ディストピアなんかじゃないもん!
「10時30分を過ぎました。『黒瀬と姫の雨宿りラジオ』の時間です。本業画商の黒瀬です」
「数学者の姫です」
「今日の夕飯は姫と天ぷらを食べました」
「うまかったー。エビフライ最高」
「ねぇ。茄子とかも」
「皆が行ったことないような高級店。スーパーの安物と比べて味違うの分かったよ、今日ののがウマ」
「それは良かった。
「さっそくお便りを読んでいきましょう。『ヒグマの思ひ隈』さん。黒瀬さん、姫、こんばんは。毎週聴いていて、先週に姫がりんごジュースが好きだと言っていたので久しぶりに飲んでみたらハマりました。オレンジジュースしか置いてない飲食店潰し、手伝います。
「手伝わないで下さい」
「お便り読んでる途中で意志持つなよ」
「うちの姫が辛辣」
「あ、ぶった切ったついでにさ、オモイグマってなに? ラジオネームの」
「思いやりという意味の……古文単語かな」
「どこで言い淀んでんの」
「思ひ隈が現代語か古文単語か迷ったんですよ。ほら、使われてないくせに現代語に分類される言葉もあるじゃないですか」
「ああはい」
咳払い。
「そんな姫と黒瀬さんに聞きたいことがあります。英語の授業でディベートの単元がありました。そこのディベートの一つが『動物園にいる動物は幸せか』です。無理じゃないですか? 動物園は人間のためにあるので動物を最優先に考えたらディベートが成り立たないと思います。
「動物園有りか無しかだったら、有り派は種の保存、研究、情操教育を主張して、無し派は狭い檻、人前はストレスなんて言えます。ですが動物にとって動物園が幸せだと言えそうなものってありますか。有り派の主張はすべて人間視点になります。教科書には安全、飢餓の心配がない、寿命が延びるなどと書いてありましたが全く幸せじゃないと思います。何故なら、寿命が延びるという意見の反論として『像はかえって寿命が短くなる』と書いてあるからです。
「像は賢い動物なので知能が高いほどあの環境にストレスを感じているということではないでしょうか。だとしたら動物園に暮らす動物たちは不幸で、ディベートのテーマとしてふさわしく無いですよね。どうか『動物園にいる動物は幸せである』という立場で根拠を考えてください。
「という」
「俺ディベート苦手だし」
「ええ、姫は感情優先ですから……」
「貶してる?」
「いえ全く。私も自分の気分が一等ですから」
「は? 嘘じゃん。損得で動く合理主義者じゃないの」
「そう誤解されがちなだけです。友人にも『君ほど非合理的な友はいない』と言われました」
「その友人の交友関係狭すぎん? 俺と会ったら宇宙人扱いしてきそう」
「その方、アメリカ人のエリートですので周りにロジカルな人が多いとは思います。
「それで、私は動物園にいる動物は幸せだと思います。何故なら……?」
「えーやっぱり安全? 弱くても死なない?」
「して、それで動物は幸せなんでしょうか」
「はーうざ。黒瀬が考えてよ」
「ん-そうですね」
「あった。安定して充実した人生が送れる。ゆりかごから墓場まで」
「……ゆりかごから墓場まで、を動物園の話題で使うのはちょっと」
「そんなマズった?」
「それを言うと、福祉社会は国という大きな動物園で人間を飼育している。というような解釈が可能というか」
「そんな意図ない。ないから」
「無いならよかったです」
「……あるかも」
「ん?」
「SF小説みたいだよね。客の視線は防犯カメラ、与えられる餌は貴方に最適な食事に相当するでしょ」
「健康を国が管理する社会ですか? ディストピア味が強い」
「ディストピアじゃねーし。理想郷ですが?」
「失礼しました。確かにSFでは悪い世界のように評されることが多いものの結構幸せでしょう。少々気味悪く感じてしまいますが」
「俺、グロ漫画グロアニメ、グロ小説も好きだからストレス強すぎるもの規制。ってなるのは嫌だけど身体面の健康は別によくね? あ、でも美味しーもの食べたい」
「一日の一食二食は好きに食べて、それを踏まえて最適な料理を決めてくれるんじゃないですか」
「あり」
「だとしてもエナドリの類は無くなりそうですね」
「んー別に好きじゃないからいーや」
「あらあら。こういう所がロジカルじゃないと言われるんですよね」
「うるさい」
「調子に乗りました。すみません。
「次のお便りにいっても? ……ラジオネーム『梅林girl』さん。黒瀬さん、姫、こんばんは。お二人は真逆な所が多い印象です。例えば、黒瀬さんは構いたがり、姫は構われたがり。黒瀬さんは外向型、姫は内向型。マルチリンガルと英語が苦手な姫。
「英語のできない数学者って本当にいるんですか? 論文も読まないといけませんし、英語が出来ないと言ってもどの程度できないのか気になります。そして、英語できないと不便だと思いますが勉強する意思はありますか?」
「中学英語までならできる」
「読みだともう少しできてますよ」
「うん。あと有名な数学用語なら読み方わかんないけど意味わかりがち」
「それじゃあ、学ぶ気は?」
「あるわけねーじゃん。俺ベンキョー嫌い」
「だそうです。姫は興味あることしかできないみたいで」
「ま・ず・さ~、今後はグローバルがどうのこうので英語は必須だとか言う人いるけど! 1、翻訳機の性能はますますよくなっていく、2,日本語の専門用語も覚えてないのに英語で専門的な会話とか現実的じゃない。姫は数学者と話すとき『あーと、こうこうなってこれがああなるやつ……』『ふんふんの定理ですね』なんて会話してんだぞ」
「ええ、ちゃんと数学を知っている人じゃないと姫と数学談義は難しいです」
「3,翻訳家を通してでも姫と会話する価値はあるし、」
「多くの科学者が姫と話したがっています。翻訳家を雇ってでも。だって姫と話すためにわざわざ日本に来る方もおられるんですよ。まあ私が翻訳をするので相手側が雇う必要はありませんが」
「4,どうせ黒瀬は隣にいたいでしょ? 理由付けが出来ていいじゃん」
「姫が英語を話せたら、私はただ姫の後ろに控えている金魚の糞になってしまっていたかも」
「5,海外行った時も外国は危険だからって一人で外歩かせてくれないし。でもそんな理由で外国でいつでも一緒に居たらその国の人に失礼だもんね」
「た、しかに。でしたら姫が英語を話す必要はありませんし、姫が話さないメリットもありますね」
「でしょ」
「姫が英語を勉強しないための論理武装が出来たところで次のお便りに行きましょうか。『主席の手跡』さん。初めのシュセキは主席合格とか、後のシュセキは筆跡を意味する方のシュセキです」
「じゃあ筆跡でいいじゃん」
「まあそうなんですけど」
「そういうのウザいよね、英語でよくある」
「あーありますね。requireとneed、effortとstruggle、日本語だと用意と準備、徒競走とかけっこですか」
「ごめんなさい、すみません」
「申し訳ございません」
「悪い。……悪かった、とかの方がある?」
「どちらもありますよ。
「お便りを読み上げます」
「はいどーぞ」
「黒瀬さん、姫、こんばんは。私は真の意味でカエル化現象を起こします。なので異性の冷める行動という意味でカエル化現象を言っている人を見るともやもやします。どうしたらいいですか」
「あれでしょ。黒瀬の意見は『言葉というのは移り変わりゆくものですので~……』ってやつでしょ」
「まあ、そうですね。
一応説明しておきますと、元々は、好きな人が振り向いてくれると避けてしまう現象をカエル化現象と言いました。避ける原因は主に2つあり、1つは自分に自信が無いからこんな自分を好きになるのが信じられない、見る目無いと思ってしまう。もう1つが追う恋が楽しくて振り向かれると冷める、です。
それが今では、どんなに好きでもこの行動されたら冷める、好きじゃなくなる、といった意味でも使われるようになりました」
「ほうほう。解釈違いみたいなもんか、どっちも」
「ええ」
「自分みたいな人を好きになるなんて解釈違い、振り向くなんて解釈違い、店員さんにタメ口なんて解釈違い」
「ですので、私は真の意味でのカエル化起こす人です、ではなく、元の意味で、昔の意味でカエル化起こします。と心の持ちようを変えてみてはいかがでしょうか。そうすることでもやもやも解消され、楽になれると思いますよ」
「このリスナーさ、カエル化起こすって自認してるってことは何度も好きな人に振り向いてもらってるってこと? モテんじゃん」
「最低一回は、では? それにもし両想いになったら、と妄想して嫌だと思ったのかもしれません」
「そか」
「こちらと似たような回答になるお便りが他にありまして。読み上げます」
「はいどうぞ」
「『水質御宅』さん。最近、若い部下と雑談していると漫画オタクと自称してきました。自分もオタクだったのでどんな漫画が好きか聞いてみると本当に流行り物しか言ってきません。似非オタクが多くて困ります。自分らの世代では蔑まれながらも誇りを持っていたのに、どうしてこんな似非オタクが存在してしまっているのでしょうか」
「これも意味が変わっただけだと」
「だけかと言われるとまた違いますね。ですがそれで簡単に説明が付きます。昔は、漫画やアニメが好きな人たちにコミュ障が多かったことで、相手を『御宅』と呼んだんですね。この二人称は今でも使われていますね、御宅の会社ははどう? 御宅は映画はよく見るの? など。それでサブカルチャー好きがオタクと言うようになりました。ここから趣味などに凝っている人をオタクと呼ぶようになります。○○マニアや××博士という意味でオタクが使われるようになったんですね」
「ずっと家にこもってるから『お宅』だと思ってた」
「本当ですか」
「黒瀬の説明だと、リスナーの部下が似非オタクってことには変わりなくない?」
「アニメオタク、漫画オタク、ではなくもっとニッチに特定の漫画や作家に詳しい人もオタクになるので、その部下は有名な漫画にとても詳しい可能性があります。キャラクターの誕生日だとか、イベント参加、グッツ購入、考察・深掘り。
それに私は、オタクと言う意味には何かに対して深く知っている、愛している、という意味以外にサブカルチャーををよく見る、という意味もあるのではと思います。三次元系文化よりも二次元系文化をよく見てる人、という場合も自身をオタクと呼んでも私は違和感を覚えません」
「俺も。オタクの意味は2つあんだね、なんか1つに詳しい人とオタク界隈に属してる人」
「と、私は考えます」
「ねね、じゃあさ。推しって言葉もオタクって言葉も最近つくられたじゃん? 昔の人ってそういうのなかったの?」
「うーん、織田信長は茶器収集をしていたようですし、1860年代にはヨーロッパの方で切手収集家たちを切手狂いと呼んでいたそうですから、昔からオタクやマニアはいたんだと思いますよ。ただ、人々に余裕が出てきたから趣味にお金を掛けられるようになったのかな」
「そっか。ちょっと前までカツカツで生きてきてたんだもんね、人類」
「ええ。ただ、ここまで推し活が流行るのは個人主義の弾頭も関係あるかもしれませんね」
「ふむ?」
「フランクフルト学派の社会心理学者フロムはナチスを支持したドイツの人々の性格について、封建的な束縛から解放された現代人は自由にともなう孤独や無力感に耐えられず、権威に対して自ら服従、同調すると主張しています。権威に対してどうこうは置いておいて、自由にともなう孤独や無力感に耐えられない、という所だけを拝借すれば、どうです?」
「納得した。社会心理学だとなんかあれも無かった? 自己実現への道」
「マズローの欲求階層説でしょうか。人間の欲求は5段階に分類でき、まずは生理的欲求、これが叶うと安全の欲求、次に所属と愛情の欲求、承認の欲求、最後に自己実現の欲求」
「それだわ。日本人の大半が自己実現の階層に到達してるけど自己実現したい夢、目標がないのかなって言おうとしたけどオタクは所属の欲求かな」
「そうですね。生理的欲求、安全の欲求は日本で滅多に脅かされはしませんから所属感、愛情に飢えているのかもしれませんね」
「いや駄目だ」
「なにがでしょう?」
「元祖オタク、ダサいチェックシャツ着てる人だけがオタクって呼ばれてた時代も十分飽食の時代でしょ。なんでオタクの意味が変わったのか説明できてない」
「物の種類が増えたから、とかで説明付かないでしょうか。アイデンティティを身に着ける必要が出てきたから。もしくは、アニメ、漫画などのコンテンツが大きくなりすぎて全てを網羅することなんて不可能になってしまった。その結果、ニッチにさらに狭く、さらに深くという形になった」
「それか昔は1つの作品ごとに供給が乏しくて、それにプラスしてSNSとかで発信できなかったから数作品で身いっぱいにはならなかった。今もさ漫画オタクっているけど、そいつらはグッツ買わないがちなのね。漫画を沢山買うからグッツまで買ってられないしイベントもサイン会以外行ってられない」
「確かに今は人気になるとコラボカフェ、コラボグッツと供給がありますから1つ、保険で数作品推していたら幸せですから」
「今でもマイナー漫画の二次創作だとかマイナーカプ、マイナー性癖だと供給乏しくて何週もするアンド周辺界隈さぐるもん。これが古のオタク?」
「今日は4つもお便りを読みましたね」
「話題を広げられなかったと」
「そんな卑下しないで下さい。では皆様、また来週」
誰も見てないのになに黒歴史つくってんだろうと思っていましたがアクセス解説を見ると見てくれている人がいるようなので続きを書きました。とは言いながら受験生なので自粛するつもりです。ネタも切れたし。