11. 鈍感にもほどがある
でも――結果的に、ヒロインたちとの距離は、ヴァルガスのほうが圧倒的に近かった。
俺が主人公としてイチャイチャすべきだったイベントや展開は、気づけばほとんど彼の手に渡っていた。
いや、もはや俺に回ってくるルートなんて、最初から存在してなかったんじゃないか?と思えるくらい、自然に、当たり前のようにそうなっていた。
……けれど。
心のどこかで、『まあ、そりゃそうだよな』と納得してる自分がいる。
くやしい、というより、ちょっと寂しい。でも、妙に腑に落ちる感覚。
だってさ。
たとえば――原作で、神官ヒロインのリリィが闇堕ち寸前になる鬱展開があった。
本来なら、そこで主人公が駆けつけて手を差し伸べ、彼女を救い出すという、大イベントになるはずだった。
けれど現実は違った。
そのフラグが立つ前に、ヴァルガスが彼女の異変に気づいて、
何気ない会話の中で、
そっと寄り添うように声をかけて、
笑わせて、
気を逸らして――
そう、始まる前に『何事もなかったように』終わらせていた。
……そりゃ惚れるわ。
思わず俺は、昼下がりの訓練場で空を見上げながら、ぼそりと漏らした。
「……やっぱり、俺は通りすがりの脇役だったのかもな」
墨子の話じゃないが、本当にすごいのは悟られずに終わらせることだ。
ヴァルガスは、それを自然にやってのけていた。
でも――それでもいいと思えるのは、そのヒロインたちに選ばれたのが、ヴァルガスという本当に良い奴だったからだ。
あいつなら、絶対に誰かを泣かせない。
優しさに逃げず、誰かの痛みに気づき、必ず守る。
だったら、俺が無理に手を伸ばす必要なんて――もう、ないのかもしれない。
……そう、思ってた。
けど、あいつの鈍感さは、ちょっと異常だ。
それが「自分は主人公じゃない」っていう謙虚な思い込みだけで済むならまだしも――
正直、納得いかないくらいの鈍感系主人公ムーブを見せることがある。
たとえば、こんなことがあった。
登校中、学院の中庭を通りかかったときのことだった。
ふと前を見れば、見覚えのない剣士系の女の子と目が合った。
ツンとした空気をまといながら、彼女は俺に向かって突然こう言い放った。
「あんた……また会うとは思わなかったわね」
「え? あ……ごめん、どこかで会ったっけ?」
反射的にそう返す俺に、彼女は眉をひそめてむくれたように言った。
「……なにそれ。やっぱり、覚えてないのね」
(……あー、これ、完全に“覚えてなかった系”フラグだ)
思い出せそうで思い出せない。だけど、なんとなく“ヴァルガス絡み”の匂いがする。
「えっと……もしかして、ヴァルガスの……彼女、だっけ?」
その瞬間、彼女は目を見開き、顔を赤くしながら怒鳴った。
「は!? 違うっ! 彼女じゃないから!」
いや、その反応がもう限りなくそれに近い気がするけど……
脳内で突っ込みながらも、俺はとりあえずフォローを入れる。
「そ、そうか。いや、ごめん。モテモテのハーレム主人公のそばにいたから、てっきり」
「ふん……どうせ私のことなんて、覚えてないくせに……」
ぽつりと呟かれた言葉には、どこか期待と失望が入り混じっていた。
「……ん? じゃあやっぱり、どこかで会ってるんだな。ヴァルガスと一緒に?」
その言葉に、彼女の表情がわずかに揺れた。
「……そうよ。ずっと昔に、あいつと、あともう一人……私を助けてくれたのに、全く覚えてないのよ」
「……もしかして、ミリア? ミリア・ローヴェル?」
俺の口から自然にその名前が出た瞬間、彼女は驚いたように目を見開いた。
「……名前、覚えてくれてたの?」
「ああ、クラスメイトだし、ちょっと気になってたからな」
原作の記憶がうっすらと繋がった。
本来なら、彼女は川に落ち、それを俺が助ける流れだった。
けれど現実では、おそらく――ヴァルガスが助けてしまったんだろう。川で溺れるような事が起きる前に。
そのせいで、本来は大和撫子系だったはずの彼女が、今目の前にいるこの……
完璧なるツンデレ剣士へと進化(?)してしまったのだ。
「……いやー、ヴァルガス、ほんと隙ねぇな。何人救ってんだ、あいつ」
内心でため息をついていたそのとき、突然。
「ち、違う! 私はあいつじゃなくて……!」
ミリアが、顔を真っ赤にして叫んだ。
「……彼女じゃないってことは、でもやっぱ特別な関係ってわけだろ? なんとなく分かるよ」
「ちがっ、そうじゃなくて……そもそも、あんたが……!」
そこで言葉を飲み込み、彼女はぷいっと目を逸らした。
「え? 俺? いやいや、俺はただ、宿敵ヴァルガスの鈍感系ムーブに巻き込まれてる美少女たちを、そっと支えてるだけでさ。
おこぼれ狙いの、善良モブ枠ってやつ?」
軽口で空気を和らげようと笑ってみせた。
「……まあ、今のところそのおこぼれも全然ないけどな!」
冗談交じりに肩をすくめて笑ってみせた――つもりだったが。
「……本当、鈍感にもほどがある!」
思わぬ方向から火がついたらしい。
ミリアはムッとしたまま、吐き捨てるように言った。
「何もわかってないくせに、勝手に勘違いして!」
「え? 勘違いって……あれ、もしかしてヴァルガスのこと、嫌いだったり?」
「……いいわ。どうせ、気づかないんだもの……」
その声は、とても小さくて――
「ん? 今なんて言った?」
「別にっ! もう、話しかけないで! バカッ!」
顔を真っ赤にして、彼女は踵を返し、早足で去っていった。
ぽつんと残された俺は、空を仰ぐしかなかった。
「……え、俺、また地雷踏んだ?」
ツンデレって、難しい。
なるほど。フラグは立てられても、回収しなければ意味がない。
でもさ――
ここまであからさまな感情を見せられても気づかないヴァルガスって、やっぱおかしい。
絶対、前世で何かあったな。
女心にまつわるトラウマでも背負ってるとしか思えん。
……まあ、そのくらいの事情は、ライバルとして汲んでやってもいいか。
――その程度には、俺たちは“信頼し合える関係”なんだと思う。
きっと。




