9. 恋人の数じゃ負けてるけど……青春してるんだぜ
学院の補給所を訪れたときのことだった。
備品の補充を終えてカウンターに向かうと、そこで応対していたのは――あのとき助けた少女、ティナだった。
「あっ、レイさん!」
俺の姿を見つけた瞬間、ティナはパッと顔を明るくして、軽く手を振ってきた。
「こないだは、本当にありがとうございました。あの後、ちゃんと店長さんに報告したら、『気をつけろよ、いつでも助けが来るわけじゃないんだから』って、こっぴどく怒られました」
「そりゃまあ、正論だな。でも、無事でよかったよ。元気そうで安心した」
俺がそう言って笑いかけると、ティナも恥ずかしそうに笑って、カウンターの下から小さな包みを取り出した。
「それで……ちょっとだけ、お礼がしたくて」
「ん? これは……ポーション?」
「はい、学院に納品された試作ロットのサンプルなんですけど……味や使用感のフィードバックが欲しくて。もしよかったら、使ってみてください」
少し照れたように、でもどこか誇らしげに彼女は言った。
俺は瓶の蓋を開け、中身を一口すする。
「……ん、お、悪くない。いや、むしろ、うまいかも?」
「本当ですか!?」
ぱあっと顔を輝かせるティナに、俺は思わず吹き出した。
「うん、正直、予想よりずっと飲みやすい。……いや、比べる対象がアレすぎるんだけどな」
「アレ……すぎる?」
「前にさ、知り合いの錬金術師からポーションをもらったんだ。回復力はすごかったけど……味が、地獄のようだった」
「どんな味だったんですか……?」
「えーとね……焼き魚の内臓を煮詰めて、それを腐らせて、さらにアルコールで漬けて発酵させたみたいな……そんな感じ?」
「……それってもはや毒物ですよね?」
ふたりして顔を見合わせ、思わず吹き出した。
「そのあと三日間くらい、口の中に味が残っててさ。もはや呪いかと」
「絶対呪われてますって、それ……!」
ティナはお腹を抱えて笑いながらも、どこか安心したような表情だった。
こうして話してみると、意外とおしゃべり好きなのかもしれない。
「でも、ちゃんと味まで考えてるのはすごいよ。
回復薬って、効果だけじゃなくて、使う人の気持ちも大事だから」
「ふふ、そう言ってもらえると、ほんと報われます」
「あ、でも一つだけあのまずい味にも良いとこあるかな」
「なんですか、それ?」
想像もつかないと言った感じでティナがたずねてくる。
「……間違っても、習慣性は無いな。よっぽどの事が無いと、飲みたいと思わないから」
俺の言葉に、ティナはぷっと吹き出した。
ひとしきり笑った後小さく一息つくと、それからいたずらっぽい笑みを深めた。
「はい、これもどうぞ。特別に、もう一本。レイさん専用ってことで」
そう言いながら、そっと差し出してきた小瓶は、ほんの少しだけラベルの色が違っていた。
「お、ありがとな! よし、これ使って次の訓練、ちょっと気合入れてみるか!」
俺が軽く拳を握って気合いを入れると――
「……男の子って、ほんとに単純ですね」
ティナはくすくすと笑いながらも、どこか満足そうな顔で俺を見ていた。
その柔らかな笑顔に、思わず俺もつられて笑ってしまった。
――ほんの一瞬の出来事。
でも、俺にとっては“ただの一度助けた少女”から、“会話を交わせる知り合い”へ変わった、ちょっとしたけど確かな出来事だった。
……前世含めても、こんな甘酸っぱい会話って初めてかも知れない。
でも、少しずつ、広がっていく縁。
この世界で俺が歩く物語の、またひとつのページが、静かにめくられた気がした。




