った。
「……本当に、君ってやつは。
まるで主人公みたいなことを、いつも突然言うんだから。
いや、みたいじゃ無く、主人公だったね」
「そっちこそ、主人公詰め合わせセットだろ。ハーレム込みでな」
「……誰が詰め合わせですって!?」
ミリアが柱の陰から怒鳴るように飛び出してきた。
「詰め合わせってお菓子みたいでちょっとワクワクしない?」
クロエは呑気に笑いながらくるりと回る。
「真面目に聞いてたのに……はあ、バカばっかり」
セリナはため息をつきつつ、顔を伏せる。でも、口元が少しだけ緩んでいた事は見逃さない。
「こ、今回は特別に黙って見ててあげただけだからっ。べ、別に心配してたわけじゃ……ないんだからねっ」
フィリアはいつも通り素直じゃないけど、動転しているのかツンデレっぽい事を言っている。
「……私たちも、力になりたいのです」
ノエルは恥ずかしそうに小声で言いながら、そっと手帳を抱きしめていた。
その様子を見て、ヴァルガスは小さく呟いた。
「……君の言う通りかもしれないな」
「だろ?」
俺は苦笑して、彼の背中を軽く叩いた。
「まったく、あいつら見てると、何もかもがドラマみたいだよな。
俺たち全員が、登場人物って感じだ」
ヴァルガスは俺の言葉を聞いて、目を細めた。
「じゃあ、君は……どんな役割なんだ?」
「……おまえ達を支える役割、ってところかな?」
ほんの少し、ふたりで笑い合う。
その光景を見ていたヒロインたちは、まるで何かを分かち合ったかのように、微笑んでいた。
夕焼けの空は、すっかり茜色に染まっていた。
まるでこの瞬間を、そっと祝福してくれるかのように。
俺たちの物語は、まだまだ続いていく。
それぞれのやり方で。
それぞれの信じ方で。
そして俺は、陰から見守るこの場所で、今日も剣を握る。
名もなき、けれど確かな、月下の守護者として。




