俺がついた嘘のせいで幼馴染が本気になった話
「うそ………」
カフェのテラス席に座る茶髪のポニーテールの女性がポツリと呟いた。その言葉には明らかな動揺が窺える。女性はフラフラと立ち上がると、何も言わずにそのまま出口の方へと向かった。途中何回かよろけそうになり、周りの客や店員に心配されながらも何とか店を後にした。余程の衝撃を受けたのか足取りは終始覚束ないようだった。
「…悪いことしたかな」
女性が去ったカフェのテラス席の向かいに一人取り残された俺、澤居柊太はボソッと独り言をこぼした。ムキになったとはいえ、あんな嘘をつくなんて…。まさか彼女があそこまでショックを受けるのは想定外だった。
どうしてこんなことになったのか。一旦状況整理のため説明するとしよう。
先程カフェから立ち去った女性は辻原日向子。俺とは物心が付く前からの付き合い、所謂幼馴染というやつだ。傍からは友達以上恋人未満に写っているらしく、昔から早く付き合えだの茶化され続けてきた。お互いに意識はしつつも周りからの茶々は否定する日々をずっと送ってきたのである。
そんな付かず離れずの関係が変わったのは別々の高校に進学することがきっかけだった。俺と離れた途端、日向子から彼氏ができたと唐突に連絡が来た。激しく動揺する俺を尻目に日向子は彼氏らしき男とデレまくるようなやり取りや写真を自慢気に俺に見せつけた。変わりゆく幼馴染の様子を見て俺は一人取り残されたような屈辱を味わう羽目になった。
以来、何となく会いづらくなって高校卒業間際まで来てしまった。メールではたま~にやり取りする程度だったが、今回お互いの卒業を祝すという体で久しぶりに直接会うことになった。が、これがまずかった。実に二年ぶりの再会と相成った訳だが、完全に垢抜けている日向子の姿を見た途端に思ってもみない言葉を俺は発していた。
「俺、彼女が出来たんだ。それに卒業したら一人暮らしするから同居も予定している」
俺の言葉を疑う日向子に対して俺は右の薬指の指輪と彼女にもらったとする手編みのマフラーを証拠としてこれ見よがしに出した。そして冒頭のくだりへと繋がる。
………無論これは嘘だ。俺に彼女はいない。というか今の今までいたことなんてない。俺が用意したのは小遣いを貯めて買った安物の指輪と母親に頼み込んで編んでもらったマフラーだ。はっきりいって見栄を張るために此処まで俺は用意周到にしていた。……正直虚しい努力だが、こうでもしないと日向子に会ったとき立ち直れない気がした。
しかし日向子の反応は俺の予想外のものだった。明らかにバレバレな嘘をついたつもりだが、あそこまで真に受けるなんて。寧ろ笑い飛ばしてくれた方がまだ良かったのに。今は俺の方が動揺している。せめて嘘をついていたことは後で謝ろう…。俺は心に引っ掛かりを残したまま、カフェを出ると本屋を二、三件回ってからトボトボ自宅に帰ることにした。
「ただいま」
「おかえり」
俺は力なく呟いた。俺の返事に対してあまり興味がないのか母親がいつも通りに返す。まあ、変に心配されるよりはまだいいだろう。俺は洗面所で顔と手を洗うとダイニングの扉を開けた。すると目の前に信じられない光景が飛び込んできた。
「おかえり。お風呂にする?それともご飯にする?」
「……………へ?な、な、何で俺の家にいるの???」
ダイニングの前に立っていたのはエプロン姿の日向子だった。奥のキッチンには母親が楽しそうに料理を準備している。俺は状況が掴めず、腰を抜かしてその場にへたり込んだ。俺の姿を見て母親が日向子の元へと駆け寄る。
「大成功ね、ひなちゃん♪見て、この柊汰の間抜けな顔。わざわざ靴まで隠しておいた甲斐があったわ」
「ありがとうございます、おばさん。いきなり無理言ってすみません」
「いいのいいの。ぜーんぶこのバカ息子が悪いんだから」
二人の楽しそうな様子を見て俺の頭の中に無数のクエスチョンマークが浮かんだ。そして未だ呆然とする俺に母親がネタバラシをした。
俺と別れた後、日向子はショックの余りしばらく町中をさまよっていたそうだ。その時買い物帰りの俺の母親とばったり遭遇。事の顛末を泣きながら告白したらしい。母親は俺の嘘に感づいていたこともあり、日向子を慰めるとすぐに俺へのドッキリを仕掛けることにしたのだった。俺がすぐに家に帰らないことを読んだ上でのことらしく、まんまと俺は引っ掛かったわけだ。
「本当に申し訳ございませんでした!」
俺は日向子と母親に向かって土下座した。日向子は笑っているが、母親は仁王立ちで俺を睨みつけている。
「全くバレバレの嘘つかないでよ」
「完全に騙されていたくせに…」
「柊太、お前が悪い!ひなちゃんを泣かせるなんて私が承知しないよ!」
「ごめんなさい!」
日向子は土下座する俺の前に屈むと俺の肩を優しく擦った。すると日向子も俺に対して恭しく頭を下げた。
「私の方こそごめんなさい。まさかしゅうちゃんとこんなことになるなんて夢にも思わなかったから動揺しちゃって」
「えっ…?何で謝るの?」
「実は私も嘘ついてたの。彼氏なんて最初からいないよ」
「は?……じゃあ、あの写真の男は誰?」
「あれは友達の彼氏だよ。メールとかのやり取りとかも友達に無理言って協力してもらったんだ」
「えぇ~……そこまでやるか…?」
俺もまた日向子にまんまと騙されていたのか。俺はヘナヘナと力が抜けた。母親は満足したのかコロコロと笑うと、そのままキッチンへ料理の続きに戻る。するとダイニングには俺と日向子だけが残された。
「はあ…何か疲れた。今までの気まずさは何だったんだ」
「本当にごめんね。私のせいで色々と気を遣わせるようなことして」
「い、いやもういいんだ。でも何で彼氏がいるなんて嘘なんかついたんだ?」
「……だって私たち、いつまでも関係が進展しないんだもん。ちょっとしたイタズラのつもりだったのにいつの間にか避けられるようになって凄く後悔してるんだ。…本当に馬鹿なことしちゃったなって」
「それならもっと早く言えば良かったのに」
「でも学校も別々になっちゃったし、弁解しようにもどうしていいか分からないし。つい意固地になっちゃって嘘をつき続けて…」
「でもさ、俺の嘘にあそこまで動揺したってことは俺のこともしかして…」
日向子の顔がみるみる赤くなっていく。これは図星だな。俺はニヤリとイタズラっぽい笑みを浮かべた。すると日向子が俺を抱き締めてきた。
「ああ、好きよ。しゅうちゃん、ずっと昔から貴方のことがね!これで満足?!」
「うんうん、満足」
「それならしゅうちゃんも答えてよ」
「好きだよ、日向子のことが。俺もずっと昔からね」
自分で言っておいて顔が真っ赤になっていく。我ながら顔から火が出そうなセリフを恥ずかしげもなく言うことになるとは夢にも思わなかった。でも後悔は全くない。
「てな訳でこれから恋人?としてよろしく」
「うん。……でも困ったな」
「何が?」
「だってしゅうちゃん、春から一人暮らしするんでしょ?私は地元の学校に行くけど、県外の学校なら遠距離恋愛だよね…」
「……ああー、そのことなんだけど」
俺が日向子に言いかけたとき、ダイニングに母親が料理を持ってやってきた。ニコニコの表情を見る限り、先程の俺たちの告白を聞いていたようだ。
「大丈夫よ、ひなちゃん。柊太は春から地元の予備校だから。だからまだしばらくは実家暮らしよ」
「か、母さん!」
「えっ?じゃあ一人暮らしというのも…」
「申し訳ございません!それも嘘でした!」
俺は再び日向子に土下座した。すると日向子は何かを考えているのか顎に手を当てている。そして少し時間を置いてから母親にある提案をしてきた。
「おばさん、もしご迷惑じゃなきゃ毎日来てもいいですか?」
「えっ?別に昔からの付き合いだから、私は全然構わないけど」
「ありがとうございます」
「え?え?え?どういうこと?」
俺の頭の上に再び特大のクエスチョンマークが浮かぶ。日向子はニヤリと笑うと俺の額にデコピンした。
「いて!」
「こうなったら何が何でも私と同じ学校に入ってもらうからね。そのために私もとことん付き合うよ」
「なっ!そんな…そこまでやる?」
「もう変なカマの掛け合いとか匂わせとかしない。これからは直球で行くからね。目一杯覚悟してね!」
得意気に胸を張る日向子を見上げると俺は何故かホッとした。ああー、やっと俺たちは以前の関係に戻れたんだ。と思っていたらもう一度日向子にデコピンされた。
「いて!」
「改めてよろしくね…その、恋人としてね…」
前言撤回。俺と日向子は以前以上の関係になったのだった。
※不備のため再投稿しました。
ご一読ありがとうございました