【魔法使い】サクラシア・センクラート
魔法。
思えば三百年前……俺がランメア様に拾われたのも、この身に宿る魔力がきっかけだった。
十分な魔力を持ち、魔法を使うことが出来る人間はそういない。しかも、その数は減り続けている。だから俺のようなものでも姫様に選ばれた。
『いずれ、人は魔法を失ってしまう』
『人の英知、奇跡を起こす力を……永遠に』
野宿の傍ら、焚き火を囲みながら寂しそうに呟く姫様の顔を覚えている。
『いいえ、まだ魔法は失われていないわ』
『この私が居る限り』
ゼオを魔法によって拘束し連れ去った女、サクラシアは魔法を使いヒューグにそう語りかけた。
彼女の言葉はヒューグの抱く考えを見透かしたように先回りしてくる。
或いは、リリオンと同じように思考を読む魔法が使えるのかもしれない。だとすれば、このうえなく厄介だが……。
『そうね、その通りよ』
その考えを肯定する言葉が頭に響いてきた。
その時点で、ヒューグははあっとため息を吐き思考を放棄した。
お手上げだ。実力差があり過ぎる。
ゼオを無理やり連れ去ったこの女になんとか仕返ししてやるつもりだったが、今のぬいぐるみに宿った状態ではどうすることも出来ない。
しかし、まだ疑問は残る。
彼女は一体何者なのか。
何故リリオンのことを知っているのか。
ゼオを連れ去る理由は何か。
『世間知らずなのね、先輩?』
『っ、……仕方ないだろ、俺は三百年前から蘇ったばかりなんだ』
馬鹿にしたような言葉に思わずヒューグは悪態をついた。
そしてまた一つ疑問が浮かぶ。
先ほども言っていた先輩、とは一体どういうことか。
『私はサクラシア・センクラート』
『契霊杖を使わず魔力を行使できる、古き意味での魔法使いの最後の一人。そして……』
『貴方達の意思を継ぐ者でもある』
『三百年前、貴方達に出来なかった魔王討伐……私達はそれを成し遂げた』
魔王討伐隊。
確かに三百年前、ヒューグたちはそう呼ばれていた。だがヒューグは志半ばで倒れ、残る仲間たちも魔王に傷を負わせはしたが討伐までは至らなかった。
しかし彼らは確かにそれを成し遂げたのだ。学園の初日に受けた座学でそう教わり、リリオンからもそう聞いている。
そして、リリオンが言うには彼らは魔王を討つことを目的としながらも友好的で……リリオンの元に居たゼオに稽古をつけることもあったという。
『ゼオに魔法を教えたのは私よ。幻魔候のやり方じゃ人間とは勝手が違い過ぎて効率が悪すぎたから』
つまり、彼女───サクラシアはゼオやリリオンの事情を知る身内側の人間ということだ。ほんの数日間の付き合いのヒューグより、ゼオやリリオンとの付き合いは長い。
むしろ彼女からすれば、教え子に取り憑いた幽霊であるヒューグの方が危険と取られても仕方ない。
『アンタのことはどうだっていいわ。その気になればどうにだって出来る』
『気に食わないのは……リリオンよっ』
ヒューグが思考を巡らせている間にも、サクラシアは語りかけてくる。
その声は淡々としたものから、次第に激しいものに変わっていく。
『久しぶりにゼオに会えると思ったら学園に入学した途端に大ケガして……』
『挙句の果てに勝手に記憶を封印して、会うのも禁止なんておかしいわよっっ』
『いくらゼオの主とはいえ、好き勝手するにもほどがあるわ!』
彼女がリリオンのゼオへの態度に怒りを覚えるのも当然のことだ。ヒューグやヴァーミリア、リリオン本人ですら現状に完全に納得してはいないのだから。
なおも彼女の口調は激しさを増していく。
『昨日の決闘だって、あんな不完全な魔法で手を抜いた相手に勝っても意味ないわよ!!観戦してて本っっっ当ムカついたわ!!!!』
ヒートアップした彼女の口調に、ヒューグは恐る恐るリュックから顔を出し彼女の顔を伺った。
烈火のように激しい口調と裏腹に、彼女の表情は何も感じていないように冷たいものだった。
そうしてる間に一行は広い校庭に出た。あたりに人気はなく、彼女は拘束していたゼオの身体を地面に下ろした。その傍にヒューグの入ったリュックも置かれる。
「え、えっと……あの、一体?」
今まで黙って運ばれてきたゼオもここでようやく口を開いた。記憶を封印された彼は目の前にいるのが自らの魔法の師であることも知らない。
ゼオと視線を交わしても、彼女の冷たい表情は変わらない。奥に潜めた感情を表には出さないつもりらしい。
「……私はサクラシア。魔法使いよ」
「昨日の決闘は見せてもらったわ。魔法を覚えて、強くなりたいんでしょう?」
その言葉にゼオは一瞬迷ったものの、覚悟を秘めた瞳でサクラシアを見つめ返し、頷いた。
そうだ。記憶を失っても変わらない、この愚直なまでの素直さが彼の魅力だ。
数年前、魔界で初めて会い、教えを請われたその日からサクラシアはこの少年のことを好ましく思っていた。
主であるリリオンの力になりたいと願う少年の想いを知り、その思いの強さを感じる度に、師として誇らしく思っていた。
その純粋さは、生まれ持った魔力以上に魔法を扱う才能となるからだ。
(リリオンがその気なら、好きにすればいいじゃない)
(その代わり、私も好きにやらせてもらうわ)
「いいわ。稽古をつけてあげる、ゼオ・オークロウ」
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