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第12話『第一三橋頭保~狩人~』

 大森林(グレートフォレス)第一三橋頭保。そこは魔の世界に挑む人類の最前線。


 大森林(グレートフォレス)とは大陸北部を覆う広大な森林地帯であり、その広さは実に大陸全土の六割に及ぶ。


 それだけの広さがありながら、大森林(グレートフォレス)はどこの国の領土でもない。むしろ忌避されていた。


 果ての見えない森林地帯。あまりにも広く、強力な魔物の住処は、開拓どころか調査すら遅々として進まない始末。


 しかも厄介な事に、森から出た魔物が人里に現れることも珍しくない。過去、大森林(グレートフォレス)から、魔物の群れが波のように押し寄せ、国が滅びたという事例すらある。


 国境なぞ接しようものなら、予算も人員もかかりすぎる。こうして多くの国は大森林(グレートフォレス)から手を引き、緩衝地帯を設けて距離をとるようになる。


 しかし、大森林(グレートフォレス)との境界線にある土地には、意外な事に多くの人間が暮らしている。それは大森林(グレートフォレス)がなんだかんだいって資源の宝庫だからだ。


 大国が見捨てた大森林(グレートフォレス)との境界線上の土地には、多数の自治領や都市国家が誕生した。そこに集まった魔物狩りを生業とする狩人や商人によって設立されたのがハンターギルドである。


 第一三橋頭保は、ハンターギルドによって大森林(グレートフォレス)内に作られた前線基地の中でも最深に位置し、人界との境界から一〇〇キロ以上離れた場所にある。そこには魔物ハンターだけでなく、世界中の国々から派遣されて来た冒険者、そして学者達が集っていた。


 因みにこの世界で冒険者とは、国境を越えて資源調査や地図の作製を生業とする国際資格保持者のことであり、魔物を狩るハンターや、遺跡を勝手に家探しするトレジャーハンター、依頼を受けて日銭を稼ぐフリーランサーとは全く違う職業だ。


 その日、第一三橋頭保はトロールの群れに襲われ、窮地の中にあった。


「くそう! あいつらドジ踏みやがって!」


 禿げあがった頭を抱えて歯噛みするのは、橋頭保の責任者であるベテランハンターのゲハールだ。


 橋頭保は川沿いにあった自然の洞穴を利用し、魔物に見つからないように作られている。


 だが、森でトロールの子供を狩り、解体の際その血を川に流した事で、橋頭保が発見されてしまったのだ。


 子供を殺され、怒るトロールの群れによる報復を受けることになった橋頭保。


 人も物資も限られた中で、魔物に見つからないように作られた秘密基地だ。四メートルを超える巨体と怪力を持つ大人のトロールに対して、その守りはあまりにも脆弱だった。


 木で作られた柵は難なく破壊され、なだれ込んできたトロールに蹂躙されるハンター達。ハンターの数も五十人程度。冒険者や学者達も協力するが、三〇体はいるだろうトロールに対抗するにはあまりにも少ない。


「魔物共に、ここは俺達の縄張りであると理解させろ! 背中は絶対に見せるな! 気迫だ! 気迫で追い払え!」 


 愛用の大斧を手に最前線で激を飛ばすゲハール。


 トロールの足の腱を狙って大斧を振るう。倒すには至らないが、少なからずダメージを与えたのか、トロールが逃げていく。


 だが、ゲハールのように戦える者は少ない。被害は増え、総崩れは時間の問題だった。


「ゲハール! バリスタがやられた!」


 トロールに叩き壊されたバリスタを見て舌打ちするゲハール。バリスタはトロールにも致命傷を与えられる彼等が持つ唯一の武器だった。


「ちっ! 帝国の魔導士先生に頼るしかないか! ミゼラとルシーナは!?」


 バリスタを失った彼等が頼れるのは魔法だけだ。


 幸い、橋頭保には現在三人の魔法が使えるのが三人いる。ミゼラとルシーナはハンターギルド所属。そして帝国からもうひとり──


 その時、杖を手にした少女が、空中に浮かび上がるのが見えた。魔法が使える貴重なハンター。ミゼラだ。


「ミゼラ! 駄目だ降りろ!」


 経験の浅い少女は恐慌状態に陥り、飛行魔法でその場を逃げ出そうとした。


 叫ぶゲハールだが、その声が届く前に少女の姿は空中でかき消えた。


 否、下半身だけが、血と臓物をまき散らしながら落ちてきた。


 上半身はというと、巨大な蟷螂型の魔獣によって森の中へと持ち去られていく。


「デスマンティス……馬鹿野郎が!」


 トロールのような大型の魔物が狩りをする場合、虫型やゴブリン、コボルトのような小型の魔物がおこぼれを狙って湧いて出る。


 橋頭保は、既に小型の魔獣に囲まれていた。トロールに気を取られていたり、森に逃げ込んだりすればたちまちそれらの餌食になる。


 たった今、命を奪われた少女のように──


「ルシーナは!? ルシーナは無事か!?」

「はい! ロブとカートと一緒です! あの子の素質はピカイチですから。俺達が死んでも最後まで生き残るでしょうよ」

「そう願いたいな。あの子には」


 狼のよう耳と尻尾を持つルシーナは獣人の少女だ。一四歳とまだ若いが、魔法の才能だけでなく獣人としての高い身体能力を持っている。


 素質に恵まれ、愛らしい見た目と素直な性格なことから、橋頭保の清涼剤として愛されていた。


 その時、ルシーナもまた、仲間と共に前衛で戦っていた。


「おねえちゃん!?」


 姉のように親しくしていたミゼラが死ぬところを目の当たりにしたルシーナ。


 溢れ出そうな涙をこらえながら、トロールに向かって彼女は駆けた。


 細い両腕には鉈のような対魔物用の剣が握られている。並みの男なら振るうのもやっとな魔物用の剣を彼女は二刀流で使う。


 獣人の身体能力こそあれ、彼女の剣の技量は決して高くない。それでも扱いの難しい二刀流を選ぶのには理由があった。


「エレクトロンエッジ!」


 刃に電撃を纏わせる魔法で彼女の得意技だ。振れただけでも電撃によってダメージを与えられ、並みの人間なら剣を合わせただけでも通電で倒せるという、対人、対魔物で非常に使える魔法である。


 剣の腕が下手くそでも振り回しているだけで強い。二本で振り回せばもっと強い。だから彼女は二刀流なのだ。


 だが、彼女の得意技もトロール相手には力不足だった。


 機動力を生かして、何度も切りかかるルシーナ。しかし、トロールは全身を長い体毛に覆われたゴリラのような魔獣で、体毛とその下の筋肉によって刃は通らず、電撃も嫌がらせ程度のダメージにしかならない。


「きゃうん!」


 剣をはじかれたところを、腕で振り払われて地面に転がる。意識を失い動かなくなった彼女を助けようと、槍を持った若い男のハンターがトロールとの間に割って入る。


「ロブ! 無理するな」


 弓を手にした男が彼を引き止める。


 槍使いのロブ。弓使いのカートは若手のホープとして期待されてきたハンターだ。彼らは歳の近いルシーナと組むことが多く、妹のように可愛がってきた。


「うるせぇ! 俺はルシーナの初めてを貰うって決めてんだ。こんなところで死なせるかよ!」

「ははっ! 競争率高すぎんだろ! お前じゃ無理だって!」

「うるせっ!」


 槍を突き立てようとするロブだが、トロールは鬱陶しそうに槍を払いのけ、巨大な手で彼をつかみ上げる。


「うわぁぁぁぁぁ!」

「ロブ! くそっ! このデカブツが! ロブを放しやがれ!」


 普通に矢を放っても通用しない。弓使いのハンターが至近距離まで近づいて矢を放つ。矢は刺さりはしたが、トロールを止めるには至らなかった。


「うわぁぁぁぁぁ!」


 トロールはロブの首を引きちぎると、それを口へと運んだ。


「こいつ、よくもロブを!」


 目の前で仲間を殺されて激昂したカート。弓を捨て、腰のショートソードで斬りかかった彼を、トロールは虫を払うかのように振り払う。


 勢いよく森の木に叩きつけられたカート。息が無いのは明らかだった。首があらぬ方向に曲がっている。


「ミゼラ! ルシーナ! ロブ! カート! ちくしょぉぉぉぉぉ!」


 ハンター達の叫びが森に響いた。






✤✤✤






 けちょんけちょんじゃないですか。


 ハンター達は既に壊滅寸前だった。


 この世界のトロールは毛の長いゴリラのような見た目で、身長は大人で四メートル程。大きさなら、わたしが最初に戦ったメガロベアと同じくらいだ。


「あやつら、()()()()の子供を殺して怒らせたようじゃの。馬鹿な事を……で、助けるのかえ?」

「そのつもりだけど」


 わたしにはハンター達を助けようと思ったのは、その方が利になると思ったからだ。


 トロールの怒りはもっともで、ハンター達が殺されるのは自業自得。だけど、弱肉強食の森の中で、子供を護れなかったのはトロールの責任である。


 わたしはこれからハンターを助ける為にトロールを殺す。トロールには申し訳なく思うが、こっちも情報と物資が欲しいのだ。


「ふむ。まあ、よかろう。我は姿を消しておるぞ。人間に存在を認識されたくないのでな」


 そう言い残して姿を消すツクネ様はマイルームに戻ってしまった。


 クルーガーに乗って空から少し様子を見ていたけれど、ツクネ様の言う通り、この世界の人間は森に挑むには力不足だった。


 確かに、ハンター達は人間にしては十分強い。彼等の大半は、気力を使って身体機能を高めている。でも、その効果は個人によってまちまちでOSGのオーラ系スキルに洗練されてない。


 また、彼らの持つ武器は対人用の物より強力そうではあるが、所詮人間が扱える程度。大型の魔物に対して決定的に威力が足りない。彼等の武器はトロール相手にほとんど通用せず、返り討ちにあっている。


 そんなハンター達だけど、中には良い動きをしているのもいる。ひとりはリーダーっぽい禿げ頭のおっさん。でっかい斧で急所を殴って撃退に成功している。もうひとりが、金色の髪を靡かせた、わたしと同じ年頃の女の子。


 頭の上から覗く耳。ふさふさした尻尾。


 合成種(キメラ)? いや、本物の獣人だ!


 しかも、結構可愛い。


 二本の剣に電気を纏わせてトロールに斬りかかるその女の子は、動きだけならオーラドライブをかけた状態のわたしと同等といったところ。


 とはいえトロールを倒すには、技術も武器の威力も足りていない。やがて丸太のような腕に振り払われて、地面に倒されてしまった。


 剣を一本にして両手で振るえば、トロールの厚い毛皮を斬り裂いて、体内に電撃を流して倒せたかもしれないと思うと実に惜しい。


 仲間のハンター達も次々と倒されて、女の子を叩き潰そうとトロールが腕を振り上げる。


 おっといけない!


「加勢するよクルーガー!」


 クォォォォォン!


 クルーガーが吼えると、その声に誰もが空を見上げた。


 人間もトロールも。


 そして、絶望しただろう。


 彼等が見たのはグリフォン。トロールなんて独活の大木に見えるような怪物だったのだから。


 クルーガーから飛び降りたわたしは、女の子めがけて拳を振り下ろそうとしていたトロールの肩に降り立つと、その脳天にオーラバレットを打ち込んだ。崩れ落ちるトロールから飛び降りると、倒れていた女の子を抱えて跳ぶ。


 クルーガーも一体のトロールの頭を前足で掴みとり、空中で握りつぶしていた。


 わたしは斧を持った禿げ頭の前に降り立つ。


「お、お前さんはいったい!?」

「トロールはわたしとあのグリフォンで何とかしてあげる。その間に生存者を集めて立て直せ」

「おい! 待て!」


 一方的に女の子を預けると、再び空中に飛び上がる。横から飛んで来たでっかい蟷螂をオーラセイバーでぶった斬り、フェイザーチャクラムでトロールの首を斬り落とす。


 わたしからすればトロールくらい敵ではないけど数が多い。


 今この瞬間も、ハンター達はトロールによって命を奪われようとしている。


 一秒でも早く、一体でも多く倒すには──


 わたしは手持ちの魔法の中で、最大火力の魔法の使用を選択する。


 魔力回路接続。ホーミングフェイザースタンバイ!


 視線照準でターゲットをマルチロック!


 八目標まで同時にロックオンして攻撃できる汎用位相系魔法、ホーミングフェイザー。


 誘導ビームのエフェクトがかっこいいのと、全弾ヒットすると気持ちいいことから、わたしはこの魔法が好きだった。


 しかし、魔力消費量が激しく、八目標フルでロックオンすると、わたしの魔力の九割が吹っ飛んでしまう。そのせいで、OSGでは支援がいらないような雑魚処理くらいでしか使うことが出来ずにいた。支援職には、常にイグニッションとディストーションをかけられる魔力を残す魔力管理が求められたからだ。


 魔法攻撃は魔法職の領分。支援職のしょぼい魔法攻撃の為に、イグニッションとディストーションが切らそうものなら、無能扱いされても仕方が無い。


 それがつまんなくってさ。


 この世界ではガチ勢のDMを気にせずに、気持ちよく魔法をぶっ放なせる!


「いっけーーっ!」


 放たれた八つの閃光がトロールを貫く。同時にわたしの魔力も吹っ飛んだが、この場のトロール程度ならどうとでもなる。


 一時的に九割の魔力が吹っ飛ぶとはいえ、三十秒もすれば全回復する。けれどわたしは残りの一割も惜しみなく使った。この場には支援魔法をかけるべきパーティメンバーはいないのだ。


 連続で飛ばしたフェイザーチャクラムが、トロールの首を容赦なく斬り落とす。


 魔力が切れれば、至近距離でオーラバレットを急所に撃ち込む。


 その間、クルーガーも働いているから、トロールは瞬く間に半数以下にまで数を減らした。


 勝ち目が無いと悟ったのだろう。残ったトロール達は恐怖の表情を浮かべながら一目散に森の中へと逃げて行く。


 追撃すれば、トロールを一体残らず殲滅することも出来た。けれど、そこまでの必要は無い。散々恐怖を植え付けられたトロールは、もう襲って来ることは無いだろうから。


 わたしはトロールを見送ると、ハンター達へと向き直った。


 わたしの背中を護るように、背後に立つクルーガー。


 艶やかな衣装を纏い、白いグリフォンを連れた少女。


 ゲームのイベントなら、ここで美麗なスチルが出た事だろう。


 生き残ったハンター達の視線を受けて、わたしはほのかに笑みを浮かべる。


「な、何なんだお前は……!?」


 禿げ頭の問いかけに、わたしは優雅に礼をして答えた。


「どうも。わたしの名前はミュラ・ツキガセ。通りすがりの踊り子です」

読んで頂きましてありがとうございます。

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