02話 縫い目
僕は腰巻にぶら下げていたナイフで、お魚を下処理する。香りのいい野草をまぶし、お魚を大きな葉っぱで包む。この洞穴に来る途中に集めておいたのだ。
薪をくべて火をつける。もう薄暗い時間なので、揺らめく炎の暖かさに少しホッとしてしまう。
「パチーモも魔法、使えるんだ。キレイな模様がでるんだね!」
僕の使った着火の魔法を見て、ルナさんが言う。キレイな模様って魔法陣のことかな? 別に僕は魔法が得意な訳でもないんだけどなぁ。着火の魔法なんて誰でも使えるし。もしかして、ルナさんは魔法陣を見ただけで魔法の良し悪しが分かるのかもしれない。きっと、すごい魔術師なんだろう。
「さっきの空に浮かんでた模様って、ルナさんがやったんですか?」
お魚を包んだ葉っぱを、火にかける。あとはしばらく待つだけだ。
「うん、そうだよ~! あとルナでいいよ! そんなにかしこまらないで」
「じゃあ、ルナ……呼び捨てはなんか抵抗があるからルナちゃんで。ていうか今、さらっと大事なこと言ったね!?」
あんな大きな模様を空に浮かべられるとは。やっぱりルナちゃんは魔術師だったか。
「わたし、天使なんだ~!」
「まさかのそっち!? 僕を天国に連れていくつもりなの!?」
「あはは。違うよ~。神様に頼みごとをされたから、ここに来たの。さっきの星形模様はこの世界に入るための、転移の力。神様がくれたんだ」
「神様、転移……つまり、ルナちゃんはこことは違う世界から来た、ってこと?」
「大正解! 見てて!」
ルナちゃんは一指し指を立てると、その上に小さな火が現れた。だけど魔法陣は浮かんでいなかった。
「ほら、前いた世界で教えてもらった魔法。この世界みたいに模様がでないんだ。あのキレイな模様、わたしも出してみたい~」
「ホントに別の世界から来たんだ……見たことない服着てるなって思ってたんだ」
「可愛いでしょ? この服。私の世界で流行ってるんだよ!」
服を見せびらかすようにポーズを取り始めるルナちゃん。その可愛らしい仕草に照れくさくなった僕は、つい目をそらしてしまう。
「お魚、そろそろ焼けたみたいです……」
「お腹減った~! この世界に入るの、縫い目が固くて大変だったんだから! 力もでないし、もうお腹ペコペコなの!」
「熱いうちにどうぞ」
「パチーモ、照れてる~!」
「うっ……バレてた」
切り分けた葉っぱの包みを開くと、香ばしい匂いがあたりに漂う。上手に火が通ったみたいでよかった。たまらなくなって僕はお魚にかぶりつく。
「ウマい!」
「おいし~!!」
ルナちゃんのお口にも合ったようだ。どこから取り出したのか、二本の棒を片手で持って、器用にお魚の身をつまんで食べている。きっと異世界の食器か何かだろう。
「淡白な身を引き立てるような香草がいいお仕事してる~! パチーモ、料理上手だね」
「ふふふ、褒めても木の実ぐらいしかでないよ?」
「木の実、でるんだ……」
お魚を包む葉っぱを取るときに、こっそりもいでおいたのだ。酸味のある果実だけど、このお魚との相性はいいと思う。
そして新たな疑問が頭に浮かんだ僕は、ルナちゃんに質問する。
「ルナちゃんにお褒めの言葉をいただいて思ったんだけど、違う世界でもこの世界と同じ言葉が通じるの?」
「それも神様の力のおかげ! 神様ってホントにすごいよね!」
「でも、そんなすごい神様がルナちゃんに頼み事なんて……」
「わたしも最初はそう思って聞いてみたんだ。そしたらね、神様だと力が強すぎて難しいんだって」
「力が強すぎる?」
「なんかね、神様がやろうとすると世界がバラバラに破けちゃう、って」
「なんだか物騒だけど……ルナちゃんは神様に何を頼まれたの?」
「この世界の縫い目をほどきに来たんだ!」
「縫い目?」
「そう! 縫い目!」
う~む、縫い目と言われても全然想像がつかないな。それに、さっきから話の規模が大きすぎて、イマイチ現実感が湧かない。
僕が腕を組んで唸っていると、ルナちゃんがにっこり笑って言った。
「いや~、パチーモ、話が早いね! もしかして超天才?」
「ふふふ、そんなにおだてても木の実ぐらいしかでないよ?」
大自然ではいつ何が起こるか分からない。非常食の一つや二つ、隠し持っておくのが生き残るコツだ。僕の虎の子の木の実を引き出すとは、ルナちゃん、さては策士だな?
「ではでは、その木の実を拝借して説明しようかな! ここに二つの木の実があります。これを袋に入れちゃいます」
どこからともなく、スッと白い袋を取り出して木の実を投入するルナちゃん。
「ちょっと待って! その袋どこから出したの!?」
「これも転移の力の応用なんだ! 手品みたいでしょ?」
「もしかしてさっきの二本の棒も転移の力で出したの?」
「お箸のこと? そうだよ~!」
「ルナちゃん、すごいな~」
「パチーモだって、木の実、どこから出したか分からなかったよ!」
「ふふふ、さすがにもう木の実は品切れだよ」
「説明続けるね? 最初に貰った木の実がパチーモのいる世界。後から貰った木の実がわたしのいた世界だと思って」
「ふむふむ」
「わたしがすごく小さくなって袋の中に入ります。木の実から木の実へ移動しようとしたら、できると思う?」
「できる、と思う」
「うん! できる! じゃあ、この二つの木の実を袋の両端に置きます。袋を真ん中で縫っちゃうと、木の実から木の実へは移動は?」
「さすがに無理かな? ……まとめると、大きな袋の中にいろいろな世界があって、縫い目があると転移ができない、ってこと?」
「ざっくりいうとそんな感じかな。だから、完全に縫われちゃう前に、わたしがほどきに来たんだ」
「なるほど。でも、そもそも縫い目って見えるモノなの? 具体的にはどうやって縫い目をほどくの?」
「わたしには縫い目が見えるのだ! えっへん! そして、この世界が縫われちゃった原因、それは……」
袋から取り出した果実を一口かじるルナちゃん。酸味に耐えているのか、なんとも微妙な面持ちのまま固まってしまった。
「ルナちゃん、大丈夫?」
「これ、すっぱいね」
「木の実は絞って、お魚にかけるといいかも」
「その手があったか~! パチーモ、ナイス!」
「それで原因って?」
「原因はたぶん、パチーモかも。パチーモがこの世界を縫っちゃってる、と思う……」
パチリと焚火の音が鳴った。
「またまた、ご冗談を」
「あ~! 信じてないな! けっこう気を使って言ったのに!」
「だって、僕にそんなことできる訳ないし」
「無意識に縫っちゃったのかも……。ねぇ、パチーモのこと聞いていい?」
「僕のことかぁ~」
正直、あまり気が進まないけど、ルナちゃんになら話してもいい気がする。
「パチーモはどうしてこんなところにいるの?」
「う~ん、他に行くところないし」
「ずっとここに住んでるの?」
「ここには一年と半年ぐらいかな」
「じゃあ、その前は?」
「前はサカトラ王国ってところにいたんだ。騎士団に入って荷物持ちをしてたんだけど……。ここへはドラゴンから落っこちちゃって」
「え……ドラゴン? 何があったの!?」
「騎士団のみんなに、おとりにされちゃったんだ」
「そっか、だから……」
ふっ、と悲しそうな顔をしたルナちゃん。だけど、すぐに僕の方を見て優しく笑ってくれた。
「パチーモ、話してくれてありがとう。わたし、なんか疲れちゃって……もう眠いの」
いつの間にか、辺りは真っ暗になっていた。ルナちゃんがあくびをするのも当然だろう。
「今日はもう寝ようか。洞穴の中なら安全だよ」
「こういう洞穴に泊まるの初めて。ちょっとワクワクするかも。あ~! なんかモフモフした毛皮ある! このベッドで寝てみていい!?」
ルナちゃん、ホントに疲れているのかな? まだまだ元気な気がする。なんか服も変わってるし。一体、いつ着替えたんだ。
「僕がテキトーに作ったベッドだから寝心地は保証できないけど、いいよ。それにしてもいつ着替えたの?」
「お洋服を転移させることで一瞬でお着替えする奥義、転移お着替え! 寝るときはパジャマだよね~! パチーモも一緒に寝る?」
「僕は地面で寝るよ」
「待ってね、なにか出すよ! 寝袋かお布団かベッドか……」
そう言ったルナちゃんが、いろいろな寝具を洞窟内に転移させる。
「うわ~! この寝袋で大丈夫だから!」
「ホントに~?」
「うん、これで大丈夫、おやすみ!」
「照れちゃって」
「さすがに、照れるよ……」
「おやすみ、パチーモ」
ルナちゃんはそう言うと、すぐにすぅすぅと寝息をたてはじめた。
僕はというと、ドキドキしちゃって今日は本当に眠れるのだろうか!? 落ち着くために深呼吸しよう。……なんかこの寝袋ってやつ、いい匂いするし! いやいや落ち着け、僕! 突進してくるイノシシの群れを思い浮かべるんだ!
一匹、二匹、三匹と数えていくうちに、僕の意識は遠のいていった——。