05話 帰郷
「まったく、こちとら今日はサボり……ゴホン、町の警備をしてたのに。誰だよ、変態の入国者って……」
「もっぱら酒場の警備でげすな!」
「うるさい、コスリー! あとで飲みなおすぞ!」
「さすがはヨイツ団長であります! ごちそうになるであります!」
「バカ、ロイク! お前のおごりだ!」
「ロイク、ごちそうになるでげす」
「ヨイツ団長、コスリー、ひどいであります……」
なんだか懐かしい声が聞こえてきた。この声は、まさか……。
「「「「あっ~!」」」」
お互いに顔を合わせて確信する。間違いない! サカトラ王国騎士団団長、ヨイツさんだ。それに団員のコスリーさん、ロイクさん!
「げ、お前、パチーモ……生きていたのか」
「だ、団長……! あの時はよくも――」
僕が恨みをぶつけようとすると、団長の後ろにいた二人が大声で叫んだ。
「パチーモでありますか!?」
「間違いない、パチーモでげす!!」
「バカ、お前ら! そんなデカい声で喋ったら……」
団長が王国の町の方を振り返る。
「え、パチーモってあの英雄パチーモ?」
「あたしゃ、みんなに伝えてくるよ!」
門の内側近くで井戸端会議をしていたおばちゃんたちが動き出した。
「あちゃ~。こいつは面倒なことになりそうだ……おい、パチーモと、隣はツレか?」
「わたしはルナ! よろしくね!」
団長がグッと近づいてきて、僕とルナちゃんを引き寄せる。う……お酒臭い。この人、昼間から飲んでいやがるな。こんな人が騎士団長でこの国は大丈夫なのだろうか。
「いいか、おめぇら。余計なこと言うんじゃねぇぞ? お互いのためだ」
周りの門番やおばちゃんたちに聞こえないように、小声で話す団長。
「なんなんですか。僕を見捨てておきながら……」
「……余計なことって、どんなこと?」
僕とルナちゃんの反応を見ても、団長はヘラヘラ笑って言った。
「ま、いいじゃねぇか。今お前は英雄で通ってる。テキトーに話を合わせてくれや」
少し釈然としないけど、何も知らない王国の人たちに騎士団の所業を説明するのも大変そうだ。それに――
「パチーモ様! 顔を見せておくれ~!」
「あんたのおかげであの冬を乗り越えられたんだよ!」
騒ぎを聞きつけて集まってきた王国の町の人たちが、本当に嬉しそうな顔をしている。真実を伝えて、ガッカリさせてしまうのも忍びない。
「あはは……どうも」
とりあえず手を振っておこう。
「ああ! ありがたや、ありがたや!」
「英雄パチーモが帰ってきたぞ~!」
「宴だ! 祭りだ! お祝いだ~!」
なんだか、騙しているようで後ろめたさを感じてしまう。さらに、どんどん人が集まってきた。
「ルナちゃん、どうしよう? なんだか話が変な方向に行ってる気がするんだけど……」
「わたし、宴とか祭りとかお祝い、ちょっと興味あるかも……」
「ルナちゃん!?」
キラキラした瞳で僕を見つめてくるルナちゃん。し、仕方がない。せっかくの町の人たちの厚意を無駄にするわけにもいかない。ここは甘んじて、甘んじて団長の口車に乗ろう。
「おら! 主役がボケっとしてるなよ!」
団長が僕のお尻を引っ叩いてくる。団長の調子の良さに少し腹を立てつつ、僕は久しぶりのサカトラ王国に足を踏み入れた。
懐かしい、石造りの町並みだ。一年半前は大寒波のせいでひと気もなく静まり返っていた町が、今では活気に満ち溢れていた。広場に続く街路にはすでに露店が出揃い、紙吹雪が舞っている。おばちゃんたちの情報伝達速度が恐ろしい。
「ここがサカトラ王国なんだ~! すっごい賑やか~! あ、なんかキレイなアクセサリー売ってる! それに美味しそうな匂い! ワクワクしてきた~!」
ルナちゃんはなんだか楽しそうにキョロキョロしている。僕はというと、
「英雄パチーモ! ほら、これ食べてくれ!」
「パチーモさん、良かったらこれも!」
「パチーモ様! これも持っていって!」
「うわぁ、ありがとうございます」
露店の人たちが食べ物やら装飾品やらをたくさん差し出してくる。
「ルナちゃん! よかったら何かあげるよ!」
「ありがとう、パチーモ! じゃあその美味しそうなパンと串焼き、あとそのキラキラした腕輪貰ってくね!」
まだ僕の両手は塞がっている。それでも町の人たちはお構いなしに、贈り物を積み上げていった。
「団長! ロイクさん、コスリーさんも持っていって!」
「さすが英雄は気前がいいな! 遠慮せず貰っていくぜ」
「ごちそうになるであります」
「おこぼれの味は最高でげすなぁ」
この人たちに分けるのは不本意だけど、このままだと贈り物で僕が潰されかねない。元荷物持ちの僕をここまで苦戦させるとは、サカトラの民、恐るべし。
町の広場に到着すると、席が用意してあり、豪勢な食事が並んでいた。
「英雄様は真ん中へどうぞ! お連れの少女様はお隣ね。それと鎧姿の英雄様も映えるけれど、せっかくのお祝いなんですから! お着替えなさりましょう?」
あれよあれよという間に、服を着替えさせられ席に着かされる僕。……我ながらされるがままだ。もう好きにしてください。
「パチーモが派手なマント羽織ってる……。わたしも負けていられない!」
ルナちゃんが僕に謎の対抗心を燃やしている。仕立屋の婦人さんとルナちゃんの目が合うと、何かが通じ合ったようだ。そのまま二人で簡易的に建てたお着替え部屋に行くと、サカトラ王国の伝統的な衣装をまとったルナちゃんが登場。
「この世界の服も着てみたかったの!」
フリフリでカワイイドレスだ。歴史と伝統が見え隠れする素晴らしい衣装が、ルナちゃんの魅力をより引き立てている。
「ささ、騎士団の皆様もこちらへ」
「へへ、まぁ楽しめよ!」
そんなこんなで飲み食い歌え踊れの大騒ぎが始まった。
「わたしも踊る~! パチーモも一緒に踊ろ?」
「僕、あんまり踊ったことないんだ……」
「いいから、いいから!」
僕の手を取って踊りだすルナちゃん。町の人たちが歓声を上げる。注目を浴びるのには慣れてないから、恥ずかしいな。ルナちゃんはただ笑いながらヘンテコなステップを踏んでいる。僕も見よう見まねで体を動かしているけど、ちゃんと踊れているだろうか?
「パチーモ! せっかくだから楽しまないと、もったいないよ?」
……確かにルナちゃんの言うとおりだ。よし、ならば大自然の中で身につけた動きを披露してしんぜよう。
まずはサルがやっていた逆立ち歩き!
「いいぞ~! もっとやれぇ!」
町の人たちの歓声には答えたい。ウサギを見て閃いた空中三回転ジャンプもお披露目しちゃおう。
「パチーモやるぅ!」
「ルナちゃんにお褒めに預かり光栄です」
「おうおう、なんだかんだで楽しんでるじゃないか! ……英雄もいいもんだろ? ちょっと一杯付き合えや」
団長が木のコップ片手に話しかけてくる。僕は団長の口車に乗った手前、少し気まずかった。
「僕、お酒は……」
「なんだよ、飲めねぇのか! しゃあない、お前はミルクだな……。皆の衆! 英雄様を借りてくぞ~!」
「騎士団長なら仕方がないか」
「はやく戻ってきてね~!」
「ヨイツ様~、愛してる!」
不思議と町の人からの人望は厚い団長だ。きっと、この人の本性を知らないからだろう。みんな騎士団に入団したら幻滅するぞ。
「英雄様と団長様! お似合いだぜ~!」
「バカ野郎! ふざけんな!」
「誰がこんな人と!」
さすがの茶化しには団長も怒る。これに関しては僕も団長と同意見だ。