03話 糸
……。
無理だ。
お前には無理だ。
せいぜい荷物持ちだな。
いや、それも無理か。
じゃあ、おとりになってくれ。
ドラゴンのエサになってくれ。
……。
「……モ? パチーモ?」
「うわー!」
「うわー! パチーモ、いきなり驚かせないでよ!」
僕は寝袋に入ったまま飛び起きた。
「落ち、ない? あ、おはよう……、ルナちゃん」
「うなされてたよ? 大丈夫?」
嫌な夢を見ていた。ここ一年半で何度も見た悪夢だ。最後は決まって、空から落ちて目が覚める。
「起こしてくれてありがとう。大丈夫……って言いたいんだけど、この寝袋どうやって開けるんだっけ?」
「はいはい、わたしが開けますよ~、と。ここのチャックを引っ張れば……」
「解、放!」
晴れて自由の身になった僕は、大きく伸びをする。もう朝だ。洞穴の入り口は簡単な木の扉で閉めてあるけど、隙間から朝日が差し込んでいる。
悪夢を見たからって、いつまでもくよくよしていられない。
「朝ごはんの材料を集めてくるけど、ルナちゃんはどうする?」
「何それ、楽しそう! わたしもついてく!」
そう言うとルナちゃんがパッと光った。僕が目を閉じて開けると、パジャマとかいう服が変わっている。
「今日は、かっこよさを重視してみました!」
得意げなルナちゃん。森の中でも動きやすそうな格好だ。なるほど、これが奥義転移お着替えか……。僕は思わず拍手をしてしまった。
ルナちゃんのお着替えも済んだところでいざ出発。洞穴近くの小川で顔を洗って水を汲み、低木に生える甘い果実を摘んで、地面に巣を作る鳥から卵を貰う。この森は僕にとって、もう庭みたいなものだ。どこに何があるか把握済みなのである。
「パチーモ、トゲいっぱい刺さってるし。鳥にめっちゃつつかれてたけど平気?」
「だ、大丈夫。これくらい朝飯前!」
強がってみたけど、正直めちゃくちゃ痛い。果実の木にはトゲもある。いつもより多く果実を集めようとして一歩踏み込んだところ、ブスブスと僕の体に突き刺さった。鳥が烈火のごとく怒り狂ったのも頷ける。毎朝、僕は卵を二つまでしか取らないけれど、今日は卵を四つ取っちゃったからだ。きっと、鳥も我慢の限界を迎えたのだろう。許してください、鳥。
トゲを抜きつつ、傷口にその辺に生えている薬草を押し当てて、洞穴に戻る。
火を起こそうとして、僕が薪を並べているとルナちゃんが話しかけてきた。
「ねぇねぇ、せっかくだから私にこの世界の魔法教えてよ」
「え? 僕に教えられるかな?」
「わたしもあのキレイな模様、出してみたいの!」
「模様……。魔法陣のことか。え~と、ね……。力が回るイメージっていうのかな? クルクル? 頭の中で円が転がるような……」
「えいっ!」
ルナちゃんの両手から巨大な魔法陣が現れたかと思うと、集めた薪が爆散した。ついでに僕も吹っ飛んだ。
「できた~!! パチーモ、教えるの上手……ってごめん!」
「す、すごいやルナちゃん」
いろいろ驚きだ。破壊力もさることながら、まさか一瞬でできるようになっちゃうとは。さすがは神様のお手伝いをしているだけのことはある。
気を取り直して火を起こす。薪を拾い直し、燃えている僕の髪の毛で着火完了。卵と果実が爆発に巻き込まれなくて良かった。
卵はいい感じの石の板で焼く。二つは中身をそのまま板の上に落とし、もう二つは溶いて、形を整えながらふわふわに焼き上げる。果実はそのまま頂こう。僕お手製のお皿に盛り付ければ完成だ。
「ルナちゃん、お待たせ! 朝ごはんできたよ!」
「わ~! ありがとう! いただきます!」
僕はお手製の木のスプーン、ルナちゃんはお箸? とかいうのでパクリ。
「「おいしいっ!」」
二人で舌鼓を打つ。
「パチーモ、このたまご焼き何か入れた?」
「ただ焼いただけだよ!」
「なんか甘くて濃厚! あの鳥の卵ってこんな味なんだ!」
「あの鳥にはいつもお世話になってるからな~。今度、木の実でも持って行ってあげようかな」
「この果実も甘くて、みずみずしい~。フレッシュ!」
「ルナちゃんが喜んでくれて嬉しいよ」
苦労して集めてきた分、おいしく感じる。パクパクと口に運んでいると、
「ねぇ、パチーモ。王国に帰ろうと思ったことはないの?」
ルナちゃんからの唐突な質問。
「あんまりないかな……」
「あんまり?」
「この森に落ちた頃は生き延びるのに必死で、それどころじゃなかったし……どっちに向かえば王国に辿り着けるかも分からないし」
それに、僕が王国に帰ったとして。帰ってどうしたらいいんだろう? また騎士団の荷物持ちだろうか。いや、僕を見捨てた騎士団のやつらだ。僕が騎士団の所業を広めないように、口封じをするかもしれない。もし、そうだったら――
「この森でずっと暮らしたい?」
「……」
言葉に詰まる。僕だってあんまり考えないようにしていたんだ。このままずっと、一生この森で暮らすのだろうか? 誰にも出会わず、動物やモンスターにおびえ、その日食べ物にありつけるかも分からない毎日。今は奇跡的に生き延びているけど、大きな怪我をしたり、病気になったりしたら。年を取ったら。考えだしたら不安で押し潰されそうになる。
「暗くて、黒い色をしてる……」
ぼそっとルナちゃんが呟いた。
「え、僕の未来の色?」
「違う、違う! パチーモの未来は明るく輝いてる! はず!」
「そうだといいけどなぁ」
「未来のことは分からないけど、わたしは縫い目のことは分かる! この世界を縫っている糸がパチーモに絡まっているの。その色が暗い、黒い色……」
「うっ……、なんか僕、呪われてるのかな……」
「どちらかというと、パチーモが呪っちゃってる……かも?」
「否定はできないかも……」
確かに騎士団のみんなとか、あのドラゴンには思うところがある。文句の一つや二つ言ってやりたい。
「わたしはこの世界の縫い目をほどきに来た。そのために、まずはパチーモに絡まっている糸をなんとかしたい」
「うん」
「という訳で、今日は王国に行ってみよう!」
「うん?」
ルナちゃんはお皿に残っていた卵をペロりと平らげた。釣られて僕も卵を口の中へかきこむ。
「パチーモ、わたしと手を繋いで?」
「え! いきなり!? 手!? ててて、手を、繋いじゃっていいんですか?」
迷いなく手を差し出すルナちゃん。本当に握っちゃっていいんだろうか!?
「ここは照れなくてもいいからね?」
「えへへ……」
もう照れちゃってる僕でごめんなさい。恐る恐るルナちゃんの手を握る。や、柔らかくてあったかい!
「離さないでね?」
ギュッと僕の手を握るルナちゃん。
「ルナちゃん……!」
ドキドキしながらルナちゃんを見ると発光していた。
「え? うわぁっ~!」
直後、僕の目を強烈な光が襲い、一瞬、平衡感覚がなくなった。
「パチーモ、大丈夫?」
「うう、気持ち悪い……」
両膝と片手を地に着いて、呼吸を整える。まだルナちゃんに手を握られているけど、かっこ悪いところを見せちゃった……。
「ここであってるかな?」
ルナちゃんに言われて顔を上げる。
のどかな平原にそびえたつ城壁。僕の目の前に懐かしい景色が広がった。