第6話 こんな状況なのに妹が○○をやめれない状態になってるんだけど!?
あの場には俺が求めているような色素薄い系天使女子はいなかっただけのこと。暇そうに待ってたら優しく声をかけてくれて、それで微笑みながら色々気を回してくれる……そんな女性をゲットするためにわざと部屋の隅でクールぶっていたからこうなったんだ。
そう、俺は本気を出していないだけ。だからダメだったのであって、本気をだせば――
「おい、燃えてるぞ……! 早く消防に連絡を……!」
叫び声が響いた。
その声がした方向に思わず視線を向けると、コンビニの灯り照らされた若い男がマンションを見上げていた。
男の視線を追った俺は、かっと目を開いた。ベランダから吐き出される赤い炎と黒い煙。マンションの窓からこぼれる照明で周囲が明るいからはっきり見える。夜の闇くらい黒い煙まではっきり見える。そこは、一階部分がコンビニになっているマンションだった。
「火事だ……! しかも俺の家の近くだぞ……ッ!?」
はっと大きく息を吸いながら俺は駆け出した。
エントランスに飛び込むと、
――ビィィィンッ! ビィィィンッ! ビィィィンッ!
さっきから響いていた火災報知器の警告音が大きくなった。
エレベーターを待つのももどかしくて階段室に飛び込んだ。
嘘だろ……!? なんでこんなことに……! 父さんと母さん、陽菜美は無事か!?
階段に足を突き立て、不安と恐怖で震えそうになる身体に力を込め、必死に足を動かす。
火の手はまだ回っていない。俺の家はまだ燃えてない。だから大丈夫、きっと大丈夫だ。
自分を励ましながら階段の踊り場を蹴ったところで、焦げた臭いが強くなってきて軽く咽た。さっきから薄っすら臭っていたが、これは不味いかもしれない。火事は、火より煙の方が危険と聞く。煙を吸って一酸化炭素中毒になると、酸素が身体に回らなくなって意識を失うからだ。
咳き込んでは余計に煙を吸ってしまう。避難訓練ならハンカチとかで口を塞ぐけど、なにかないか……!?
階段を上りながら肩にかけていたショルダーバッグをあさる。すると水のペットボトルが出てきた。飲み会で酒を飲んだ後に酔い冷ましにちょうどいいだろうと買っておいた水だ。これは役に立つかもしれない。
ショルダーバッグを投げ捨て、Tシャツを脱いで水をかける。それをマスク代わりに口にあてがうとだいぶ呼吸が楽になった。濡れた布が上手い具合に煙の刺激を弱めてくれてるんだろう。やっぱり火には水だ。とっさにやったけど正解のようだった。
避難する住民をかき分けて進むと、やがて階段を上り切った。
やっと着いた……!
六階の自宅前まで行き、玄関を開け、靴を履いたままリビングに直行。だがそこには両親の姿はなかった。
「避難した後か……? ここも、警報鳴ってるし……」
『火事です、火事です。火災が発生しました。安全を確認の上、避難してください』
警報音を耳にしながらスマホを取り出す。
連絡があるはずだ。火事があったんだから……!
メッセージアプリを開くと、こんなメッセージがあった。
『勇夜、お父さんな。これから嫁のご機嫌取りで、ドライブに行ってくる。くぅ~明日も仕事なのに大変だ。妻子持ちはつれぇなぁ』
どうやら車で出かけているらしい。これなら火事に巻き込まれなくて済むが、ほっとしたのも束の間だった。
『陽菜美を頼むぞ。あいつ、ほっとくと夕食も忘れるくらい熱中するから、ちゃんと声をかけておくように』
このメッセージが目に入った瞬間、俺は息を呑んだ。
「陽菜美は家にいるのか……!? あいつ、まだ部屋にッ!?」
リビングのすぐ隣、そのベランダに面した部屋のドアに手をかける。いつもならノックくらいするが、今は緊急事態だ。俺はためらいもなくドアを開けた。
そこには、パソコンの画面を食い入るように見つめている陽菜美の姿があった。
「あー行けそう行けそう、私詰めるわ」
「おい、陽菜美……!」
「ちょっと今手が離せないから後にしてお兄……って、はっ!? 一瞬で溶けた! なんでよ、あの発射音じゃこんなに早くキルされるわけ……ちょっと、キルログ。味方に撃たれてんじゃん! 私詰めるって言ったよね……!?」
どうやらゲーム友達から背中を撃たれたらしいが、陽菜美の奴、ヘッドフォンをつけてるから警報に気づいてねぇぞ。
可愛げのない部屋は、ベッドと自慢の三面モニターのゲーミングPCとシンプルな家具があるだけで妹というより弟の部屋っぽい雰囲気。陽菜美はそこで一人称シューティングゲームに熱中していた。鬼気迫る声で俺が呼びかけてもさらっと流されるし、まさにFPSがやめられない状態だ。
(次回に続く)