06話 ヨイツ騎士団長
「まったく冗談でもキツイぜ。まぁ、座れや」
ひと気が少ない騎士団の端の席に戻り、ミルクの入ったコップを渡してくる団長。正直、僕はこの人とあんまり喋りたくない。
「……」
「よく生きていたな」
「死にかけましたよ」
「一応聞くけど――」
団長はあたりを警戒すると、小声で聞いてきた。
「ドラゴン、倒したか?」
「いや、倒してないです。空から落とされました」
「だろうな」
さもありなん、といった団長の態度に腹が立つ。つまり、団長は僕が死んだと思っていたんだ。だけど、そうなると気になることがある。
「なんだか僕が英雄に祭り上げられてますけど、これ、どういうことですか?」
「簡単に言うと騎士団の評判を上げるためにお前を利用させてもらった」
「団長……!! どこまで僕を使い潰すつもりですか!?」
「待て待て、怒るなよ。そう眉間にシワを寄せるなって」
団長が僕の肩をバンバン叩いて諫めてくる。
「確かにお前には恨まれて当然だ。だが、あの冬を乗り越えるためには、騎士団が持って帰った食料だけじゃ足りなかったんだ」
「というと?」
団長がぐびりとお酒をあおる。僕も負けじとミルクを飲み干した。
「民が絶望しきっていたんだ。どうせ食い繋いだところで、またいつ大寒波が襲ってくるかも分からない。そう思って自暴自棄になっちまう連中がいたんだ。そこでパチーモ、お前の出番ってわけよ! ちょいとカッコよく脚色したパチーモ英雄伝を騎士団が広めたら、ビックリするぐらい人気が出ちまった。この国は藁にもすがりたかったんだろうな」
「誰が藁ですか! それに、それって町の人たちを騙しているだけじゃないですか!」
「そうでもしなきゃ、生き残れなかったんだよ。英雄パチーモのおかげで騎士団への信頼が高まり、食事の配給だとか治安維持だとかいろいろ上手くいったんだ」
当時のサカトラ王国が厳しかったのは覚えている。だけど、騎士団が食料調達の遠征に行っている間にそんな切羽詰まった状況になっていたのか。
「……理解はしました」
町の人たちのためについた嘘なら、仕方がない。納得はしたくないけど。
団長はふぅと一呼吸ついて、僕に聞いてきた。
「もしあのとき、お前が団長の立場だったらどうする?」
「僕だったらドラゴンと――」
「戦うのか? 勝てる見込みも無かったのに? 全滅すれば、国で食料を待っている民も飢え死にだぜ」
「う……確かに」
「私はサカトラ王国の騎士団長だからな。騎士団を、王国を守らなきゃいけない。お前一人の犠牲で、他の全員が助かるかもしれなかったから、それに賭けたまでさ」
「でも! なんで僕だったんですか!」
「そりゃあ、新人でどんくさそうで一番足を引っ張りそうだったし――」
「それに関しては何も言えない……」
「あとデカい荷物背負ってたから、目立っていいオトリになりそうだな! って」
爽やかな顔で親指を立てる団長。やっぱりあの作戦は思い付きだったのか。こっちの身にもなってくれ。
「まぁ、悪かったよ! すまん、この通りだ謝る! ごめんな!」
「ホントに反省してるんですかぁ?」
団長が手を合わせて頭を下げてきた。なんかノリが軽い気がする。僕の気のせいかな?
「実際のところ、お前には感謝してるんだぜぇ。私も騎士団の連中も」
「僕のご機嫌を取ろうとして、嘘をついても無駄ですよ」
「嘘じゃねぇよぉ。お前がオトリになってくれなきゃ、結局は全滅だったしぃ。特に氷漬けになった団員たちはお前がいなきゃ確実に凍死してたからな~。いたく感銘を受けてたぜぇ?」
「そういえば副団長、フトッチョさん、ノッポさんとか、ほかの団員はどうしてるんですか?」
「お前はまだ生きてると信じて、王国を飛び出していっちゃった。まだどこか探してるんじゃねぇの?」
「え、ホントですか……!?」
目頭が熱くなった。
そうか。
僕のことを探してくれている団員もいたのか。それも今も探してくれているという。
ちょっとだけ、救われた気分だ。
「あの時の、お前は情けなかったなぁ。みごとなオトリだったよ……。でも、まぁ、間違いなく英雄でもあったらぁ。騎士団のヤツらも、お前の話をするときは、つい盛っちゃうんやよ。命の恩人にゃからなぁ」
やっぱり団長の様子がおかしい。呂律が回ってない!
「もしかして団長、酔ってます?」
「酔ってねぇよぉ!」
「酔ってる人はみんなそう言うんですよ!! どんだけ飲んだんですか!?」
「タル三つ? 四つやっけぇ?」
「タルで数えてるんだ……体の構造どうなってるんですか」
団長は机に突っ伏して、寝息をたてはじめた。
「パチーモ……お前は、なんでぇ。うぅだ、んにぃ……」
「団長、一日中飲んでたもんな……。無理もないか」
このまま酔い潰れた団長を放っておくわけにもいかない。誰か呼んで来よう。