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「……あの……ちょっと、いいかな」


 そう言ってアリシアに話しかけてきたのは、同僚の一人だった。名前を、ライアンといっただろうか。

 かつてリドルと一緒になって仕事を押し付けてきていたときには、あんなに居丈高な様子だったのに、今のライアンは恐縮しきりという様子で、しきりにこちらを窺っている。


「はい、なんでしょうか」

「あの、さ……前にハリス嬢が担当してくれた、この魔道具なんだけど……どうしてこういった式になっているのか、教えてほしくて……」


 そういって差し出されたのは、確か三年前くらいにライアンから押し付けられた魔道具の基盤だった。差し示されているのは、当時アリシアが修正した部分の記述である。質問の意図は理解できたものの、まさかそんなことを聞かれる日が来るとは思わなくて、アリシアはオッドアイの瞳をぱちくりと瞬かせる。その様子に何を思ったのか、ライアンは慌ただしく両手をばたつかせながら、言い訳のような言葉を言い募る。


「別に、あの、教えたくないなら、全然いいんだけど! でも、もし許してもらえるなら、その……どういう処理をしているのか、知りたくて」


(あのときみたいに、私に押し付けてくるのかと思ったのに)


「ど……どう、かな……」

「……はい、私でよければ、喜んで」


 なんだかむずむずするような心地で、にこりと笑って肯定すると、ライアンは途端に顔を真っ赤にしてしまった。どうしたのだろうかと首を傾げたが、ライアンは誤魔化すように笑って、いそいそとアリシアに椅子を勧めてくる。


「あ、ありがとう! それで、あの、これは……」

「はい、ここですよね。これは、前の術式が全て消えてしまっていたので、前後の内容から処理の中身を推測して……」


 訝しみながらも勧められるまま椅子に座り、隣に腰掛けたライアンの手元を覗き込んで、該当の術式を指差す。前後の式の処理内容を説明し、この魔道具の最終的な挙動から、該当部分の処理内容……と、丁寧に説明をしていった。最初こそ、なんだか浮ついた様子でちらちらとアリシアの方を盗み見ていたライアンだったが、次第に目を見開き、最後の方は真剣な表情でアリシアの話を聞き入っていた。


「……ですから、この部分にこういった処理を加えたんです」

「なるほど……でも、それならこっちを変えず、元の部分でやりくりした方が修正範囲は少なかったんじゃないのか?」

「はい、それでもよかったんですけど……それだと、魔力効率が悪くなるんです。だから、確認が面倒でも、こちらの方が出力は良くなるかなと思って」


 一通りの説明を終える頃には、なぜかライアンがキラキラした目でアリシアを見ているという奇妙な状況になってしまった。


「ああ……ありがとう、ハリス嬢! おかげで、良い修正案がわかったよ。勇気を出して聞いてみて、よかった」


 そして、照れたような顔でそう言われてしまえば、今度はアリシアの方が顔を赤くしてしまう。何とも言えない空気が漂い、気まずい思いをしていると、ライアンが重い口を開いた。


「あのさ……以前は、感じ悪い態度をとってしまって、ごめん。こんなに優秀な人を、あんな風に扱うなんて、本当にどうかしてた」

「ライアン様……?」

「今後はさ、俺とも仲良くしてもらえないかな。また、色々教えてほしいんだ」


 だめかな?と目線で問うてくるライアンに、アリシアが否やと答えるはずがない。胸がいっぱいで言葉がなかなか出てこなかったけれど、何とかこの気持ちをライアンに伝えたいと思った。

 しかし、ようやくの思いでアリシアが口を開いたところで、思わぬ邪魔が入ってしまう。


「やあ、アリシア嬢。ちょっといいかな?」


 にこやかな笑顔を浮かべながらやってきたのは、スヴェンだった。しかし、その柔らかな表情とは裏腹に、スヴェンが醸し出す空気は冷たく、全く笑っていないその視線はまっすぐにライアンへと向かっている。ついでのようにアリシアの腰に手を回して引き寄せられてしまえば、文句を言おうとしたアリシアから言葉は失われてしまった。


「え、あの、スヴェン様……」

「話を遮ってしまってすまないね、ライアンくん。続きはまた次回に回してくれるかい?」


 最初は、スヴェンのあまりに強引な様子にぽかんと呆けていたライアンだったが、話を向けられると慌てて「もちろんです!」と答えて、逃げるように去っていってしまった。その背中に声をかけようとするが、それを遮るようにスヴェンが身体を割り込ませてくる。あまりの態度にアリシアが非難の目を向けたが、スヴェンは気にした風もなく、肩をすくめるばかりだ。


「……スヴェン様」

「はは、そんなに睨まないでくれ。悪かったから」


 そう言って、子犬のような目で見てくるものだから、アリシアはもう何も言えなくなってしまう。

 最近、スヴェンの態度が劇的に甘くなったことに、いくら鈍感だと言われるアリシアでも気づいていた。きっかけがあの事件であることは、明らかだった。起き抜けで話したこともあって、アリシアの自室でのことは夢でも見たのではないかと思っていたのだが、あれ以来スヴェンは、ことあるごとにアリシアに触れ、目線で、態度で、アリシアが大事だと伝えてくる。


(いつの間にか、名前で呼んでるし……)


 先ほどだって、まるでやきもちでも妬いてくれているのではないかと気づいてしまえば、アリシアが強く出られるはずもない。ただ、それでもアリシアを不安にさせているのは、未だはっきりした言葉をスヴェンが言ってこないからだった。

 それがまるで、前世で有栖を捨てた男と似ているから――だから、アリシアはまだ、スヴェンを信じるわけにはいかなかった。


 それでも、刻一刻とタイムリミットは近づいている。

 そしてとうとうその日が来てしまった。


 ――鉱石病を治療するための魔道具の、完成だ。



 


 

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