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祈りの機神と騎士の刃  作者: 日鷹久津
姫と騎士
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機神来たりて①

その日は朝から嫌な予感がしていた。

 魔法とか予知とかそういうことを抜きにしても、そういう感覚は大事にするよう教わっていたこともあり、彼はその日の重大な任務に一層気合を入れていた。


 ひときわ高い瓦礫の上に立ち、周囲を見回す。

 あたりは岩と瓦礫ばかりで草も木も生えていない。空は重くのしかかるような雲が立ち込め夜のように暗い。360度変わり映えのない景色には何の異常もない。だが嫌な予感は胸にずっと残っている。

 いつでも準備は出来ていると、彼は腰に帯びた剣の位置を正した。


「ゼオ!」


 ゼオと呼ばれた青年は声のしたほうへ顔を向けた。彼のいる瓦礫の下で、男が腕を振っている。彼はファンガルといい、その身体は毛むくじゃらで、口から覗く牙は鋭く耳は頭の上に二つピンと立っている。

 平たく言えば彼は狼の獣人だった。昔は魔物として扱われていた種族である。

 

「お姫様が呼んでるぞ。見張りは代わるから、行って来な」


 おうと返事をし、瓦礫から飛び降り着地する。見張りをしている間保ち続けていた緊張感が途切れ、ふうと息が漏れた。


「おいおい、気ィ張りすぎだぜ。気合が入んのもわかるけど、ほどほどにな」


 そういいながらバンバンと背中を叩いてくる。

 ゼオが小柄なわけではないが、ファンガルと二人並ぶと親子ほどの対格差がある。

 だが短い付き合いでも、彼が見てくれとは違う気さくでいいやつだということをゼオは知っていた。むしろマイペースすぎて呆れるくらいで、嫌な予感に気が気でないゼオと違ってこの状況を楽しんでいるようだった。


「お前が気楽すぎるんだよ。あくびしてるとこ見られたりするなよ?」


 ファンガルの返事ははいはいと気楽なもので、呆れてため息が出た。


(まあ、気持ちはわかるけど……)


 そのままゼオはファンガルの言うお姫様の居る場所へ向かった。




 瓦礫に囲まれ開けた空間、そこに小さなテントが立てられていた。

 ここに来た際、説明を受けた場所であり、拠点と言える場所である。


「ランシア様、お呼びでしょうか」


「……ええ。どうぞ中へ」


 澄んだ声に従い中へと入る。小さな机と椅子、それに座った少女と後方に立つ護衛の騎士が一人。

 少女はその外見、纏う雰囲気からして常人とは別なものを感じる。錯覚かキラキラと輝いているかのように、まさしく住む世界が違う。実際、彼女は世界を三分する大国の王女である。

 一方で騎士のほうは女性ながら、並々ならぬ重圧を放っていた。後ろ手に立ち数メートルは離れても、妙なことはするなと無言で圧をかけられている。そして、もし何かしようとしても、瞬時に制されるであろうことも。


「オレイア、ダメですよ。そんなに威嚇しては」


 その言葉にふっと騎士が頬を緩めた。彼女が姿勢を崩すと、重圧からも解放される。


「すまなかったね。君たちはわざわざ志願して来てくれたというのに」


「そうですよ。貴重な休日にわざわざ……」

 

 オレイアと呼ばれた騎士に、主である少女、ランシアが続ける。だが、彼女の言葉は訂正しておきたかった。


「気にしないでください、ランシア様。普段のことを考えれば、こうして話ができるだけで光栄ですから」


「……そう。それなんですよね」


 彼女の発言の意図が汲み取れず、頭にハテナが浮かぶ。


「私と貴方たちは同じ学園に通う同級生……ですが、学科が違うと話す機会もないでしょう?将来のために、騎士科の生徒とは交流しておかないと」


 ランシアの言う通り、彼女たちの所属する学園は少々特殊で、王族や貴族のような上流階級とそうでない者たちが共に学ぶことができる場所だった。ただ学科という形で隔てられ交流する機会はめったにない。

  一方で彼女たちは卒業の際、同級生である騎士科の生徒から、自らの護衛を務める親衛騎士ロイヤル・ナイトを選ばなければならない決まりがある。

 彼女の傍に立つオレイアがまさにその親衛騎士ロイヤル・ナイトであろう。


「……では今日のことも、我々との交流を図ったものなのですね?」


 彼女は満面の笑みでええ、と答えた。


「もっとも、ほかにも理由はありますが……」


 付け加えた彼女の言葉は、ゼオには関係なかった。

 なるほど。そういうことなら願ってもない。

 これは好機だ。朝からしていた嫌な予感を吹き飛ばすほどのチャンスだ。


「……例えそうだとしても、自分のやることは変わりません」

「ランシア様の護衛を任された以上、何があろうと任務を果たす所存です」


 忠誠を誓うように片膝をつき、そう口にしたゼオにランシアはきょとんと固まった。一方、護衛のオレイアはふっと笑い、ゆっくりとゼオに近づいて来る。


「心掛けは見事。騎士として正しい姿と言える……だがその言葉、軽々しく口にしていいものではないと分かっているのか?」


 口元は緩んだままだが見下ろす瞳は冷たく、心の底を見透かそうとしている。だがゼオは一寸の迷いもなく、はいと答えた。


「命に代えても、お守りします。必ず」


 見下ろすオレイアに対してゼオはまっすぐ見上げる。目をそらすことなく、ただただまっすぐ。彼女もまた、笑ったままじっとこちらを見下ろしている。

 静寂を破ったのは、一人放っておかれたランシアだった。


「オレイア!」


 主人の叱責に、彼女は冷たい瞳をふっと閉じ優しくほほえんだ。


「いや、何度もすまないね。また試すようなことをしてしまった」


 再び瞳が開く。ゼオに向けられたそれは前と変わらず冷たいままだった。


「……いえ、お気になさらずに」


 彼女の冷たく厳しい態度もゼオには納得ができた。

 騎士の使命はそれだけ重いのものなのだ。『命を賭けて仕える主を守らなければならない』その誓いは軽々しく口にしていいものではない。

 ゼオからしてみれば彼女は学生を脅して意地悪をしているのではなく、むしろ正しく騎士としてあろうとしているように思えた。

 尊敬に値する人物だ。


「はあ、本当にごめんなさい。オレイア、お茶を淹れて差し上げて」


 オレイアは目を閉じ軽く返事をした。そのまま手際よく、繊細な装飾が施されたティーセットに茶を淹れていく。ゼオも客人として席に着き、出されたものをいただく。もちろん、文句のつけようがないくらい美味い。

 一口含み、喉を潤したところでテーブルを挟んだ向かいにいるランシアが口を開いた。


「それで、あなたは何故今日、ここに来てくれたのですか?」


 当たり障りのない質問だ。


「それはもちろん、ランシア様の手助けをするためです。学生の護衛など、形だけに過ぎないとは分かっていますが」


「ふふ、嬉しいですね」


 彼女はくすくすと笑う。こちらから何か聞いても良さそうだ。


「ランシア様、私からも聞きたいことがあるのですが……よろしいでしょうか」


 予想通りええ、と朗らかに彼女は笑う。


「……先ほど、我々との交流以外に他にも目的があると聞きました。ランシア様はここで一体何をしているのですか?」

「ここは……不吉な土地です。かつて、魔物たちの王の城があり今もなお、警戒地域とされています」

「そんな土地で、何を……」


 想像しただけで身震いするような、魔物たちの王が住む城。

 御伽噺のようなものだが、恨み憎み集まった怨念は、崩れて瓦礫の山となった今でも残り続けるものだろうか。それが今朝から続く嫌な予感の元凶なのかもしれない。

 いずれにせよ王族とは無関係な土地なはずだ。


 彼女は目を閉じ、静かに口を開いた。


「……ここには、私の祖先がお世話になった人物が眠っているんです。かつて、共に魔王に挑み、共に帰ること叶わず倒れた者が」

「いつかこの地にて彼が眠る棺を見つけ、弔いを果たすよう……代々言い伝えられているのです」


 彼女の祖先が魔王討伐のために戦ったというのは、誰でも知る有名な話だ。だが、その仲間に戦死者が出ていたとは聞いたことがない。一人敵地に散り帰ることもできず、弔いもされないというのはどんな気分なのだろう。主を守る使命は果たせただけでも、満足だったのだろうか。


 もし、自分なら───。


 そう考えたところで、オレイアが姫様と話に割って入った。


「調査隊から連絡がありました。それらしき棺を見つけたそうです」


「……そうですか」


 見つかったことに喜んでいるというより、言い伝えにあった棺が本当にあったことに彼女は驚いているようだった。


「早速確認をしに行きましょう。ゼオさん、あなたも。ファンガルさんも呼びましょう」


 学生を含めた全員を集め、棺の確認をしようとランシアがテントの出口に向かう。そして外に出ようとしたところで、すっとオレイアが彼女を制した。


「お待ちを……問題が起きたようです」


 すでにオレイアの手は剣に伸びていた。それはゼオも変わらない。

 彼もまた、ただならぬ状況であることを感じ取っていた。今まで漠然と感じていた不安の元凶がいる。緊張感が肌にびりびりと来る、この感じ。

 

「……君」


 オレイアが呼ぶ。ハッ、と短く返す。この場では彼女は上官に当たると言っていい。


「ここから北に馬車を停めている。そこまで姫様を避難させろ」


「普段なら学生に無茶はさせないが、非常事態だ。自分で言ったことなら、やり遂げてみせろ」


 オレイアの瞳には信頼の色があった。あの時の冷たく試すようなものとは違う。信頼し任せてくれた。ならば、それに応えなければならない。


「自衛の範囲なら、剣を抜くのは許す。それ以上は許さん。いいな?」


 了解、と答えるとオレイアはふっと笑った。頼もしく思ってくれたのか、一丁前にやって見せているのが面白かったのか、ゼオには定かではない。すぐに彼女はランシアに向き直った。


「姫様、調査隊の様子を見て参ります。すぐに戻りますが、念のため避難を」


「分かっています。私は皆の無事を祈っていますから……もちろん、あなたもですよ。オレイア」


「ははは……無事に戻ってきますよ。今回も」


 短いやり取りからも、彼女たちの間には確かな信頼があることが分かった。

 先にオレイアがテントから出た。

 後に続くと、彼女の姿は遠く、真っ赤なマントが小さく揺れているだけだった。彼女の向かう先、棺の見つかったであろう場所から一段と嫌な気配を感じる。目を背けたくなるような嫌悪感に、却ってそちらを睨みつけてしまう。

 だが、今は彼女に任されたランシアのことを守らねばならない。


「ランシア様、オレイア様に言われた通り避難しなければなりません。御身は命に代えても守りますから、どうかご安心を」


「……ええ、先導を頼みます。足手まといにはなりません」


 ランシアは落ち着いた声音で答えた。不安な様子はかけらも見せない。自分が揺れては部下も不安になることを知っているのだろう。若くしてすでに王の器にあると言っていい。


(仕え甲斐のある方だ……必ず、必ず守らなければ……)


 一層気を引き締めると、ゼオはオレイアの命令通り馬車へ向かうためランシアを連れ北へ向かった。




 何も見えない。何も聞こえない。何も感じない。

 死後の世界が楽園であると信じていたわけではないが、こんなにもただ『無』があるだけだとは。

 体の感覚はある。腕も脚も指先まできっちり残っている。

 だがそれも気を抜くとポロッと欠けて崩れていきそうだ。そして恐らく、そうなれば戻ることはない。闇夜の海で、波に大きく揺られる板切れにしがみついている気分だった。心が虚無に支配されれば、あっという間に消えてしまう。

 そんな虚空に帰れなかった騎士、ヒューグはいた。


(……姫様は、どうなったんだ)


 何か別のことを考えようとしても、浮かぶのは仕える主、ランメアのことだけだった。魔王城に辿り着きながら、最後まで傍にいることはできなかった。

 あの後彼女は、仲間たちはどうなったのだろう。例え魔王を倒す本懐を果たしてくれてなくてもいい。ただ、無事でさえいてくれれば。


 何故、俺は死んだんだ。どうして最後まで戦わせてくれなかった。

 死人が必要だとしても、俺である必要はないはずだ。

 何故、何故、何故……。

 こんなことならば、いっそ……。


 虚無に囚われ、彼の主に対して抱く純粋な願いは次第に淀み、濁っていく。それが良くないことは彼自身も分かっている。引き戻してくれる相手を求め手を伸ばす。いつもは姫様が止めてくれた。だが今はもう、手を掴み引き戻してくれる相手はいない。その事実がますます彼を絶望に落とす。

 暗闇の中、彼はもがき、苦しみ、諦め、そして。

 光が差し込んだ。


「姫様……っ」


 彼にとって、それは長年望み続けたものだった。救済、希望、居場所。

 どす黒い泥に塗れた手を伸ばし、そして彼は蘇った。夥しい数の怨霊と共に。




「これは……っ」


 調査隊の居場所、棺の発見現場に到着したオレイアは息を呑んだ。調査隊とその護衛の騎士を襲う、数えきれない数の黒い影。背筋を走る不快感はその怨霊の壁の向こうに、まだ何かいることを告げていた。

 

「騎士さん!」


 もう一人の学生、獣人のファンガルは既に剣を抜いていた。大柄な体格に相応しい、無骨な大剣。緊急事態故に咎めるつもりはない。


「お前は調査隊を連れて引け!ここは私と部下でやる!」


「応!!」


 幸い、周囲の怨霊は大したことはなさそうだ。剣で斬ればそれだけで倒せる。油断はしない。部下に召集をかけ、陣を組み対処しようとしたその瞬間、不快感の正体が動き出したのを感じた。北へと動き出している。


(マズい……!)


 怨霊の壁から、泥か霧か定かではない黒い塊が這い出た。

 それがよくないものだと直感でわかる。世を呪い、生を嘲笑う、ただそのためだけにある救い難き淀み。

 そしてそれは意思を示すかのように人の輪郭を取り、身をかがめ北へと向かった。

 追わなければ。あれの相手を学生にさせるわけにはいかない。姫様の元に行かせるわけにはいかない。そんな思考を引き裂くように、耳をつんざく甲高い警告音が響いた。思わず舌打ちする。タイミングは最悪だ。


「オレイア様!」


 部下が叫ぶ。


「魔龍が来ます!!」


ご愛読ありがとうございました。お疲れ様でした。


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