幻界顕現・後編
「もう諦めたのか?」
「あれだけ、追い詰められたら流石にね」
ソドムシティのイーストストリート。
海側に面した、この通りは時間帯も相まって人通りが少ない。
銀髪の有翼少女、ステイシーは降参とばかりに苦笑いする。
異形集団、トライフル。
構成員の殆どが人間の姿をしていない。
それは、ステイシーが暮らしていた世界マーヤナを滅ぼしに現れる前からで彼らはヒトの姿をしているものを侮蔑する傾向にあった。
「あのヒーロー気取りのガキも大したことなかったわけか。まあ良い、術式をお前から受け取った後はあのガキも殺すとしよう。
鳥の羽根を毟るようにゆっくりとな。……術式をよこせ」
トライフルの頭の男・ストラディが翼と手が一つになったような腕を広げ、上機嫌に笑う。
異界犯罪シンジケート・トライフルはマーヤナで生まれた経緯があり、ステイシー同様の有翼人であるが、ステイシーとの違いは頭部が異形であることだった。
「はい。これで、ボクは見逃してくれるの?」
ステイシーは赤い宝石がはめこまれたペンダントを外し、ストラディに投げ渡す。
「素晴らしい。
これがマーヤナが誇る、伝説の術式!!魔王の領域、幻界を召喚できる!!一つの世界を世界の中に顕現し、破裂させるマーヤナ最強魔法!!これさえあれば、俺は世界をも掌握できる!!」
魔王の領域、幻界。
一つの世界を顕現させる、その技はこの世界に存在する魔法使いが一生をかけても至ることができるとは限らない。
魔王が幻界を顕現させる、その技はいわば奇跡の御業であり、文字通りの神業なのである。
そんな術式が込められた、赤い宝石が込められたペンダントを掲げる。
ストラディが力を込めると、赤い宝石から光が上空へと放たれ、魔法陣が描かれる。
その魔法陣に向け、ストラディは両腕を広げて詠唱を始める。
「ひた走る 漆黒の狩人」
「永久を模る 無貌の鏡面」
「奔れ 漲れ そして、虚空に刻む」
「さぁ ここにその御姿を現せ」
詠唱を終えると、魔法陣からマーヤナの伝説の空中要塞がソドムシティの上空に出現する。
魔王の領域、幻界。
その姿形は千差万別であり、文字通りの一つの世界からマーヤナの空中要塞のような規模までさまざまである。
ただし、空中要塞のそのサイズ感は空中にあること・距離があることからわからないだけで旧オーストラリアが存在したオセアニア大陸ほどの大きさがあった。
それは、あまりにも大きな要塞だった。
古く、厳めしく、それでいて無骨な要塞である。
「これで、この世界も終わりだ!馬鹿な真似をしたなぁ、ステイシー!お前の迂闊な真似が一つの世界を滅ぼすんだ!ここで、お前も終わりだ!」
ストラディが笑い声を上げると、空中要塞から一条の光が凄まじい速度でステイシーを狙うと、隣から割り込むようにして蒼い光が突っ込んで光を叩き落とした。
「全く、想像通りだったとはな」
「うん。まさか、ユウセイの言ったとおりになるなんて」
割り込んできたのはユウセイだった。
オーラで作り出した豹の面をつけたまま、ストラディの周囲にいる構成員を切り伏せた。
「……何者だ!?」
「俺はこの街の自警団、ってところかな」
ユウセイは刀剣に付着した、血を振り払う。
ユウセイとステイシーが練った計画はこうだった。
ステイシーが一人になれば、必ず一人になったところを狙ってトライフルはステイシーに近づいてくる。
ならば、ユウセイが常に気配を殺し続けながらステイシーに張り付くようにし、ステイシーが渡した術式の込められたペンダントを起動してステイシーを処理しようとしたタイミングを見計らい、ユウセイが突っ込むといったものである。
既に周囲一帯はユウセイが所属しているという、組織の構成員によって固められており、トライフルはどこにも逃げられない状態にあるという。
「だが!顕現している、幻界一つに対し、お前だけで何ができるというのだ!?いかなる歴戦の魔法使いと言えど、魔王の領域に匹敵する幻界が顕現している今!お前に打つ手はないぞ、ヒーロー?」
ストラディは勝ち誇った感情でいっぱいだった。
魔王がソドムシティに現れる確率は低く、幻界を顕現させたことで凄まじい速度で射出する一条の光を放つ空中要塞を手中に収めているとあれば、ストラディに敵うものは存在しない。
ステイシーはここまでの流れで自分が生き残っていることは奇跡に等しいと思っていた。
トライフルの追跡を避けるようにこの地上の存在する、世界へとやってきたが、こんなに魅力的な世界はないと思っていた。
空中浮遊都市の生活は悪いものではなかったが、足で地面を踏みしめられるのは、夢のようでもあったのだ。
「あるぜ?たった一つな?」
「ふ、ふざけるな!幻界を顕現した、この俺に勝てるはずがないだろうが!!このまま、消し炭にしてくれる!」
ストラディが右腕をかかげると、空中要塞から放たれる光に包まれ、吸収される。
「あ、あれって!?空中要塞に搭乗って名目で完全に一体化するという……」
「なら、なんとかなりそうだな」
ステイシーが凄まじい速度で迫ってくる、要塞を目にするとユウセイはニヤリと笑ってステイシーの方を見る。
「えっ??」
「正直なところ、関わらずに投げ出せたら良かったんだけどな。でも、それは俺の流儀に反するから、できなかった」
ステイシーは耳を疑った。
なんとかなる、というものの、ユウセイはいったいどうやって大陸ほどの大きさを持っている要塞と戦うつもりなのだろうか。
確かにトライフルの構成員を切り捨てるさまは実に戦いなれており、頼もしいと思うが、どうにかできるとは思えない。
「げぇぇぇぇぇぇんかぁぁぁぁぁぁぁいけぇぇぇぇんげぇぇぇぇん!!」
左手の人差し指と中指を立て、右手の人差し指と中指をそれに交差させるようにユウセイは印を結ぶ。
すると、ユウセイの身体は蒼いオーラが包み込み、空中要塞へと突っ込んでいく。
「へ??」
ステイシー、本日二回目の呆気だった。
「蒼角逢魔!!!」
ユウセイが顕現させたのは、蒼いカブトムシを連想させる鎧のようなものだった。
それを装着し、空中要塞の弾幕を潜り抜けていく。
ソドムシティに向かって放出される、光のレーザーをカブトムシの角を連想させる蒼い剣で叩き斬りながら、距離を詰める。
ユウセイは幻界を顕現させられる、いわゆる、最新の魔王とも言える存在なのだ。
『このマーヤナの伝説に相対するのがたかが鎧だと!?ふざけるなよ、虫風情がぁ!!』
「その虫にお前は切り捨てられて終わりだ!!」
大音量で響く、ストラディの声。
それに対し、ユウセイは余裕綽々で言い返す。
幻界を顕現させた者同士の戦いは、己の心の強さが全てを左右する。
形はそれぞれの心に由来するが、己の内に秘めた世界のぶつけあう。
しかし、ユウセイの幻界・蒼角逢魔は身に纏う幻界というレアケースである。
ストラディと一体化した、空中要塞を群青のオーラを蒼い剣に纏わせ、ただの一振りで叩き斬った。
「ほんとうに、斬っちゃった」
海に落ちる、空中要塞の欠片。
それが降り注ぐような様はまるで流星群のよう。
ステイシーの世界マーヤナを滅ぼし、その後にペンダントになったものを父親から預かり、誰の手にもわたってはいけないというものを手に逃げ出した。
いつか、自分の夢である地上世界に生きるという夢が叶うと信じたうえでの逃亡生活、自分たちにとっての楔であったものは顕現させた幻界を身に纏うという常識外れの行動に出た少年によって、その夢も叶いそうなのだ。
「ステイシー!」
空中要塞を難なく切り捨てた、幻界を顕現させて身に纏える少年はステイシーの元に帰ってきて、明るく笑って手を差し出す。
「改めて、ようこそ。
ソドムシティと地上世界へ!!」
「……うん!!」
こうして、ステイシーはソドムシティの自警集団ガーディアンに加わることになったのだ。