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 それまでこちらを揶揄うような態度を崩さなかったスヴェンが、そのアメジストの瞳に光を宿して見つめてくる。常に絶やすことのなかった笑みが消えたことで、アリシアも居住まいを正し、スヴェンに向き直った。そんなアリシアの様子に少しだけ目を伏せたスヴェンは、小さく深呼吸をするともう一度視線を上げた。


「私の本当の名前は、スヴェニエール・ルーカス・イエニムール。……隣国イエニムールの、現国王の弟だ」


 スヴェンの低く心地よい声が、思いもよらない事実を紡ぐ。あまりの言葉に、アリシアは目を見開いたまま息を詰めた。

 スヴェニエール王弟殿下と言えば、魔道具大国であるイエニムール帝国のトップ技術者だ。深い知識と、類稀な発想力、そしてそれを実現させるだけの技術を持つ、国家を代表する男。イエニムール帝国を魔道具大国たらしめた張本人であり、彼さえいればどんな国家でも転覆させることができるという、イエニムールの軍事力の要。パレスームが近年イエニムールに対する警戒を強め、軍力に特化した魔道具開発を進めているのは、彼の存在によるところも大きかったのだ。

 まさかそんな人物が技術協力としてパレスームに来ているだなんて……と、アリシアは信じられないような思いで目の前の男を見上げる。その視線に気づいたスヴェンは、アリシアの中に生まれた緊張までをも読み取り、苦く笑った。


「本来なら、今回のパレスームの技術協力にわざわざ私が足を運ぶ必要はなかった。まあ、光栄というかなんというか……私は帝国内では、軍部の責任者の一人でもあるからね。でも、今回はいろんな条件が重なって、私が直接乗り込むことになったんだよ」

「条件、ですか?」

「そう。まず一つ目は、パレスーム王家が最近きな臭い動きをしていたこと。これは、アリシアの方がよく知ってるんじゃないかな」


 スヴェンの確信に満ちた瞳で見つめられ、アリシアはこくりと頷く。少なくともアリシアが今の魔道具省に就職してから、国は年々攻撃力に特化した魔道具の開発・製作を重用するようになった。それに逆らうような働きをしていたアリシアが迫害されていた、その際たる原因でもある。

 アリシアが苦い表情で肯定したのを確認すると、スヴェンはアリシアの小さな手を取り、労わるように撫でた。


「パレスームが、周囲の国に対して良い感情を持っていないというのは、歴史的に見ても仕方がないことだとは思うんだけどね。それでも、近年のこの国の動き方は警戒すべきものだった。まさか、敵対視しているうちに技術協力を求めてくるとは思っていなかったけど……帝国側にそこまで気づかれているなんて思っていないのか、承知の上で派遣されてきた技術者を丸め込むつもりだったのか」


 「うちも舐められたものだよ」と、スヴェンが肩をすくめておどけるように笑う。しかしその内容は、とてもではないけれど笑えるようなものではない。いずれにしたって、帝国を軽視しきった行為だからだ。


「まあ、そういう状況だったから、本当に必要な技術は漏らさない……もっと言えば、適当に()()()()()嘘を言えるような人材を派遣して撹乱させようと、兄上は考えたわけだ」

「…………」

「そういう意味では、私は他の技術者よりも少し知識量が多いからね。今回の話には、もってこいだったんだよ」


 さらりとなんでもないことのようにスヴェンは言うが、実際は全然簡単な話ではない。相手からどんな技術協力を求められるかわからない状態で、それらしい嘘を交えながら話をするなど、アリシアでは想像できないほどの難しい話だ。文字通り、魔道具製作の技術に精通しているスヴェンでなければ、そのような芸当はできないだろう。


「二つ目に、私が元々君に興味を持っていたことだ」

「え……?」


 突然スヴェンの口から出てきた自分という存在に、アリシアはきょとんとした目でスヴェンを見上げる。聞き間違いだろうかと思ったが、スヴェンはまるで愛おしいと言わんばかりの瞳でこちらを見下ろし、力強く頷いた。


「実はね、私は以前から君の名前を知っていたんだ。アリシアは学園時代、魔道具のことについて色々と研究論文を出していたことがあるだろう? それを当時、私も目にしていたんだ」


 思わぬスヴェンの言葉に、アリシアは驚きで目を丸くしてしまう。まさかそんな昔から、自分という個人を認識してもらえていただなんて、思いもしなかったからだ。

 当時アリシアが書いた論文は、パレスーム国内では見向きもされなかった。何を今更当たり前のことを論文にしているのかと、あからさまに馬鹿にしてくる人間もいたくらいだ。

 まさかスヴェンにも、そう思われていたのだろうか。羞恥心に顔を真っ赤に染めて、アリシアは消えいるような声で呟いた。


「お、お見苦しい、ものを……」

「見苦しい? まさか! あんな素晴らしい論文は初めて読んだ。だからこそ、君の名前を覚えていたんだから」


 そうしてスヴェンが語ってくれたのは、当時のその論文がスヴェンに、ひいてはイエニムール帝国に与えた衝撃と成長だ。どれだけ多くの人間がアリシアの論文を目にし、感動を覚えたか。どれだけの技術者がアリシアの論文を参考に、新しい技術を開発したか。アリシアの論文を元に開発された魔道具や技術の中には、パレスームですらその存在を知っているようなものも多くあって、アリシアは信じられないような思いでスヴェンの言葉を聞いていた。

 当時、アリシアが酷評される原因にもなった論文が、まさかそんなことになっているだなんて。アリシアは、当時悔しさに拳を握りしめた自分自身のために、涙を堪えることができなかった。

 そんなアリシアを慰めるように、スヴェンはアリシアの腰に回していた腕に力を込めて、軽く抱き寄せる。目の端から溢れる涙を反対の手で軽く拭うと、そのままぽんぽんと頭を撫でながら、言葉を続けた。


「あれだけの素晴らしい論文を書いた人物に、一度会ってみたかった。当時、あの論文がパレスーム国内で全く評価されていないことを知っていたから、もしかしたら魔道具製作の道には進んでいないかもしれないと思っていたけれど……でも、一年の間になんとか見つけ出して、もし不遇な境遇にいるなら、イエニムールで技術者の道を用意したい。そんな風にも、思っていたよ」

 

 思いやり溢れるスヴェンの言葉に、アリシアは正しく自分の努力が報われたと思えた。これだけの人物がそこまでの評価をしてくれるだなんて、想像もしていなかった。

 この世界に生まれ変わってから、誰でもいいから一人だけでも自分を肯定してほしい。すでに諦めかけていた夢が、ようやく叶ったのだ。


「そして三つ目が、周辺国からイエニムールに対して、庇護を求める嘆願書が多く寄せられていたことだ。理由は言うまでもなく……パレスームからの圧力によるものだね。兄上としては、王家に連なるものが直接パレスームに乗り込んで話をつける、というパフォーマンスをしたかったらしい。……まあ、これは私がパレスームへ行く気になったから、ついでみたいなものなんだけど」


 スヴェンの話では、そうした様々な思惑が重なって、スヴェン自身がパレスームへ来ることになったのだそうだ。スヴェンが技術者としてやってくることになる条件の話も聞いた。スヴェン本人は失礼な話だと憤っていたけれど、アリシアからすればそうした心配も当然なのでは?と思えた。魔道具省には元々女性は少ないけれど、ベルを筆頭に女性陣の多くはスヴェンに熱をあげていた。アリシアが特別だっただけなのだ。


「……そんな変な条件を突きつけられていたから、なかなか君に言い出すことができなかった。不安な思いをさせてしまって、本当にすまない」

「いいえ……国同士の話ですから、仕方がないです。私の方こそ、信じられなくてごめんなさい」


 理由がわかれば、スヴェンの態度は至極当然だと思える。むしろ、そんな状況の中でアリシアを屋敷に同居させてくれ、あれだけ態度で示してくれていたのは破格の待遇だったに違いない。そう気づいてしまって、むしろ子供っぽい態度をとってしまったアリシアの方が恥ずかしくなってしまい、肩をきゅっと縮こまらせた。



「……でも、いいんですか? 結局、約束を破っちゃったことになりますけど……」


 全てが明らかになった後、アリシアが気になったのはその一点のみだ。先ほど思いが通じ合ったことは、アリシアにとって喜びでしかなかった。しかし、スヴェンの立場を考えると、それはいけないことだったのではないだろうか。

 不安になったアリシアがスヴェンを見上げると、そんな心配はどこ吹く風、と言った様子で、自信たっぷりににやりと笑う。


「大丈夫だよ。そもそも、君を手放すつもりなんて最初からなかったんだから。少し時期は早くなったけど……そろそろ、決着をつけようか」




 

 

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