07話 憧れ
広場中央の席に戻ると、ルナちゃんとコスリーさんが座っていた。
「さぁ、大食い対決もいよいよ佳境に入ってまいりました! なんと女性二人による決勝だぁ。どちらも小柄ながらここまで勝ち進んできた胃袋の持ち主! いったいどうなるのか!?」
なにやってんるんだ、あの二人……。
「フトッチョがいない今、優勝はあっしのものでげす」
「わたしだって負けないよ! この世界のいろんなものを食べてみたいの!」
「両者ともに意気込みはバッチリのようです! 決勝の食べ物はコレ! 丸くて穴の空いたサカトラ伝統のお菓子だぁ~! 今回は特別に普段の十倍の大きさで作ってもらいました!」
「わぁ~! ドーナツみたいな? シュークリームみたいな? ……一人で食べきれるかな?」
「甘いものは別腹でげす!」
「では、はじめ!」
司会の合図でルナちゃんとコスリーちゃんがお菓子にかぶりつく。しかし、だんだんと差が現れはじめた。
「お腹いっぱいだよぉ……。もう入らないぃ」
「食べられるときに食べておかないともったいないでげすしね。とことんまで胃袋に詰めるでげす」
どうやらこの勝負、コスリーさんの勝ちみたいだ。
「そこまで~! みごと食べきったコスリーさんの優勝だぁ!」
「賞品はなんでげすか!?」
「うう、残念……」
パチパチと拍手が巻き起こる。僕は健闘したルナちゃんに駆け寄った。
「ルナちゃん惜しかったね。お腹大丈夫?」
「うう、苦しい……。パチーモ、わたしの無念を晴らして~!」
ルナちゃんが残したお菓子を差し出してくる。ルナちゃんの想いは僕が受け取った!
うん、甘くておいしい!
「いや、そうじゃなくて! 団長さんが酔い潰れちゃったから、騎士団の人を呼びに来たんだ」
「コスリーちゃん! 団長さんが酔い潰れちゃったみたいだよ!」
「むむ、そうでげすか。介抱して恩を売ってくるでげす。ルナ殿、いい勝負でげした」
「次は、負けない!」
熱い握手を交わす二人。戦いの中で友情が芽生えたのかもしれない。
「パチーモ、食後のお散歩に連れて行って~!」
「そうだね。僕も久しぶりに町を歩いてみたいと思ってたんだ」
いつの間にか日が沈みかけている。広場の雰囲気も和やかになってきていて、僕とルナちゃんは誰に呼び止められることもなく抜け出せた。せっかくだから、僕の実家に行ってみようかな。騎士団に入ってからは寄宿舎で過ごしていたから、帰るのは本当に久しぶりだ。
「パチーモ、何かいいことあった?」
歩いていると、ルナちゃんが質問してきた。
「僕のことを探しに、王国を飛び出した騎士団員たちがいるみたいなんだ」
「その人たちにも、パチーモが帰ってきたことを教えてあげたいね」
「うん。完全に見捨てられたと思ったけど、そうじゃなかった……。それにあんな目にあったけど、ちょっとでも騎士団とか町の人たちの役に立ててたなら、無駄じゃなかったかなって。英雄って呼ばれるのはぜんぜん慣れないけど……」
「パチーモ、黒い糸の色が少し薄くなってる」
「え、そうなの?」
「でもまだ絡まったままだな~。わたしにできることがあったら、手伝うよ?」
「ありがとう、ルナ――」
「あっ! とんでちゃった!」
「ヂァンッ!!」
子供の声がしたかと思ったら、僕の顔面に何かがめり込んできた。ズキズキと痛む場所を手で抑え込み、しゃがみ込む僕。
「うう……なんだこれ、木でできたおもちゃの剣?」
「うわっ! 痛そう! パチーモ大丈夫?」
「え! パチーモ? ホンモノのパチーモ?」
「ホントのえいゆうだ!」
駆け寄ってくる二人の子供たち。この子たちが僕の顔面に剣をめり込ませた犯人か。まぁ、子供は少しやんちゃなほうが可愛げがあっていい……なんて言わないぞ。ちょっと驚かせて、反省してもらおう。
「こら~、危ないぞ。僕じゃなかったら死んでたかも!」
「ごめんなさい……」
少しだけ背の高いほうの子が、泣きそうになりながら謝ってくる。
「おにーちゃん、わるくない、ぼくがなげちゃったから……」
今度は小さいほうの子が絞り出すような声で言った。
……なんて素直でいい子たちなんだ! 誰だ!? こんないい子たちを泣かせようとしている悪い大人は!? いや、僕なんだけど! しまった、ちょっと言い過ぎちゃったか!
「この子たち、パチーモに憧れてるみたいだよ。その憧れの英雄に怒られて、泣いちゃうなんて可哀そうだよ……」
ルナちゃんが小声で抗議してくる。ごもっともだ。
まずい、子供たちの瞳がどんどん潤んでいく。ここは大人として、英雄として、この子供たちに涙を流させるわけにはいかない!
「な~んてね! 冗談冗談! いい攻撃だったよ! もっともっと修行すればモンスターだって倒せちゃうかも!」
「「え! ホントに!?」」
パッと顔が明るくなる子供たち。ふぅ、なんとか泣かさずに済んだか。
「でも、危ないから周りの人に気を付けて遊ぶんだぞ! 町の人を守るのが、騎士だからね」
「うん! やくそくする」
僕は落ちているおもちゃの剣を拾って、背の小さい子へ返してあげた。
「ねぇパチーモさま! ぼくもパチーモさまみたいになれるかな?」
背の高い子が聞いてくる。僕みたいに、か……。
「今から訓練すれば、僕なんかよりずっと強くなれるよ……」
「ぼく、ぜったいパチーモさまみたいになる!」
「ぼくも!」
この子たちが憧れているのは、きっと英雄パチーモ様なんだろうな……。
「うん。僕もなってほしいな。気を付けて帰るんだよ」
「バイバイ!」
「ばいばーい!」
手を振って子供たちが走り去っていく。
「子供たちに無責任なこと言っちゃったかな……」
「パチーモは優しいんだね」
今、僕にその言葉を掛けてくれるルナちゃんの方が優しいと思う。
「パチーモは子供の頃、何になりたかったの?」
「……恥ずかしいな」
「またまた照れちゃって~」
「……冒険者になりたかったんだ」
「冒険者かぁ、いいね! いろんなところ探検できるもんね!」
「僕の実家、宿屋だったからいろんな冒険者が泊まりに来てね。お話を聞かせてもらって憧れちゃったんだよなぁ。ちょうどここに……あれ、おかしいな。年季の入ったオンボロ宿屋があるはずなんだけど」
替わりにそびえ立っているはバカでかくて煌びやかな屋敷。なんだろう、この建物。
「あれ? パチーモ。看板にキルトの宿屋って書いてあるよ?」
「え!? ウソでしょ!? あ、でもホントだ。書いてある」
立派な石碑に、「キルトの宿屋」と彫ってある。もしかして、ここ、僕の家か!?