停滞する刻 その①
「さて、みんな集まってくれたようね」
ソドムシティ、ガーディアン本部。
ガーディアンのボス、リリアーヌ・ヴェルメリオの書籍や年代物のアンティーク家具やマジックアイテムで溢れかえった部屋。
ルーデンスは少し整頓すればいいのに、という視線を向けるものの、リリアーヌは知らぬ存ぜぬを貫いている。
リリアーヌの書類で溢れかえった机の右隣には彼女の従者のワーズワースの姿があり、反対側にはブルーが戦闘スタイルである、ハーネスと全身タイツのアメコミヒーローファッションになっている。
「今回の作戦から、私の古くからの友人のブルーが加わることになったわ。すでにユウセイとルーデンスは顔話合わせしてるわね?」
「ああ、その坊主たちとは済ませてる」
「ボス、なぜ彼は今回ソドムシティに来訪したんでしょう?」
リリアーヌがブルーの言葉に満足そうにうなずくと、ルーデンスが挙手する。
リリアーヌがブルーの方を見ると、ブルーは頷いて後をつづけた。
「手前様が嬢ちゃんや坊主どもと戦うのは、魔王が顕現すると聞いたからだ」
「愉快犯みたいなのじゃなく、私たちが迎撃するのは、今回は魔王が顕現する情報を手に入れたからよ」
ブルーがポケットから引っ張り出してきた、異界言語で書かれた手配書。
手配書には停滞の魔王イーシァの名前とアイスブルーの瞳に銀髪の容姿が描かれており、さながら冷たく怜悧な雪の女王を思わせる女であった。
「それ、本当なの?」
「本当よ、ハリウッド。みんなも聞いて欲しいのだけど、これまで私たちは後手に回りがちだった。特に魔王関連はね?今まではなす術はなかったけど、今では私たちには魔王と同じように自らの世界をぶつけられる異能持ちがいる」
ハリウッドが腕組みをしたまま、リリアーヌに疑問を向けると、ユウセイの方を見ながら話を続ける。
異界・マーヤナからやってきた少女、ステイシーを追っていた異界犯罪シンジケートのトライフルが顕現させた空中要塞。
幻界とは一つの世界であり、それを顕現させるのは魔王でなければできない、非常に稀有な才能である。
迎撃してみせたユウセイも、たまたま、鎧の形をした幻界・蒼角逢魔を発現させる才能があった。
リリアーヌと古い知り合いである、行方不明のユウセイの父さえも持ち合わせなかった才能をユウセイが持って生まれ、魔王と戦う切り札となりうるのは不思議な運命だと言えた。
「……俺?」
「そうよ、ユウセイ。貴方には幻界を顕現させる才能があり、ステイシーを助けるために異界犯罪シンジケートが呼び出した空中要塞を破壊するべく、貴方自身も幻界顕現して落下を食い止めてみせた」
リリアーヌはユウセイが作成した、先日の一件をまとめた報告書を手に口角を上げる。
何やら企んでいるようなのがユウセイには、すぐわかった。
「貴方のお母さまも、こころもそうだった。
お母さまと同じ凄まじい力を持っていたことを思うなら、貴方がそれを引き継ぐのもありえない話じゃない。
貴方のお父さんも、天晴も凄まじかったしね?」
天晴とこころ。
それぞれ、ユウセイの父とユウセイの母の名前だった。
ユウセイは話に聞いた程度だったが、二人とも凄まじい異能力者であったのだという。
リリアーヌをはじめ、ガーディアンのメンバーから視線を集める。
「俺が父さん、母さんと同じ力を?」
「そうよ、ユウセイ。貴方には、あの二人と同じ力があるの。だから、魔王と同じ幻界を顕現できるのかもしれないわね。みんな、決行は三日後。それぞれ準備して頂戴」
リリアーヌの言葉にユウセイの頭はぐるぐるとモヤが回っているのを感じる。
リリアーヌが解散と手を叩くと、それぞれが思い思いの準備のため、散ったところにリリアーヌとユウセイが残される。
「リリアーヌ」
「何かしら?」
「父さんと母さんのことは、今でもどう思ってる?」
リリアーヌの顔を見ず、背中を向けるユウセイの言葉は震えていた。
近づいて背中を撫でようにも、リリアーヌはユウセイの気持ちを察し、手を伸ばすのを諦めた。
「仲間よ。何よりもかけがえがない、ね」
その返事を聞くと、ユウセイは部屋を飛び出して行った。
「よかったのですか?お嬢さま」
「良いのよ、ワーズワース」
走り去っていくユウセイの背中を見送り、ティーセットを持ってきたリリアーヌの従者、ワーズワースは小さく手を振る。
「きっと、あの子もいつかわかってくれるはず」
消えていった背中を眺めているリリアーヌの表情はどこまでも寂しげだった。
一方、ユウセイは街に繰り出していた。
準備らしい準備も、いつものように蒼いオーラで剣を作り出せば、それだけで戦うことができる。
《b》“リリアーヌ。おとうさんとおかあさんはかえってくるかな?”《/b》
《b》“大丈夫よ、ユウセイ。貴方のお父さまとお母さまは必ず帰ってくるから”《/b》
十年前、リリアーヌの命を受けた両親が出て行ったあと、リリアーヌに尋ねたことを思い出す。
窓を眺めている時、後ろから抱きすくめてくれたぬくもりをよく覚えている。
「……帰ってくるって言ってから、もう十年経つじゃん」
ベンチに座り、ユウセイは顔を押さえて呟く。
陽の沈んだあとのソドムシティは昼間とは大きく様相が異なる。
この時間は異界人が多く出歩くようになり、ユウセイのような人間が歩いているのは珍しくある。
「隣、空いているの?」
「あー……、ご自由に?」
ベンチに座っているユウセイに声をかけたのは、女の声だった。
「浮かない顔してんのね、アンタ」
「お前は……」
「義妹の顔を忘れたの?」
ユウセイを見上げるのは腕組みをした、ウルフカットの蒼い瞳の女だった。
十愛衣はユウセイの義妹にあたり、そして、ユウセイの両親の実の娘だった。
「久しぶり、なんだよな?」
「ええそうね。全く連絡をよこさない、バカを久しぶりに見つけたと思ったら、腑抜けた顔をしているんだもの。能天気でお気楽、父さんと母さんに構ってもらってばっかりのファザコンマザコンが往来で腐っているんだったら、身内であることは知られたくないけれど」
愛衣は視線をそらしながらも、その間はずっとユウセイをつんつんとつついていた。
少々、力が入っている突きを繰り出すものだから、突き指を心配するものの、「うるさい」と一喝されてしまった。
「お前は元気だった?愛衣ちゃん」
「ちゃん?気持ち悪いからやめて頂戴。……どこかの馬鹿が連絡を寄越さないこと以外は、元気に適当にやってたわ。アンタはいまはリリアーヌさんのところで正義のヒーロー、相変わらずやってるんでしょう?父さんみたいに」
正義のヒーロー、という愛衣の言い方には棘が含まれていた。
「……悪かったな」
「アンタのことは別に責めてないわ。背中見ちゃったのが父さんだったことを恨むことね」
愛衣はユウセイを一瞥すると、立ち上がって背中を向けた。
「夕飯はまだなんでしょう?ここで逃したら、アンタまた何処かに行っちゃうだろうし、少し付き合いなさい」
「いいのか?」
「不服だけど、一応は義兄妹なんだもの。この時間をブラついているんだったら、時間がないなんて言わせないから」
全くの親しみも感じられないような物言いではあったが、愛衣の言葉は今のユウセイのモヤが気晴らしにはなった。
魔王の顕現する情報を得ても、未だに行方不明の両親が見つかる気配がない。
その苛立ちは、他にぶつけたって仕方がないことを他でもないユウセイが知っている。
「それなら、一緒に夕飯食おう。愛衣」




