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「でき、た……」
呆然とした様子で呟いてはみたものの、アリシア自身、未だに信じることができない。あれほど切望し、自分の人生の目標だとまで思っていた魔道具が、今実際に目の前にあるのだ。実際の効果はまだ試していないが、不思議とこれは絶対に完成しているという、妙な確信があった。
隣で様子を見ていたフィリアが、感動したように声をあげる。
「おめでとうございます、アリシア様! すぐ、旦那様にも報告してきますね!」
言うが早いか、そのまま部屋を飛び出していってしまったフィリアに苦笑するも、そのままアリシアはふわふわとした心地で天井を見上げ、大きく息を吐き出した。そして少しの寂しさが胸をよぎる。魔道具の完成は、同時にこの家から去ることを意味していたからだ。
元々この同居は、アリシアが自力で魔道具を完成させるため、躍起になっていたためだ。その目標のために生活基盤までぐちゃぐちゃになってしまっていたアリシアを見かねて、スヴェンが助け舟を出してくれていたに過ぎない。
その原因となっていた魔道具が完成した今、アリシアがこの家にいる理由は何もなかった。ここ最近のスヴェンの様子で、もしかして好意を持ってくれているのでは、と思うことは多々あったが、それでも口に出して言ってもらえないのであれば……。スヴェンにとってアリシアとの関係は、きっとその程度だということなのだろう。
「……早く、出てかなきゃ……」
ぽつりと口に出した言葉で、アリシア自身の胸がずきりと痛む。すると、その痛みに気づいたように、背後からふわりと、たくましい腕がアリシアを包み込んだ。
「誰が、出ていくって?」
「っ……スヴェン、様……」
魔道具の完成を一番に共有したいと思っていた人物の声が聞こえ、その腕のぬくもりに泣きそうな声が漏れる。そんなアリシアに、逃がさないとでも言うように、スヴェンが腕に力を込めた。背中にスヴェンの鼓動を感じて、余計に涙が込み上げてしまう。
「スヴェン様……魔道具、完成したんです」
「ああ……フィリアから聞いたよ。本当によく頑張った、おめでとう」
労わるようなその声に、「ああ、好きだなあ」と思う。記憶を取り戻してからずっと、こんな風にまた誰かに心を持っていかれるような経験をするなんて、思っていなかった。同じだけの気持ちは帰ってこなかったけれど、それでも後悔はしていない。少なくとも、今はまだ。
アリシアは、その思いを振り切るようにスヴェンに向かって振り向き、出来うる限りの笑顔を浮かべてスヴェンを見上げた。
「ありがとうございます。全部、スヴェン様のおかげです。……だからもう、このお屋敷からは、出ていきますね」
笑っていたいのに、唇の端が震えてしまう。胸が痛くて、うまく呼吸ができない。黙ってこちらを見つめるスヴェンから目を逸らしたくないのに、自然とアリシアの視線は下がってしまった。
「職場でも、もう、大丈夫です。ライアン様とか、他の方も……以前より、声をかけてくれる人が増えました。スヴェン様に守っていただかなくても、一人でやっていける」
「……だからもう、私のことは不要だって? 私の気持ちは、全く君に届いていなかったのかな」
悲しいよ、と、本当に寂しそうに呟くものだから、アリシアの涙腺はとうとう決壊してしまった。俯いたままぽろぽろと涙がこぼれ落ち、絨毯を濡らしていく。両手でぎゅっとスカートを握りしめて、思わず大声で叫んでしまった。
「……だって! スヴェン様は、何も言ってくださらない! ……私はもう、弄ばれて捨てられるのは、怖い……!」
(ああ、言ってしまった)
身を切るような思いで叫んだのは、醜いアリシアの本音だ。過去に捨てられてしまったこととスヴェンは、何も関係がない。アリシアがスヴェンを好きになってしまったことだって、スヴェンには関係がない。それなのに、浅ましくも何か確信できる言葉が欲しいだなんて、傲慢にも程がある。
唇が切れてしまいそうなほどぎゅっと噛み締め、何とか気持ちを落ち着けようと大きく息を吸う。胸に詰まった思いごと全て吐き出してしまおうと息を吐くと、そっとスヴェンの手が伸びてきて、優しく顎を持ち上げられた。
そのままスヴェンの顔が近づいてきたかと思うと、唇に柔らかな感触が触れる。驚いてアリシアが目を見開いたまま固まっていると、それを良いことにスヴェンは、何度も何度もアリシアに口付けてきた。
「っ……ふ、ぁ……?」
「……ああもう、本当に……だめだ、我慢ができない……」
可愛すぎる、と呟いたスヴェンに、感極まったように抱きしめられて、アリシアはもうなすがままだ。そのまますっぽりとスヴェンの腕の中に収まっていると、さらりとしたプラチナブロンドの髪へと愛しげに頬ずりされる。何度も頭頂部にリップ音を立てて口付けられて、ようやくアリシアは我に返った。
「ぇ、あ、え?スヴェン、さま……?」
「全く……せっかく人がこんなに我慢してたっていうのに、とんでもない勘違いをするんだから……柄にもなく、焦ってしまったじゃないか」
苦笑まじりにそう言われて、アリシアがその意味を理解するよりも早く、スヴェンはもう一度アリシアにゆっくりと口付けた。まるで愛しむようなそれは長く続き、アリシアの息が続かなくなってきた頃にようやく唇が離れる。ぼんやりと、垂れ目気味のアメジストのような瞳を見上げるアリシアに向かって、スヴェンは大事な宝物をそっと見せてくれるような慎重さで口を開いた。
「……好きだよ、アリシア。この世の誰よりも、君を愛してる」
「っ…………!」
そうして告げられた言葉は、乾いた土に染み込んでいくようにアリシアの胸に広がっていく。待ち望んだ言葉がようやく与えられたアリシアはしばらくの沈黙の後、震える手でようやく、スヴェンを強く抱き返したのだった。




