第10話『大森林~ツクネ様と一緒~』
復帰するのだ!
1時間……僅か1時間で、森の獣人みゅらっ虎ちゃんの記録は破られた。まあ、昨日は耳や尻尾を飛ばされないように加減してたし、ほとんど飛行訓練みたいなものだったから仕方無い。
更新されていくマップを確認してARデバイサーを閉じる。
レプリカのウォールスーツでの飛行は順調そのものだった。特にフルフェイスヘルメットと全身スーツの風防効果は大きい。お腹を冷やさないし、高速巡行しながらARデバイサーを見れるのが助かる。
高度は300メートルくらいのところを飛んでいる。たまに飛行型の魔物を見かけるけど、木々の合間から地上にいる獲物を探しているのか、魔物はそんなに高く飛ばないみたいだ。速度もそんなに速くない。おかげでわたしは魔物に襲われることも無く、空の旅を満喫していた。
あえて難点を上げるとすれば、スピードを出してる感じがしないってところだろう。風圧もあまり感じないし、高い位置を飛んでいるから、昨日の倍以上の速度が出ているにもかかわらず、ゆったり飛んでるように感じるのだ。
「お先に失礼!」
100メートルくらい下を飛んでいる翼竜っぽい魔物を追い抜いていく。あちらも気づいたようだが、悔しそうに声を上げるだけで追跡してくる様子は見せなかった。
使っているスキルはオーラドライブとオーラバーン。ゲームの中では、支援があろうが無かろうが、裂空術の速度は変わらなかったけど、この世界では違った。オーラドライブとオーラバーンの併用でオーラエールの速度は劇的に向上したのだ。だけど、気功だけで出せる速度は今はこれで限界っぽい。
やっちゃう? やっちゃうのかイグディスブースト!
オーラエールの速度は強化によって向上する。それならイグニッションで更なる速度アップが見込めると考えるのは道理!
一緒にディストーションもかけるよ。身体への負担が心配だからね。
魔導回路接続! イグニッション、ディストーション発動用意!
「3、2、1発動!」
イグニッションとディストーションの効果を受けて、わたしの身体は金色の光に包まれる。
「きっつ!?」
強化がかかったその瞬間、ガツンと来る衝撃に魔力をごっそりと持っていかれるのを感じた。空気との摩擦によって、ディストーションに想像以上の負荷がかかった為である。
「ARデバイサーアクティブ!」
危険と判断したわたしは、マイルームに避難しようとARデバイサーを開く。だけど、マイルームに戻るアイコンをタッチするより魔力が尽きるのが早かった。ディストーションが解除され、わたしは空気の抵抗を直接受けることになった。
「きゃっ!」
透明な壁にはじかれるような衝撃を受けたかと思うと、錐揉み状態に陥って、視界がブラックアウトする。
死ぬ!? 嫌っ! ツクネ様にせっかくもらった命、無駄になんてするもんか!
手探りでARデバイサーを操作しようとするが、実体が無いARデバイサーは触れても感触が無い。出鱈目な操作で全く意味のない鑑定や倉庫を開いている可能性もある。
お願い! どうか!
ふいに風を切る音が消えた。
「ぐえっ」
地上に落ちる感覚は思った以上に小さかった。わずかに戻った視界に、マイルームの玄関に配置された飛石が見える。戻ってこれたのだ。
「まったく。心配をかけさせおって」
耳元で聞こえた声に安堵して、わたしは意識を手放した。
気を失っていたのは数分だったと思う。
「……んっ」
気怠さを感じる身体に鞭を打って仰向けになると、縞々パンツのミニスカ狐巫女が、見下ろすかのように浮かんでいるのが目に入った。
「縞パン様?」
「ふむ。まだ寝とれ」
意識ははっきりしているけれど、頭はまだふらふらする。わたしは言われたとおりに目を閉じる。
「ツクネ様が助けてくれたんですか?」
「いや。我は手を貸しておらん。其方が自力で戻ったのじゃ」
「そっか。じゃあ、心配して来てくれたんですね」
「……下らん事を言うておらんで、よく反省せい。其方があの瞬間出した速度は秒速700めーとる。防御魔法とそのけったいなすーつが無かったら空中でひき肉になっておったぞ」
秒速700メートルと言えばライフル弾と同じくらいか。時速にするとマッハ2.5。音速の壁を破る衝撃に晒されたのだから、そりゃ魔力もふっとぶね。いやはや我ながら無茶したもんだ。
「すきるを組み合わせ、早々に飛行術を編み出したのは見事じゃった。しかし、あの世界にあった縛りが解けたことで、気功も魔法も応用が利くようになった半面、必ずしも安全に使えるものでは無くなった事を覚えておけ」
「はぁい」
それは確かに反省だ。ゲームの中では自分の魔法で傷つくことはあり得なかった。でもこの世界では違うのだ。
しばらく眠った後、部屋に戻って早めではあるが昼食をとる。
幸いわたしに怪我は無かった。ウォールスーツはボロボロになっていたから洗濯機に放りこんで、ジャージに着替える。
昼食はツクネ様も一緒だ。心配でしょうがないといって、しばらく一緒にいる事にしたらしい。わたしとしては大歓迎である。
「なんか味気ないのう」
重ねた座布団に座り、器用に箸を使ってコロッケ定食を食べているツクネ様。
ツクネ様的にも、フードクラフターの料理は満足いくものではないらしい。
「これ、もう少しなんとかなりませんかね?」
わたしが選んだのは青椒肉絲定食だ。やや濃い目の味付けで悪くはないけど、個人的にはもう少し辛味があると良い。
「無理じゃな。この部屋はもともとあの世界のもの。我に設定は変えられん。あえて凡庸な味に仕上げるように作るとは、あの機械の設定を考えた者は相当な性悪じゃぞ」
「ですねー」
フードクラフターのメニューには、醤油やラー油のような、調味料だけというのは存在しない。ソースや醤油は全て料理にかけられた状態で出てくるし、味付けの変更も不可能だ。酢豚にはパイナップルが入ってるし、目玉焼きには問答無用でケチャップと、考えた人は本当に性格が悪い。わたし、目玉焼きには醤油派なんだ。
「唐辛子も山椒もあるけど、実のままだしなー」
「そんなの干してから粉にするだけじゃろう? 自分で作れんのか?」
「今はすり鉢ひとつないですよー」
「宝の持ち腐れじゃのう」
唐辛子や胡椒、山椒が実のままで入っている。それらは全て収穫した状態のままであり、そのままでは食べられたものではない。
味噌や醤油の材料になる大豆もあるけど、これも脱粒からなんだよね。米や麦も脱穀からである。やってらんない。売ってるなら買ったほうが早い。
「味噌や醤油ってこの世界にもありますかね?」
「あるぞ。食されておるのは一部の地域のみで、ほとんど知られておらんがな」
「あー。東の外れの島国で……」
「それじゃそれ」
やっぱりあるのか和風国家。テンプレだなー。
「それなら、その国目指そうかな。なんていう国なんですか?」
「おおくに皇国じゃ」
「わかりました。わたし、そのオオクニ皇国を目指します!」
どのみち大陸を一周するつもりだったのだ。このまま海まで南下して東回りでオオクニ皇国を目指す。そこで味噌と醤油を手に入れるのだ!
「おおくに皇国へ向かうのは構わん。じゃが、自分では作らんのか?」
「普通の女の子は調味料の作り方なんて知りませんよ?」
「それもそうか」
わたしが知ってるのなんて餡子の作り方くらいだ。脱粒からしなくちゃだから面倒だけど、粒あんでもこしあんでも作れるよ。砂糖がてん采のままだし、茹でる為の鍋も無いから今は出来ないけどね。
「良いじゃろう。食いもんに関しては我が手を貸してやろう」
「ほんとう?」
「うむ。其方が外にいる間、我も暇じゃしな。倉庫に入っているものを勝手に使うがいいかの?」
「勿論です!」
ふたつ返事で承諾する。食生活が改善されるなら願ってもない事である。
「よしよし。とはいえ道具は街に行かねばどうにもならんから、早う其方は森を抜けよ。あまり速度を出しすぎるでないぞ?」
「はぁい」
わたしは再びウォールスーツ(カラバリで幾つか持っている)に着替えると外へ出た。空が黄金色になるまで飛び続けてマイルームへと戻る。
「ただいまー」
「おお、帰ったか」
ツクネ様は縁側に腰かけて、藁を編んでいる。どうやら籠を作っているようだ。
夕焼け色に染まったマイルームの庭には、切りそろえられた麦が束にされて干されている。ツクネ様はこの藁を使って色々作るつもりでいるようだ。天井からは、藁を編んだ紐で唐辛子がいくつも括り付けられて吊るされている。
「ほれ、どんなもんじゃ!」
「うわぁ、凄い」
作っていた籠を見せるツクネ様。目も細かくて仕上がりも美しい。まさに名工の一品といった感じ。
「我は世界を創りしくりえいたーじゃぞ? これくらいは朝飯前じゃ」
「それにしても、道具も無しによく作れましたね」
「道具なら作ったぞ。ほれ」
ツクネ様は黒光りする鋭利な刃物を見せる。
「そっか黒曜石!」
「うむ。あと色々使わせてもらったぞ」
見ると、軒先に置かれた白い袋。見覚えがあると思ったら、サンタコスの袋だ。中にはそぎ取られた麦の実が入っている。また、縁側には白い布が敷かれ、白と黒に分けられた胡椒の実と山椒の実が干されていた。
砕いて粉に出来れば、食事が美味しくなることは間違いない。
でもね? その敷いてあるやつ。わたしのふんどしなんですけど?
ミュラひとりでずっと旅させるつもりでしたが、ツクネ様も同行する形に変更しました。
ウォールスーツを着たミュラちゃんの飛行速度は時速250キロメートルくらいです。この世界ではワイバーンの飛行速度が最高でも120キロくらいという設定。
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