幻界顕現・前編
日常が非日常の混沌の街、ソドムシティ。
追求の魔王ルヴィムの暇つぶしをきっかけに始まった、怪獣退治から数日。
魔王クラスほどでない怪物関係はコスチュームに身を包んだ、遥か彼方の星からやってきたという謳い文句のヒーロー、レディ・マックスが対処している。
ユウセイたちガーディアンが出る前に鎮圧されることが多く、前回のようにレディ・マックスが冷静に対処できないと見做された案件は進んで飛び出す。
ある意味、その事件でレディ・マックスがどうするかどうかの予想をするのがガーディアンのボスの仕事でもあった。
「ぷれでりあん、そっち行った!」
『おーけー、シックス!』
ガーディアンのボスを後見人としつつ、ユウセイはアパートを借りて暮らしている。
高校に通うようになってからの一人暮らしだが、ガーディアンの給料でも十分に家賃も支払え、こうやってネットで知り合った友人とオンラインゲームをする楽しみがある。
任務遂行中の仮の名前、シックスとはオンラインゲームでのハンドルネームだった。
黒豹の覆面とあれば、パンサーだろうが、考案したボスからすれば、そうではないらしい。
『良いじゃん、ロックン!』
コントローラーを素早く操作し、デスクトップパソコンの画面に映るユウセイが操作している覆面のサムライが敵の攻撃を食い止めると、軽装に槍を装備した竜の特徴を持つ女槍使いが急所に当てたことで大型のモンスターの討伐が完了する。
オンラインゲーム、デアブロブレイカー。
以前からユウセイがやっているゲームであり、キャラクター再現パーツが豊富なオープンワールドゲームだ。
フレンドのぷれでりあんとは付き合いは長く、異形のパーツを持っているキャラクタークリエイトが好きな低音ボイスの年上のお姉さんであると言うのが主な認識である。
ただ、以前にユウセイがオフ会した相手が人間どころか、別次元からやってきた怪物で捕食されかけたケースがあるため、ぷれでりあんが女性であると素直に信じられない。
ちなみにひらがなでぷれでりあんと表記するのはかわいいかららしい。
『いえーいっ、やった!』
「なんとか倒せたなあ」
画面の女槍使いのアバターがハイタッチの動作をすれば、サムライのアバターでユウセイはハイタッチして返す。
ガーディアンの同僚、ハリウッドもこれくらい面倒見が良くて楽しい人だったら、とっつきやすいのにと思わずにいられない。
ボスは言わずもがな、めちゃくちゃは言うものの、ユーモアに満ちている。
『ロックンと遊ぶの、本当に楽しいんだよね。
今日もさ、職場の子に怒鳴られちゃって』
ぷれでりあんの声は心から楽しげだった。
ロックンとは、ぷれでりあんがシックスから連想した愛称であると言う。
「ぷれでりあんって、仕事なんだっけ?」
『公務員ってやつかなぁ、アンタみたいなの守ってんの』
「ってことは、ケーサツか」
ぷれでりあんをアバターの姿のまま、警察官としてやっていくのを想像する。
ソドムシティの悪党は人間を超越した者が多く、それらに対抗するために警察官はSASを使うこともあるが、異界人系の警察官も少なくない。
ぷれでりあんの姿も決しておかしなものではない。
『お?いま考えたなー?少年?今のツッコミ待ちだったんだけどね?つまんない子は嫌だなぁ』
ユウセイの間を邪推し、ぷれでりあんはおかしそうに笑った。
「求めねえでくれる!?」
『アッハハハハ!良いじゃん、アタシたち、名コンビ!
おっと、そろそろ晩御飯食べなきゃね。
他の女プレイヤーと組むんじゃないぞー?は冗談だよ。またね、ロックン!』
ユウセイが時間を確認すると、もう夜七時だった。
夕方からプレイしながら通話して三時間は経つ、女槍使いのアバターでぷれでりあんはユウセイに手を振ると、そのままログアウトした。
「別れの挨拶、勘違いさせる気満々だろ」
他の女プレイヤーと組むな。
この言葉は額面通りに捉える必要はないとユウセイは考える。
確かに長い間、一緒に遊んでいるから連携も取りやすい。
その結果、フレンド申請していいとなるのはぷれでりあんしかいないと思うくらいだ。
ガーディアンのボスがたまにログインするのを除けば、彼女くらいだろう。
異界人であろうハリウッド、親代わりのボスと近しい女性にいないタイプだとぷれでりあんのことを考えながら、窓を開けてみる。
ベランダに面したユウセイの部屋の窓、初夏の夜の風が吹き込む心地よさを感じようと思っていた時だった。
「あ、あの!!追われてて!!」
見知らぬ銀髪の少女が辺りを見た後にユウセイの手を取る。
「どこから来たんだよ。全く、」
天使か何かみたいに翼で飛んできたのか。
そんな言葉をかけようとした時、少女の背中にある純白の翼に気づく。
「……天使?」
「と、とにかく!貴方も危ないから、一緒に!」
おおよそ、今日日の女の子になかなか言わないセリフだなとユウセイが思っていたところに身体がふわりと地面から離れる。
それが彼女の翼が羽ばたくことによるものだと気づいたのは、アパートの屋根の上に立った時だった。
「追い詰めたぞ!お前が持っている、術式を我々、トライフルに寄越せ!」
「術式?」
向かいの建物の屋根まできた、ソドムシティでは珍しくないような異形の一団がユウセイの後ろにいる少女を指差す。
少女はユウセイの後ろに隠れてしまい、言葉を返さない。
意を決したユウセイはオーラエネルギーで剣を作り出すと、流れるような動作で飛ぶ斬撃を放つ。
放たれた斬撃は軌道を描いて何人かの異形に命中し、屋根から落下していく。
「形のある幻!?貴様、一体何者だ!?」
そんな一団の中でとりわけ目立つ、豹の獣人に尋ねられる。
「誰だっていいだろ?
一人にこれだけの人数でかかってるスイーツ共に負けるわけねえよ」
トライフルとは、イギリス発祥のケーキの名前だった。
そんな名前がついている連中に負けないと言い放つと、トライフルの構成員たちが身体を震わせる。
ユウセイは青いオーラを纏い、明るい色をした髪を夜風で靡かせながら、少女を抱え上げる。
「強いて名乗るなら、シックスってところかな?」
青いオーラで作り出した、豹の覆面。
それが顔に装着されると、ユウセイは足からオーラをジェットのように噴き出して空へ飛ぶ。
「奴を追え!!」
「あの術式を他に渡すな!」
そんな声がする頃にはユウセイと少女は夜空へと飛び出していた。
星々が輝き、月明かりを背後に飛ぶ制服姿の豹の覆面の少年。
彼に抱えられた少女は思わず魅入っていた。
「ありがとう、助けてくれて」
「異界には慣れてるから。
お前、どこから?」
「空に浮かぶ城塞都市がある、マーヤナってところ。
地上が全部海に飲まれたから、空に住むところ作ってる世界かな。
地上に街がある、この世界っていいね。
何もなかったら、ここに住みたいくらいだよ。
さっきのトライフルにボクの家族、みんな殺されちゃったんだ。
もう、帰る場所がない」
ラピュタみたいなことをいう、と喉元まで出かかった言葉をユウセイは飲み込んだ。
あのスイーツの名前をした集団は思ったより、悪辣だったらしい。
悲しみをおさえるように笑ってみせる少女にユウセイは心が揺れた。
自分も親がいないが、まだガーディアンのボスが後見人をやってくれているからこそ、一人ではない。
少女はユウセイにとっての鏡である。
誰も迎えにきてくれない、そんな寂しさはユウセイはよくわかっていた。
「ならよ、俺たちんところに来いよ」
「良いの?最悪、地獄の果てまで付き合ってもらうことになりそうだけど」
ユウセイの言葉に少女は真剣な眼差しを向ける。
「地獄に落とさせないから、安心してくれよ」
ユウセイはなんでもないように言った。
「どうして、そう言える?連中が狙う、ボクの術式は君の住んでいる世界を滅ぼす代物。
キミは何も知らないじゃないか」
少女は断られる前提で突き放すつもりだった、その目論見が外れたことでさらに鎌をかけた。
「俺の、俺たちの仕事がそうだからさ。この世界にいたいなら、それも叶う。
ただ、ちょっとボスに連絡させてくれない?」
名前も知らない少女へのユウセイの返事は親に聞いてみると言った気やすさながらも、その瞳に篭った意思は揺るぎなかった。