第13話『第一三橋頭保~ファーストコンタクト~』
「お前みたいな踊り子がいてたまるか馬鹿野郎!」
現地人とのファーストコンタクトで帰ってきた言葉は、あまりにも失礼なものだった。
クゥ?
え? こんなの放っておいてもう行こうって?
本当に君は優しい子だね。
わたしはクルーガーの首すじのふわふわの部分を軽く撫でる。
「大丈夫だよクルーガー。それで悪いんだけど、しばらくそこで周囲を見張っててもらえる?」
人間の事情なんて関係ないクルーガーに付き合わせるのも悪いんだけど、クルーガーにはいてもらわなければならない理由がある。
トロールの脅威が去ったからといって、彼等はまだ助かったわけではない。助けの来ない森の中で、魔物に包囲されてる状態なのだ。
この場には、死んだトロールやら人間やら、餌になるお肉がいっぱいある。今クルーガーがいなくなると、小型の魔物が大挙として押し寄せて来てしまう。
「ゲハール! お前、いくらなんでも!?」
「馬鹿禿げ! 死ぬならお前ひとりで死ね! 巻き添えはごめんだからな!」
「す、すまないお嬢さん。この禿げは脳みその皺までツルッツルなんだ。どうか許してくれ!」
「お、お前らなぁ!?」
ハンター達もその辺を理解しているのだろう。グリフォンを怒らせれば死ぬし、立ち去られても死ぬ。
考え無しに発言した禿げ頭が、仲間に吊るし上げられているが、わたしは別に気にしていない。なんせゲームの世界の住人だったから、SNSのコメントみたいなノリで来る馬鹿の反応には耐性がある。
それに、裏表を感じさせない対等で率直な物言いはむしろ好ましく感じた。
だってこの状況で、彼等がわたしに下心を持たないはずが無いのだから。
「疑うのはわかるけど、本当のことだよ。なんならここで一差し舞って見せようか?」
氷を滑るような滑らかさで、その場でターンして見せる。
ポニーテールにした黒髪と、ケープがふわりと靡く。
素人じゃない事は十分伝わったはずだ。
その証拠に、ハンターたちのあちこちから感嘆の吐息と小さな歓声が漏れる。
「ふん。あと一〇年したら来い。その時にはおひねりに金貨を積んでやるよ」
ツンデレか?
ティーンの魅力を素直に認められんとか、これだからおっさんは。
「自己紹介がまだだったな。俺はゲハール。ここ、第一三橋頭保でハンター共のリーダーをしている。」
ん? 「ハンター共の」ってことは、このゲハールの他にも別部門の責任者がいるってことかな?
「助けてくれたことは感謝する。だが、お前は何者だ? グリフォンを従え、トロールをまとめて倒すような魔法を操る娘なんて聞いたことも無い。正直、俺は今、死にかけの状態で夢を見てるんじゃないかって疑ってるところだ。くそっ! 最後の夢なら、もっと熟れた美女にして欲しかったもんだぜ」
殴っていい? ねえ、こいつ殴ってもいい?
「こんな小娘じゃ、勃つものも勃た……」
ミュラちゃんパーーーーーンチ!
「はげぶっ!?」
わたしの拳を顔面に受けて盛大に吹っ飛ぶゲハール。
「花も恥じらう乙女に下ネタ言うな」
「ちっ! いい拳してるじゃねーか!」
自分でやっといてなんだけど、ミュラちゃんパンチは二メートル近い巨漢のゲハールを、数メートル吹っ飛ばす威力がある。普通の人間なら重症を負っていてもおかしくない。しかし、禿げ頭は普通に起き上がってきた。
やるなぁ、この世界の住人。ただの鉄の剣で魔物と戦ってるだけのことはある。
「目は冷めた?」
「ああ。おかげさまでな」
ニカッとした笑みを浮かべ、ファイティングポーズをとるゲハール。
お、やるか!
「喧嘩なら買うよ?」
「売ったのはお前さんだろう?」
「助けてもらった恩人に、デリカシーの無いこと言うのが悪い」
ハンター達がうんうんと同意しているけど、止める気はなさそうだ。
「止めなくていいの? 殺しちゃうかもしれないよ?」
「ああ、好きにしてくれ」
「その馬鹿がトロールの子供を狩ってきたせいで、仲間が大勢死んだんだ。俺もこの後殴るつもりだった」
「俺もぶっ殺すつもりだった」
「おいこら! お前らだって盛り上がってただろうが!」
トロールの子供を狩ったのはこいつか。
狩りを生業にする以上、狩るなとは言わないけど獲物はちゃんと選ぶべきだ。
トロールは高い知能を持ち社会性が高い魔物である。仲間を殺されたら群れ全体で報復を受けるのは想像できなかったのか? それに、本来トロールは人間と共生可能なくらい大人しい種族だ。上手く交流できていれば、森での暮らしの助けになっただろうに。
「人望ないね」
「うるせっ!」
スキル無しなら、ゲハールは勿論、この場にいるハンター達はわたしより強いだろう。
気力による身体強化術を会得してるみたいだし、皆、筋骨隆々で、幾度も修羅場を潜ってきたという風格を持ち合わせている。
素のフィジカルは向こうが上。でも、身体強化スキルの性能はこっちが上。オーラドライブとオーラバーンを掛けていればまず負けない。
わたしはケープを脱ぎ捨てる。
ケープの下に身に着けているのは、前垂れにビキニスタイルの踊り子衣装だ。
形よく上げて寄せられた胸はしっかり谷間あるし、無駄な肉の無いウエストは締まっている。お尻なんてTバックだよ。
若い男は勿論、所詮小娘と見ていた年嵩のハンターも視線が釘付けになっている。
目の前の男も、舐めるように視線を這わせてくるが、それを気にするわたしではない。
「お前なぁ……花も恥じらう乙女じゃなかったのか?」
「踊り子だからね。見られるのも仕事だよ?」
「それなら今日で廃業だな。顔が歪んだら仕事にならないだろうぜ!」
大きく空気を唸らせて、わたしの顔をめがけて拳が来る。
女の子に向けるようなパンチじゃないよ? それ。
一応手加減してるのだろう。本気ならもっと早いはず。だけど普通の女の子が食らえば下手すれば死ぬだけの威力なのは確実だ。
わたしはあえて前に踏み込む。寸止めするつもりだったのかな? ゲハールの表情が変わったのが見えた。
パンチは急に止まらない。だけどわたしが紙一重で拳を躱したことで、拳は当たることなく、風圧で髪を揺らしただけだった。
わたしはゲハールの腕を取ると、抱え込むように引き寄せる。そして──
「そーれっ!」
「うぉっ!?」
一本背負いでゲハールを背中から地面に叩きつけた。
巨体が弧を描き、背中から地面に叩きつけられる。ドンッ! と鈍い音が橋頭保に響いて砂塵が舞う。
「いててっ……くっそ!」
上半身を起こすゲハール。碌に受け身も取らなかったくせにすぐに動けるのか。大したタフさである。
「寸止めするつもりつもりだったとか言わないでよ? 拳を振り上げた時点でこっちはあなたの首を落としてもよかったんだから」
わたしは指先に小さめのフェイザーチャクラムを作り出す。
「それ、トロールの首を落としてた魔法だよな?」
「ん。フェイザーチャクラム。わたしの故郷の魔法で、トロールやオーガくらいなら真っ二つに出来るよ」
「そんな物騒なもん人に向けんじゃねぇ!」
「あなたも拳で人を殺せる力があるのは自覚してるよね? それをわたしに向けたんだよ。殴っていいのは殺される覚悟がある者だけ。わたしの故郷ではそれが常識だったんだけど、どうする? まだやる?」
拳ひとつで人の命を容易く奪える力を持つ。そんな人間がごろごろしている世界では、例え殴るふりでも殺人未遂が適用され、正当防衛が認められる。当てるつもりは無かったは通用しないのだ。
「なあ……最初に殴ったのはお前……」
「あん? 小さいこと気にしてると禿げるよ?」
「このガキ!」
あ、もうピカピカだったね。ごめんごめん。
そもそも、乱暴されて殺される覚悟無しに、戦闘に介入していない。ハンター達が理性的である保証なんてなかったのだから。
「わかったわかった! 悪かったよ! だからその物騒な魔法はやめろ!」
フェイザーチャクラムを発生させた指先を股間当たりに向けると、ゲハールは真っ青な顔で両手を上げて降参を示した。
「それで、お嬢ちゃんはどっから来たんだよ? とんでもなく腕が立つみたいだし、踊り子って言われて素直に納得できるわけ無いだろう?」
「踊り子なのは本当だよ。魔物狩りもしてたけどね。故郷が滅びちゃったから、オオクニ皇国に行く途中、魔物の餌になりかけてるあなた達を見つけたんだよ」
「滅びた国から来た」ってのは、「何処から来た?」と聞かれたらそう答えるって決めていた。
異世界ってだけで嘘じゃないしね。
「そうか……俺達は運が良かったんだな。本当に助かった。ありがとう」
「いいよ。わたしも色々聞きたかったし、物資も無かったから分けてもらえると嬉しいな」
「ああ。俺達も余裕があるわけじゃないが……何が欲しいんだ?」
「差し当たって料理に使う道具かな。あと調味料」
「そんなのでいいのか? どの道ここはもう撤収だから好きなの持っていけ」
「わーい、ありがとう!」
やったー! これで食生活が華やかになるね! それにこの世界の調味料がどんな味なのかも楽しみだ。
「お前ら! 撤収準備だ。明日の夜明けと共に第一〇橋頭保へ向かう!」
ゲハールの指示でハンター達が動き出す。
彼等がまず始めたのは死んだ仲間を荼毘にふす為の、薪を拾いに行くことだった。
魔物に人の味を覚えさせないように、遺体は火葬の後に埋められるらしい。
トロールの死体も持っていけないからその場で焼かれる。今はクルーガーがいるから問題無いけど、放っておけばグリフォンを恐れない強力な魔物が現れかねない。
この世界には収納魔法が無いのかな?
わたしならアイテム倉庫に入れて持って帰れるけど、彼等の為に運んであげるつもりは無いし、自分用にも要らない。
トロールは本来狩るような魔物では無いのだ。お肉も要らないし、売って儲けようとも思わない。
ハンター達が穴掘って、薪を集めている間、わたしはゲハールと洞穴の中の橋頭保内に案内された。
事務所っぽい部屋は、粗末な椅子とテーブルの他、棚には魔物の素材がいっぱいに積まれている。そのせいで部屋の中は酷く獣臭かった。
「勘弁してくれ。ハンターギルドの事務所はどこもこんなもんだ」
わたしは勧められた椅子に座る。椅子もテーブルもしっかりした作りだけど仕上げが荒い。恐らくハンター達による手作りだろう。
「少し話を聞かせてくれ。えっと、名前はミュラだったか」
「ん。ミュラ・ツキガセ」
「ツキガセは家名だよな? 貴族か?」
「ううん。実家は和菓子……郷土の伝統的なお菓子を売るお店をやってたよ」
「菓子屋の娘が何でそんなつえーんだよ。黒髪にその力。お嬢ちゃんはもしかして仙族か?」
「うん? わたしは人族だけど?」
ハテナマーク付きだけどさ。っていうか仙族って何? 後でツクネ様に聞いてみよう。
「本当か? 歳は?」
「一三歳」
「まじか!? ルシーナよりひとつ下かよ。確かに、見た目はそのくらいだが……」
わたしが人族で一三歳なのは事実だ。
遺伝子いじられてたり、一三歳っていう設定でクリエイトされて、一〇年以上OSGで活動していたり、プレイヤーの知識や経験も一部受け継いでいたり、この世界に生まれたのは三日前だったりするけどさ。
で、ルシーナって誰?
「オオクニ皇国に向かうのは本当か? ここは大森林の真ん中だぞ? どうして東の外れの島国に行くのにこんな場所にいる?」
「森を突っ切って街道に行く途中だった。クルーガーがいるから、わたしにとって森はそんなに危険じゃないし」
「そうか……」
ツクネ様が言うには、この辺はまだ森の入り口みたいな場所だし、マイルームもあるからクルーガーがいなくても余裕の旅だったりするけど、そこまで教えなくてもいいだろう。
「クルーガーってのはあのグリフォンか?」
「うん。縁があってね。気が合ったから一緒に旅してる」
実はまだ会って半日も経ってないけどなーー。
「そうか……幾らなら売れる?」
「あなた達の命かな」
「……そうか。そりゃあ、そうだよな」
クルーガーが欲しいのはわかるけど、彼等が力でクルーガーを御するのは不可能だ。
この世界にはファンタジーのお約束である隷属化するアイテムも、契約魔法も、モンスターボールも無いらしい。どんなに金積もうが、クルーガーにとっては知ったこっちゃない。無理やり言うことを聞かそうとすれば、怒ったクルーガーに殺されるのがオチである。
因みにOSGには召喚士って契約獣を使って戦う職があったけど、契約獣は専用に作られた疑似生命体だった。生物を戦わせるのは色んな団体がうるさいからね。
「で、本題なんだが……」
ゲハールは席を立つと、なんとその場で床に膝を付いた。
「ここの連中を他の橋頭保に避難させるのに、どうか力を貸してほしい。この通りだ」
土下座ってこの世界にもあるんだね。
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