13(リドル視点)
そうして、一ヶ月で劇的な変化を見せて表情も明るくなったアリシアとは裏腹に、暗い表情を見せる集団がいた。リドルを含む、アリシアの同僚たちだ。
彼らは今、大きな窮地に立たされていた。アリシアという、仕事を押し付ける先がなくなってしまったことで、気が向かない作業でも手をつけざるを得なくなってしまったのだ。しかも、最近ではどんどんアリシアが業務効率を上げてきているため、どんなに彼らが努力をしても、アリシアの作業スピードに到底追いつかない。結果として、上司たちから常に叱責を受け、さらに鬱憤を溜め……という、悪循環に陥ってしまっていたのだ。
アリシアが残業せず定時で帰るようになった一方で、彼らは深夜になっても全く仕事が終わらない。アリシアに押し付けるのではなく、協力を願い出ればよかったのかもしれないが、これまでアリシアを見下しの対象としていた彼らにとって、自分たちが下手に出るなんてプライドが許さなかった。
そうして、彼らの表情はどんどん暗くなっていく。
「……なあ、リドル。終わったか?」
「………………」
「やめとけ、ライアン。最近あいつ、気が立ってんだから」
そうして嗜められた同僚が面白くなさそうに机に戻っていくのを、リドルは一際昏い瞳で見遣った。その目は光を失ったように澱み、一ヶ月前のニヤニヤとアリシアをいたぶっていた頃の面影はどこにも見つけられない。
そんなリドルの頭を占めているのは、アリシアの事ばかりだ。
(……許さない、この僕を置いていくだなんて)
リドルがアリシアと初めて出会ったのは十三歳の夏、兄であるカイルが婚約を決め、相手の家族を招いて開いた食事会の席でのことだった。
絹糸のように細い、まっすぐなプラチナブロンドの髪と、まるで人形のような金と青のオッドアイ。薄い黄色のドレスから伸びる腕はびっくりするほど細く、触れれば簡単に折れてしまいそうな華奢な身体を持つアリシアは、リドルにとって作り物のような存在だった。
両親たちが話している様子を黙って聞いている控えめな様子も好ましく、この人が自分の姉になるのかと思うと、ドギマギせずにいられなかった。
それが己の初恋であると自覚するのに、そんなに時間はかからなかった。兄であるカイルが、優越感たっぷりの顔で、リドルに向かってこう宣言したからだ。
「……弟の分際で、俺の婚約者に手を出そうなんて分不相応なこと、考えんなよ。あいつは俺のものだからな」
このときのカイルの顔が憎くて憎くて、リドルは未だに忘れることができない。そして同時にこのとき誓ったのだ。必ず兄から、アリシアを奪ってやる、と。
そうして差し向けたリドルの同級生のダリル男爵令嬢リリーナに、カイルはいとも簡単に食いついた。昔から、カイルは守ってあげたくなるような弱々しい令嬢に目がない。アリシアは、見た目こそ儚げな印象ではあるが、中身はそれに反して非常に反骨精神の強い気質であることに、カイルは早々にうんざりしていたのだ。これまでアリシアとの婚約を解消していなかったのは、単に父親がそれを認めなかっただけだ。アリシア以上に好条件の婚約者候補が現れれば、カイルが婚約解消のために積極的に動いていくであろうことは、想像に難くなかった。
そういった意味では、ダリル男爵令嬢はうってつけの人材だった。身分こそ男爵令嬢だが、実家は元々大きな商家で莫大な資産を持っている。国内でも指折りの資産家であるということから、男爵の身分を与えられたという経緯のある家だった。野心家のユガレン伯爵にとって、その財産は大きな魅力として移ったに違いない。
リドルたちの卒業パーティーで、リリーナはカイルに婚約者としてのエスコートを希望した。その希望を叶えるため、カイルはまんまとアリシアに婚約解消を申し出たのだ。その話を聞いたときには、興奮を抑えるのがとても難しかった。
これでアリシアを自分のものにできる。カイルによって瑕疵のついたアリシアを、自分が同情してもらってやるのだという筋書きは、しかしここで大きく道を逸れることになる。
よりにもよってハリス伯爵が、アリシアを家から追い出してしまったからだ。これでは、自分との身分の釣り合いが取れなくなってしまう。しかし、まだ成人してもいないリドルにできることは、何もなかったのだ。
もう少しで手に入れられるはずだったのに、またこの手をすり抜けていってしまうのか。
そういったリドルの歪んだ愛情は、アリシアに嫌味を言ってその表情を崩すことでしか、満たされなくなってしまっていた。
しかし、そんなささやかな反発すら、もう叶わない。
三ヶ月前にやってきたスヴェンの手によって、アリシアは守られるようになってしまったのだから。しかも、それと同時期からアリシアは目に見えて綺麗になっていった。これまでリドルと一緒になってアリシアを虐げてきた同僚たちまで、思わず見惚れてしまう瞬間があるほどに。
周囲の人間がどうかは知らないが、リドルの目から見ればスヴェンがアリシアに好意を持っているのは明らかだ。
もし、アリシアの変貌の理由が、スヴェンに対する好意によるものだとしたら。
(……そんなの、許せるはずがない。手に入らないのなら、いっそのこと…………)
無理矢理にでも、誰のものにもならないようにすれば良い。
そんな仄暗い思考を巡らせながら、リドルは目の前でゆらりと光を放つ魔石を、指で弾いたのだった。




