停滞する刻 その②
「ここで?」
「悪い?アンタを家に上げるわけないでしょ。出て行ったくせに」
ユウセイをじとっと見る愛衣からはその表情に秘めた感情は感じられなかった。
愛衣がユウセイを連れてきた場所はソドムシティで人気のあるハンバーガーショップ、Gのロゴが特徴的なギャラクシーバーガーのチェーン店だった。
適当な窓側の席に向かい合ってつき、店員に飲み物がそれぞれコーラとオレンジジュースの氷抜きのチーズバーガーセット二人前とオニオンリングを注文し、品が来るまで待つ。
「私が覚えてるので注文したけど、文句はないわね?」
「コーラとチーズバーガーはお前も好きだったんじゃないか?」
「オレンジジュースにしてる行間を読みなさいよ、馬鹿ね」
愛衣がGのロゴが背表紙に入ったメニューを閉じ、窓側に立てかけるとユウセイの言葉に口元を緩めた。
愛衣の反応にユウセイはあっ、と声を漏らす。
「……何?」
「いや、笑ったなぁって」
「気のせいよ、気のせい。すぐ忘れなさい」
「ギャラクシーバーガー、特製チーズバーガーセット二人前とコーラ氷抜き、オレンジジュース氷抜き、オニオンリングお持ちしました」
ユウセイの言葉に愛衣が眉を顰め、ユウセイが理由を伝えると、愛衣はユウセイの額をつく。
宇宙飛行士をモチーフにしたと思われる、制服を着た店員がチーズバーガーとフライドポテトが載せられた皿を二つ、揚げたてのオニオンリングが盛り付けられているペーパーを敷いた小さなバスケットを彼らの前に置く。
ギャラクシーの頭文字のGが入った、グラスにはひんやり冷たい飲み物で満たされている。
「ごゆっくりどうぞ」
「どうも」
店員が丁寧にお辞儀をして去る際、愛衣は軽く会釈して返す。
ユウセイの元に皿を押し、自分の皿にオニオンリングを六個載せたあと、テーブルに備えているケチャップとマスタードを交互に二回かけるのが愛衣好みの食べ方である。
「お前、本当に好きだよな。その食い方」
「美春叔母さんだってやってんのよ?十家の味よ、ケチャップとマスタード交互二度掛け」
若干、チーズバーガーのバンズにもかかってしまったことには不満げな顔をしながらも、愛衣は手を合わせた後にチーズバーガーにかぶりつく。
両親によく似た綺麗な顔をしている愛衣、そんな彼女がチーズバーガーにかぶりついているのはとても絵になる。
ケチャップとマスタードの交互掛けは二人の父も父の妹の叔母、そして二人の母も愛するハンバーガーの食べ方だった。
物足りないから始まったというが、味はわからないのではないかと思いつつ、ユウセイもチーズバーガーに思い切り、ケチャップとマスタードを交互にかけて口周りが汚れるのを気にせずにかぶりついた。
「相変わらずの食べ方ね。リリアーヌさんに何か言われない?」
「いま一人暮らししてるから、別に何も。あの人なら、一緒に食ってくれそうじゃない?」
「は?一人暮らし?聞いてないけど。……やってくれそうなのはわかるわ、私たち以上に口の周りいっぱい汚して」
オニオンリングにケチャップとマスタードを交互にかけつつ、ユウセイの言葉に愛衣は眉を顰める。
ユウセイが怖い顔すると美人が台無しだぞ、と言おうとすると、すぐに愛衣に睨みつけられた。
愛衣に視線でアンタのせいよ、と言われたのがわかった。
「一人暮らしするなら帰ってきなさいよ。どうせ、リリアーヌさんに後見人になってもらったんでしょう?リリアーヌさん、私たちに甘いから」
「正しくは父さんに、だろ。あの人、父さんのこと本当の弟みたいに可愛がってたらしいから。……帰ってこいって?俺と無関係ってことにしないと、愛衣までもが」
過去を振り返り、愛衣は少女の姿をした吸血鬼が慌てる様を思い出す。
いつのまにか、身長は十兄妹が追い抜かしてしまったが、それでも彼女は二人にとっては保護者だった。
ユウセイが愛衣の顔を見れず、チーズバーガーに視線を移すと、愛衣はその頬を引っ張る。
「アンタの力がなんだとしても、アンタはアンタよ。ユウセイ。血の繋がってない私のこと考えて、勝手に飛び出してくんだから。……離れて守られても、ぜんぜん嬉しくない」
「ふぁひ」
「ん、よろしい。ところで、アンタ、彼女できたの?」
真っ直ぐ、ユウセイを見つめる愛衣。
父と同じ、サファイアブルーの瞳はまるで自分を見透かすかのよう。
その目で見られるのは苦手なのに澄んだブルーは目を逸らすのを堪えてしまう。
にひ、とここで義兄に自然な笑みを見せる愛衣。
なんでもないように彼女が話題を切り替えようとすると、ユウセイの視界に魔法陣が目に入る。
「おい、なんだよ。アレ」
その言葉はギャラクシーバーガーの店内にいる誰の言葉だったのか。
しん、と静まり返った空気と共にコツ、コツと靴音が静かな店内に響く。
音の主はリリアーヌの部屋で見た、手配書の姿がそのまま飛び出してきたかのようだった。
その姿はアイスブルーの瞳に銀髪、さながら冷たく怜悧な雪の女王を思わせる女であった。
背筋が凍るような美人はところどころ、露出してボディラインが出ているようなドレス姿で右手に杖らしいものを手にしている。
彼女こそ、停滞の魔王イーシァ。
その停滞の異名通り、美貌に目が眩んだ男が彼女の尻に手を伸ばそうとすると、視線を向けただけで男は動きを止め、瞬時に凍ってしまう。
イーシァがそこで杖を握っていない、左手を振るうと音もなく、粉々に凍った男は砕け散る。
「魔王の顕現!?話と違うだろ、あのポンコツ!」
「へえ、モデルか女優さん?なんていうか、あの人、お母さんみたい」
リリアーヌが新しく入った、ブルーを交えたガーディアンの構成員全員集合のミーティングで言っていた前情報とまるで違うことにユウセイが悪態をつくと、魅了されたように愛衣はイーシァを見惚れている。
母のようだ、と愛衣は言っているが、確かに自分たちの母はクールで表情は変わらない方だとユウセイは思った。
それでも、あんなふうに無差別に力を振るうような人じゃないとわかっている。
魔王イーシァがこちら側に気づき、ゆっくりやってくるのが見える。
「私は停滞のイーシァ。貴方たちは十天晴、その忘れ形見ですか」
「あいにく、ウチの父さんはそんなに簡単に死ぬタマじゃないんでね?そんなこと言わねえでもらえる?」
ユウセイは黒豹の仮面を装着し、通路に出て愛衣を守るようにして立つ。
何か見定めるような、見極めているような魔王の言葉に蒼いオーラで形成した剣を構える。
大衆の前で奥の手をひけらかすつもりはないが、狭い店内で交戦するのはあまりにも分が悪い。
「ねぇ、お兄ちゃん?」
「大丈夫だから」
ユウセイとイーシァのやりとりに不安そうに愛衣が視線を向けているのがわかる。
妹に叱咤されているような情けない兄であれ、妹を守ることはできる。
『愛衣を頼んだよ、ユウセイ』
それが十ユウセイ、十愛衣の兄として当然のことだから。
「しっかり捕まってろ、愛衣!!絶対、離すんじゃねえぞ!」
ここで戦っては、愛衣を狙われる。
そう考えたユウセイは愛衣をいわゆる、お姫様抱っこの形で抱き抱え、窓ガラスを得物の剣で破壊して外に出て、オーラを噴き出して夜空へと飛び上がる。
背後から魔王が追ってくるのがわかるが、愛衣は昔からよく知る兄らしい一面に顔を綻ばせる。
「離れてやらないから、安心しなさい。私のお兄ちゃん」




