第14話『第一三橋頭保~負傷者~』
「俺達はここを捨てて、南へ三〇キロのところにある別の拠点へ向かう。それでなんだが、重傷者だけでもグリフォン……クルーガーで運んでもらえないだろうか?」
片道三〇キロ。平地なら一日で踏破できる距離だけど、森を進むなら数日かかるだろう。
「何人くらい?」
「四、五人ってところだ」
「それだけでよく済んだね?」
ハンター達はかなりやられていたはずだ。予想外に少ない負傷者の数に、わたしは思わず聞き返す。
「トロールの攻撃を受けて死なねぇような運の良い奴、そうはいねぇよ。これでも多い方だろう」
「……そっか。そうだね」
トロールの攻撃を受けたら、人間なんてひとたまりも無い。
負傷者が五人で済んだんじゃない。負傷で済んだのが五人だったのだ。
「わかった。乗り掛かった舟だし協力するよ。急ぐ?」
三〇キロくらい、わたしやクルーガーなら、一時間もかからず往復できる距離だ。クルーガーは三人くらい乗せて飛べるし、わたしもひとりなら背負って飛べる。
安全を考えるなら、クルーガーに介助者とひとり。それにわたしで運んで二往復かな。
まあ、もっと楽な方法があるんだけどさ。その方法を彼等に聞かせる気は無いから、クルーガーで運ぶ体で話を進める。
「いや、今はまだ手当を受けてるところだ。これから医務室で様子を見て判断したい」
「わかった。でも、怪我人や病人が出たら、今まではどうしてたの?」
「一応、医者はいるからな。基本はここで治療する。狩りの途中で怪我したら、誰かが背負うか、魔導士に飛行魔法で運んでもらっていた。その魔導士もさっき死んじまったがな」
あるのか飛行魔法!
でもそれなら、森の開拓ももう少し進んでいてもいいような気がする。
飛行魔法を使える魔導士が貴重なのか、飛行魔法の性能が低いのか?
「飛行魔法を使える魔導士ってどれくらいいるの?」
「魔法の才能がある奴は大抵は国に使えるからな。ハンターになるような奴はほとんどいない。その中で飛行魔法の使い手となると、ひとつの拠点にひとり居れば良い方だ。ここにはふたり居たんだが、ひとりは死んで、もうひとりは知らん」
あー、逃げたんか……
「まあ、飛行魔法は魔力の消費が激しいから、飛べるのはせいぜい数キロだ。帰るに帰れず、今頃森の中で泣いてるんじゃないか?」
どうやらこの世界の飛行魔法の性能はかなり低いらしい。まあ、魔法と呼んでる時点で予想してたけど。
人間サイズで飛ぶなら、魔法より気功の方が断然効率が良い。
「医務室に行くなら、わたしも行っていい?」
医務室に行くゲハールに同行を申し出る。
「女の子が見て気分の良いもんじゃない。ここで待っててもいいんだぞ?」
医務室の状況は想像できる。きっと血と汚物にまみれた鉄火場だ。それでゲハールは気を使ったのだろう。
「大丈夫。これでも戦場は何度も経験してるから」
「お前、本当に踊り子か?」
「踊り子だってば」
「まあいいか。運ぶのは嬢ちゃんだし。ただ、邪魔はするなよ?」
「はぁい」
ゲハールは、わたしが患者の容態を見ておきたいのかと思ってるみたいだけど、わたしが見たいのはこの世界の医療技術だ。
今のわたしは回復魔法が使えない。いざという時、この世界の医者を頼れるか確認しておきたかったのだ。
回復スキルで見ればオーラエイドがあるけど、気功での回復は自然治癒が早まるだけだから、大きな怪我をした場合は外科的な処置が必要になる。
回復魔法や回復薬みたいに、ピコーンと光って治療完了とはいかないのである。
洞穴の奥へと進む。ろうそくの火に照らされた先の空洞。そこが医務室らしい。
「今いいか?」
「ああ、ゲハールか」
四〇代くらいの短髪の男が顔を出す。
「その子は、グリフォンの子か」
男の目がこちらを向いたので、ぺこりと会釈する。
「こいつはライオネル。ここで医者をしている」
「ライオネルだ」
「ミュラです」
この世界でも、お医者さんは白衣を着る習慣があるみたいで、ライオネル氏は白衣姿だった。もっとも、その白衣は、血で真っ赤になっていたけれど。
たぶん、白衣を着ていなければ、医師とは思わなかった。日に焼けて、がっちりした身体付きは、メスよりメイスが似合いそうである。
「嬢ちゃんのグリフォンで重傷者を運んでもらえるよう話が付いた。様子は?」
「ジムは駄目だった。ザックは今夜が峠だな。最善は尽くすが……ジェスとカールは骨折してるが命に別状は無い」
「……そうか」
医務室の中は、血とアルコール、そして死の匂いが満ちていた。
死んだ仲間の病床に立ち、瞑目するゲハール。
治療を手伝っていたハンター達も、その場に座り込んでうなだれている。
六台あるベッドの内、使われているのは五台。
ひとりは死亡。
ひとりはかなりの重傷で、包帯でぐるぐる巻きにされ、右腕の肘から先が無くなっていた。
命に別状がないと言われたふたりも、折れた手足を当て木で固定している。
「ルシーナは?」
ゲハールが奥のベッドで眠っている少女を見て言った。電撃の魔法で戦っていた獣人の子だ。
「幸い、身体はかすり傷程度だ。だが、精神的にはかなりまいってる。一度目を覚ました時に暴れたから、今は薬で眠らせているよ」
「そうか……まぁ、無理もねぇ。それで搬送はできそうか?」
「ザックは無理だ。ルシーナもせめて今夜一晩は落ち着かせたい」
「わかった。聞いての通りだ。運ぶのは明日の朝になるがいいか?」
「うん」
知りたかった、医療技術については大体わかった。
傷や骨折を直せるレベルの回復魔法や回復薬は使われていない。だけど、消毒や衛生の概念はあるみたいだし、縫合の技術もある。簡単な手術なら出来るんじゃないかな? OSGの世界と比べれば未発達だけど、まったくあてにならないという程ではなさそうだ。
一応、回復魔法と回復薬が無いのかは聞いてみた。
「回復魔法って無いの?」
「あ? 聖女様をこんな場所に呼べるわけ無いだろ」
創造主を敬わないのに、聖女様はいるんかこの世界。
「回復薬は?」
「あ? エルフの霊薬のことか? そんなもん、大国が買い占めて一般には出回らねぇよ」
いるのかエルフ。まあ、獣人がいるならいてもおかしくない。
とりあえず、回復魔法も回復薬も、あるにはあるけど庶民には縁が無いものだってのはわかった。
医務室を出ると厨房に向かった。
貰うもん貰う為である。
厨房にあるかまども調理台も、ハンター達による手作りのようで、原始人よりちょっとましな設備といったところ。
でも、包丁もあるし、鍋もある。すり鉢にすりこぎもある!
これで湖沼や山椒の実を粉に出来るよ!
「貰っていいの? 無くて困ったりしない?」
「ああ、ここにあるのは朝までに全部燃やしちまうつもりだ。人間の匂いを残したくないからな」
「ふぅん。食料は大丈夫?」
「携帯食が三日分もあればいい。今日の夜は……食欲のある奴なんかいないだろうよ」
今夜は荒くれ者達の晩餐が始まるのではと、密かに期待していたんだけど、そりゃそうだ。
彼等は拠点を捨てて逃げ帰る敗者なのだ。
荼毘の炎の前で乾杯もバーベキューも無いだろう。
「そっか。じゃあありがたく貰ってくよ」
「ああ」
鍋も包丁も腕の良い職人が作ったとわかる結構良い物だ。わたしはそれらを、一番大きな鍋に片っ端から入れていく。
マイルームの台所にはコンロが無いから、煮炊きをするかまども欲しい。一杯になった鍋をかまどに置いて、まとめて倉庫に放り込んだ。
「なぁに?」
ゲハールが口をДにしてこっちを見ていた。
「風呂敷魔法が使えるのか!? お前さん本当に踊り子か?」
「踊り子だってば。故郷じゃみんな使ってたけど、こっちでは、物を収納する魔法も珍しいの?」
OSGの世界では一般的だった倉庫魔法。
今のわたしが使ってる倉庫は管理者の力で、魔法ではないんだけどね。
「手ぶらだったからおかしいと思ったら、まったくとんでもないな。しかもスクロールも無しで」
「スクロール?」
「それも知らんのか……はぁ……」
可愛く小首をかしげるわたしにゲハールはクソデカため息。
いや、スクロールは知ってるよ! 予め紙に魔法の発動に必要な呪文や魔法陣を書き記した、アナログの魔法発動媒体だよね? 魔法史と、魔法プログラミングの授業で習ったよ!
OSGの魔法も実はスクロール式である。違うのは紙媒体か電子かだ。
「風呂敷魔法ってのは本来、スクロールの上に置いた物を収納するもんなんだが……」
ああ、なるほど。それで風呂敷魔法か。
一応収納魔法も実用化されてるなんて、やるなこの世界の魔法使い。
「その収納用のスクロールって高かったりするの?」
「ああ。スクロールは秘伝だし、風呂敷魔法みたいなのは悪用されやすから、所持には許可がいる」
「厳しいんだね」
「ったく……他人事みたいに。盗人や密売人の手に渡ったら大事だろうが」
よく考えればわたし、この世界で盗みし放題だ。
OSGの世界では端末のAIが収納できるものを選別して制限かけてたけど、ツクネ様お手製のARデバイサーにはそういった機能は無いっぽい。
これからは人前で倉庫を使うのは控えよう。手ぶらだと怪しまれるから、カモフラージュ用に鞄を用意しないとね。
「何かいらない鞄ない?」
「お前マイペース過ぎだろう……なんか殴りたくなってきたぞ」
ゲハールが拳をちらつかせたその時だ。
クォン!
この声。クルーガー?
「ごめん。外で何かあったみたいだから行ってくる」
「俺も行こう」
わたし達が外に出るとちょっとした騒ぎが起こっていた。
「早く縄を打ってこのグリフォンを捕らえよ! ボクの言うことが聞けんのか!」
クルーガーの前で何やらキャンキャン吠えてるちびっ子がいる。
身長一五〇センチも無い、ローブ姿の小柄な女の子だ。
同じようなローブを身に着けた男性にクルーガーを捕らえろとか言ってるけど、言うことを聞かない事で癇癪を起しているようだ。
え? 止めないよ? それってあのちびっ子を助けろって事だよね?
クゥン……
あ、クルーガーが困った顔してる。
あんなの食べちゃえばいいのに。
優しいね。クルーガーは。
読んで頂きましてありがとうございます。




