停滞する刻 その④
夜のソドムシティは、戦いの余韻を残したまま静かに息を潜めていた。
屋上のコンクリートにはひび割れが走り、砕けた氷の欠片が月光を反射してキラキラと光っている。
イーシァが消えた場所には、小さな氷の花びらが数枚、風に舞うことなく静止したまま落ちていた――まるで時間がそこだけ止まっているかのように。
ユウセイは膝をついたまま、剣を地面に突き立てて体を支えていた。
仮面の下で荒い息を吐き、左腕の霜はようやく溶け始めていたが、まだ指先が痺れている。
愛衣は兄の隣にしゃがみ込み、ペンダントを握った小さな手でユウセイの頬に触れた。
「お兄ちゃん……本当に、大丈夫?」
「ああ。……お前のおかげだよ」
ユウセイは仮面を少しずらし、愛衣にだけ見えるように小さく笑った。
その笑顔に、愛衣の目が潤む。
ブルーが大股で近づいてきて、ユウセイの肩をバシンと叩く。
「ったく、死ぬかと思ったぜ!
お前ら二人で魔王に突っ込んでくとか、正気かよ!」
「うるせえ。……お前らも遅ぇんだよ」
スカーレッドが腕を組んでニヤリとする。
「文句言う前に礼くらい言えよ、ヒーロー気取りの兄貴。
俺らの援護がなかったら、今頃お前ら二人とも氷漬けのオブジェだぜ?」
ハリウッドは無言で静かに頷く。
少し離れた場所で氷の花びらを拾い上げ、掌の上でじっと見つめていた。
「……この花、領域の残滓。
まだ完全に消えてない。イーシァは……本当に退いただけ、かな」
その言葉に、全員の視線が鋭くなる。
ユウセイはゆっくり立ち上がり、愛衣の手を引いてみんなの方へ歩み寄った。
「次はもっとヤバいのが来るかもしれない。
『停滞の刻』が本気じゃなかったとしたら……本当の魔王の力は、まだ見せてねえってことだ」
ブルーが大きく息を吐く。
「なら、俺たちも本気出すしかねえな。
ガーディアン全員で体制を固め直す。
愛衣ちゃんのペンダント、あれ……『逆行』の欠片だってイーシァが言ってたよな?」
愛衣はペンダントを胸に押し当て、こくりと頷く。
「うん……お母さんが、『時間は止まらない』って。
だから、私……お兄ちゃんやみんなと一緒に、絶対止まらないようにする」
その言葉に、ユウセイの目が優しく細まる。
「そうだな。
俺たちは、超天変地異みたいな日常を守るためにここにいる。
どんな魔王が来ようと、どんな時間が止まろうと……俺たちは動き続ける」
スカーレッドが拳を握り、ハリウッドが静かに銃を構え直し、花びらをそっと地面に戻す。
ブルーが全員を見回して、力強く言った。
「よし。
一旦本部に戻って、傷の手当てと報告だ。
そして――次の作戦会議だぜ」
夜風が吹き抜け、ネオンの光が再び鮮やかさを増す。
遠くでサイレンが鳴り、街が日常を取り戻し始めている。
ユウセイは愛衣の手を握ったまま、一歩踏み出した。
「お前も、ちゃんと休めよ。
今日は……本当によくやった」
愛衣は兄を見上げて、にっこり笑う。
「ううん。お兄ちゃんこそ。
約束、守ってくれて……ありがとう」
二人の影が、屋上の端に長く伸びる。
そこに、他のガーディアンたちの影も重なる。
月が雲の間から顔を出し、静かに彼らを見守っていた。
――だが、どこか遠くの空の彼方。
銀髪の魔王は、頬の傷を指でなぞりながら、静かに微笑んでいた。
「逆行の欠片……か。
面白い。
次は、私も少し……『動いて』みようかしら」
彼女の周囲に、新たな氷の粒子がゆっくりと舞い始めた。
それは、停滞ではなく――これから始まる、何か新しい時間の予兆のように。
ソドムシティの夜は、まだ終わらない。
日常は、超天変地異のまま、続いていく。




