13.諄い三錬成
それは実に静かな午後だった。
学院裏手の訓練場。誰もいない時間を見計らって、一人で黙々と剣を振っていた俺の前に、不意に三つの影が立ちはだかった。
「なあ、レイ・アルグレア。ちょっと、話があるんだけどさ……今いいか?」
声をかけてきたのは、背が高く鋭い眼差しの少年――グレイ・セルダン。隣には、筋骨隆々で無骨な印象のバルド・ガイゼン。そして、そわそわと落ち着きなく俺を覗き込んでくる短髪の少年、ノア・ミルフォード。
三人とも、学院ではヴァルガスの側にいることで知られている面々だった。
「……なんだよ、いきなり」
木剣を肩にかけたまま俺が問い返すと、グレイではなく、バルドが一歩前へ出た。腕を組んだまま、真っ直ぐこちらを見据える。
「俺たちは、ヴァルガスさんのことを兄貴って呼んでる。勝手にそう呼んでるだけだが……あの人には、そう呼びたくなるだけの背中があるんだ」
「うん。正直、憧れてる。俺たちより年下のはずなのに、なんか頼れるっていうか、器がデカいっていうか……ほら、空気変えるタイプだよな、兄貴って」
ノアが拳を握りしめながら言うその表情は、素直でまっすぐだった。
……転生前の経験が、彼の言葉に重みを与えている気がした。
俺とは違う人生が、そこには確かにあるんだろう。少し、羨ましく思った。
「強くて、頼れて、それでいて俺が守るって目をしてるんだよ。あんなの、なかなか真似できない」
俺が小さく頷くと、三人の目つきがふっと鋭くなった。
「けどな」
グレイが口を挟む。さっきまでの落ち着いた雰囲気が、少しだけ変わった。
「最近、お前……兄貴と妙に親しいよな? 訓練の後も話してるの、何度か見たぞ。しかも……あの人の彼女たちとだって、普通に話してるじゃないか。姐さんなんて、お前に微笑んでた」
「いやいやいや、フィリア様は、明らかにヴァルガスの愚痴って名前の惚気を語ってるだけだろ……
って、姐さん?」
「……それはそれで凄ぇな、あの人」
ノアが小声でぼそっと呟いたあと、慌てて手を振った。
「待ってくれ、先に言っとくけど、別に俺たち、お前に嫉妬してるとか、そんな小せぇこと言いたいんじゃねぇんだ」
「そうそう。俺たちは、ただ……気になるんだ。兄貴の隣に立てる器の奴かどうか。いまの兄貴に対等に並んで、肩を並べて歩ける奴かどうか……それを、見極めたいだけなんだ」
グレイが、俺を真正面から見据えて言った。
「俺たちが見てきた兄貴は、誰よりも努力してきた男だ。人の何倍も剣を振って、誰よりも真剣にこの学院で過ごしてる。そんな兄貴と並んでるお前が、どんな奴か……知っておきたい。それだけだ」
「うん。だからさ――ちょっと、腕を貸してくれよ」
グレイがすっと木剣を抜いた。
「力で、だ」
その瞬間、三人が同時に動いた。
グレイが一瞬、足のつま先に力を込めるのが見えた――次の瞬間、鋭く懐に踏み込んでくる。斜め下から跳ね上げるような切り込み、狙いは俺の肋に近い急所。
(来る!)
俺は咄嗟に体をひねり、ギリギリでその刃――木剣――を外す。同時に、足元を狙って低く足払い。グレイのバランスが崩れ、思わず肩が開く。
そこへ――
「せぇいっ!」
バルドの咆哮とともに、後方から木剣が重々しく振り下ろされた。その一撃はまるで丸太を振り回しているような破壊力で、地面に風圧が走る。
だが俺は、それすら紙一重で回避する。
スレスレで身を沈め、逆にバルドの懐へ。力を込めた肘打ちを彼の腹部に叩き込む。
「ぐっ……!」
響く鈍い音とともに、バルドの顔が歪む。だが、倒れない。体幹の強さは見事だった。
そして背後。
ノアが、足音を殺して背中へ忍び寄ってくる。
足運びが軽い。息も整ってる。フェイントを織り交ぜつつ、刺突のタイミングをうかがっていた。
俺は、その気配を感じ取ると、腰をひねって受け流しつつ、木剣の柄でノアの突きを払う。軽い金属音のような衝突音――彼の剣が大きく跳ねる。
「なっ、速っ……!?」
「連携はしてるはずなのに……なんでここまでズレるんだよ……!」
焦りの色がにじむノアの声。
(……悪くない。だが、まだ噛み合ってないな)
三人は個々の能力が高い。だが、それが“連携”として噛み合っていない。グレイの間合いとノアの奇襲が重なってしまっているし、バルドの一撃は味方すら巻き込む危うさがある。
とはいえ、勢いはある。
だからこそ――止めるなら、今だ。
呼吸を整え、重心を低く――
グレイの再度の踏み込みに対し、俺は逆に一歩踏み込んだ。彼の右手首へ寸止めの一撃。木剣がはじかれ、咄嗟に後退するグレイ。
その隙を逃さず、俺はバルドの脚を狙って一閃。
「ぐっ……またか……!」
膝裏を払われた彼の大柄な体が、重たい音を立てて地面へ沈む。
残るはノア――
「やれるっ……!」
気合いとともに踏み込んできた彼を、俺は軽やかに半歩後ろへ下がり、正面から肩を軽く叩いた。
「……あ」
ノアの体勢が崩れ、足がもつれ――ぐしゃり、と音を立てて尻もちをついた。
気づけば、三人とも地面に膝をついていた。
静寂が流れる。
「……ま、こんなもんか?」
肩に木剣を担ぎ直しながら俺が言うと、バルドが悔しそうに、しかしどこか吹っ切れたように笑った。
「ははっ、あんた……強ぇな。マジで、びっくりした」
「ちくしょう……これでも本気だったのにな……」
ノアが地面を叩きながら唇を噛む。
その中で、グレイがゆっくりと立ち上がり、俺の方へと向き直る。
「レイ・アルグレア。正直に言う。俺たち、最初はお前のこと疑ってた。兄貴の仲間に近づく、よくある裏切り者かもしれないって」
「でもな、さっきの戦いでわかったよ。お前の強さも、覚悟も……全部、本物だって」
「……正直、悔しい。でも、同時に嬉しい。あんたみたいな奴が、兄貴の隣にいるってのは――ありがたい」
「だから、お願いだ。レイ。俺たちだけじゃ、兄貴を支えきれねぇ。あんたも、力を貸してくれよ」
三人はほこりまみれのまま、真剣な顔でこちらを見ていた。
俺は、少しだけ考えてから、ふっと笑った。
「……あいつは、お前らが思ってる以上に強ぇぞ?」
「知ってる。でも、強いからって一人にしちゃいけないんだ」
グレイのその言葉には、確かな想いが込められていた。
俺はため息をついて、木剣を鞘に収める。
「……ったく、面倒なやつらばっかだな。――わかったよ。俺なりに、できる範囲でな」
その瞬間、三人の表情がぱっと明るくなった。
「ありがとよ、レイ!」
「ほんと、頼んだぜ……」
「ちょっと惚れたわ」
「……おい、三人目。黙っとけ」
笑いと埃にまみれた空気の中で、俺は確かに“受け取った”感触を覚えた。
――この学院、やっぱり面倒くせぇけど、悪くない。
悪くないけど……手間のかかる連中ばっかりだな、本当に。
でもまあ、そういうのも――ちょっと、嫌いじゃない。




