第9話『大森林~夜明け~』
翌日。わたしは夜明け前に目を覚ます。マイルームと外の世界で時間のずれといったものは無い。背景に映された風景は、マイルームの外の時間に合わせてあるみたいだから、今外に出ても、真っ暗闇の森の中に出ることになる。
柱時計の針が示すのは午前3時。それでもしっかり8時間は眠れている。
マイルームにいてもすること無いからね。お風呂に入って、ご飯を食べたらあとは寝るだけだ。
「んーっ! おはようございます。ツクネ様」
大きく背伸びをして、床の間のツクネちゃんフィギュアに挨拶する。それから、運動の為に裸足のまま、まだ暗い庭へと出た。
服装はといえば、寝間着代わりに着ていた、だぼだぼのTシャツ。下は穿いてるけど、ブラはしてないよ。
ストレッチと準備運動を済ませると、倉庫からサンドバックを出して1時間ほど殴る。
「列轟殴連弾! あたたたたたたたたぁ!」
列轟殴連弾はボタンを押してる間、猛烈なパンチ連打を繰り出すという闘士固有の気功系スキルだ。与えるダメージ効率が良いことから、ボス戦ではこれしかしない俺様闘士が結構いた。
被ったダメージ気にせずに、殴り続ける脳筋の後ろで、延々と回復役させられた思い出から、わたしはこのスキルがあまり好きではない。
とはいえ、武器が何も無い以上、頼れるのは拳だけ。わたしは拳を鍛える為にひたすらサンドバックを殴り続ける。
OSGの徒手格闘モーションは、職によって異なっている。前衛職でいうと、闘士なら空手。戦士はキックボクシングといったように戦闘のプロらしい動き。後衛職だと、ビンタや喧嘩キックといったネタ的なものも多かった。
踊り子の徒手格闘モーションは、中国拳法をベースにしたような何かだ。
踊り子って実は武術の達人なんだよ。太極拳のような魅せる武術はもちろん、剣舞や槍舞も踊り子の領分だからね。踊り子は体術や剣術や槍術にも精通していて、それが装備できる武器が多いことに反映されていたわけだ。
踊り子と聞くと、ベリーダンサーのセクシーなお姉さんを想像するけど、バレリーナもよさこい娘も、白拍子だって踊り子だ。踊り子って本当に何でも再現できる万能職なんだよ。
拳を打ち付ける度に鋭い音が響く。連続した拳打の後、締めの回し蹴りを受けてくの字になったサンドバックが大きく揺れる。
「ふぅ……」
心地良く汗をかいたところで、柱時計の鐘の音が聞こえてきた。
「今日はこのくらいにしといてやる」
サンドバックはそのままに、わたしは汗を流すべく浴室へ向かう。
運動としてはまだ少し物足りない。本当はわたし、打撃より投げ技や締め技の方が得意なんだよね。でも、ひとりじゃ練習できないから。
組み手の相手が欲しいな。お相撲したい。森に鬼の子や河童でもいないかな? ゴブリンやオーガはいらない。ちゃんと話の分かる子で。
早いとこ街を目指そう。ひとりで過ごすのは、やっぱり寂しい。
シャワーを浴びて朝食をとる。
「いただきます」
焼き魚に玉子焼き。それにごはんとみそ汁。お漬物。シンプルな和風セットである。当然、わたしが料理をしたわけではない。料理したのは台所にあるフードクラフターだ。
フードクラフターはメニューを選べば、あとは倉庫にある材料を使って料理を作ってくれる、優れものだ。ちゃんと器に盛りつけられた状態で食事を出してくれて、食べ終わった器もそのまま取り出し口に戻すだけ。料理よりもダメ人間を製造するほうが得意な罪深い機械である。
フードクラフターの料理は、美味しいけれど特徴がない。パックをチンしたようなご飯。インスタントっぽいお味噌汁。まるで買ってきたお惣菜を盛りつけたような味付けなのだ。
冷めた料理を温め直したような味を、出来たてで再現しなくていいと思うんだけど。きっとわざとなんだろうね。
おかずはきれいに食べ終えると、最後に茶碗に緑茶を少しだけそそぎ、残った米粒を落としてすする。
「ごちそうさまでした」
柱時計が5時の鐘を鳴らす前に身支度を済ませて森に出る。
今日は、昨日無駄にした分を取り返さなくちゃいけないからね。
さて、今日のミュラちゃんの衣装は、とあるSF作品とのコラボ衣装だ。ダークグレーの身体にフィットしたスーツに青のジャケットという、ファンタジーの欠片も無いような衣装である。原作ではウォールスーツと呼ばれる全領域対応強化服だったが、流石にパワーアシストや、宇宙空間に出る能力までは再現されていない。あくまでもレプリカだから、この衣装で宇宙空間に出ないでくださいって、説明文に書かれてたのには笑った。
ジャケットのフードを被ると、バイザーが下りて生地が硬化し、ヘルメットに変化する。ここだけは原作通りの機能が再現されているようだ。
何故、昨日あれだけこだわった世界感を崩して、オーパーツなスーツを着ているのかというと、飛行速度の検証をしてみたかったからだ。昨日のみゅらっ虎ちゃんの衣装は、速度を出すと耳や尻尾がバタついて鬱陶しかった。あと、ちょっと寒かったんだよね。気功によって環境適応能力が上がってるとはいえ、流石に半裸で空を飛ぶもんじゃない。その点、レプリカのウォールスーツは抵抗が少ないし、体温の低下も抑えられる。なりふり構わず最高速度を目指すには丁度良かったのだ。
「ミュラ少尉、突貫します!」
昨日の自分を超える為に、わたしは夜明けの空へと駆け上がった。
サンドバックを殴るシーンで、「何用かね?」「また来たまえ」という幻聴が聞こえたらナカーマ!
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