決闘②
決闘の日。
その日は朝から騒々しかった。喧騒とは無縁な貴族科の生徒たちも浮足立ち、午前の授業が終われば皆急いで教室を後にした。
そんな中でもリリオンは一人、いつものように図書室で読書に耽っていた。
「リリオン」
女性の声に、リリオンは顔を上げた。
声をかけてきたのはヴァーミリア。昨日、魔界からリリオンと通信していた幻魔候である。
魔界にて内乱が続く中、彼女は休暇を利用し人間界を訪れリリオンの手助けをする予定だった。だが、ゼオの決闘のことを知り、予定を早めここにやって来た。
「ゼオの決闘、見に行かなくていいの?」
彼女にそう問われ、リリオンは黙り込んだ。
本心で言えば見に行きたい。あの子が頑張っているのだ。直接目で見て、応援してやりたい。だがあの子が決闘に敗れ、自らの下を離れるところは見たくない。
あの子の安全のため、それを望んだのは他ならぬ自分なのに。
「悩んでるのね。いいのよ、それでも」
リリオンの様子にヴァーミリアは責めることなく優しく諭すように語る。
「……貴女も、ゼオのことは可愛がっていたでしょう。私を、責めないのですか?」
魔王城に居た頃、ヴァーミリアはゼオをとても可愛がっていた。まるで姉弟のように。
「あの子の主である、貴女が決めたことだもの」
「それに、あの子のことを信じてるから。応援してあげましょう、ね?」
すっとヴァーミリアは手を差し出してきた。
信じる。リリオンには未だ難しいことだ。それを難なく口にするヴァーミリアをリリオンは尊敬していた。
(私も、まだまだですね。もっと、ゼオのことを信じられるように……)
リリオンはヴァーミリアの手を取り、決闘が行われる校庭へと向かった。
「すごい人気だな、こりゃ」
校庭に用意された控室を兼ねたテントの中で、ぬいぐるみの姿のヒューグは呟いた。ここに来るまでの間にものすごい人だかりが出来ていたのが目に付いた。
決闘が決まったのは昨日の午後のことだと言うのに、観客席まで用意されていたのだから驚きだ。何なら食事や飲み物の販売まで行われているのだから商魂たくましいものだ。
「ヒューグさん、その……すみません」
背後から声をかけられ、ヒューグは振り向いた。ゼオが申し訳なさそうに頭をかいている。
「ヒューグさんに相談もせず、こんなことになってしまって……」
「いいよ。お前の決めたことだしな」
一刻も早く主人に会いたいと願うゼオを責めるつもりはなかった。どのみち、王女たちが集まってあれこれ話しているところにヒューグが居たところで何かできたとは思えない。
「いざって時には俺が代わるよ。それでいいよな?」
ヒューグはゼオの身体を借りて祈機騎刃の操縦を経験している。ゼオもクラハに訓練してもらったが万全とは言い難いのが事実だ。
勝ちを狙うならヒューグに任せたほうがいい。だが。
「いや、今回は最後まで僕にやらせてください」
「……例え、負けそうになってもか?」
はい、とまっすぐな瞳でゼオは応える。
その目を見れば分かる。ゼオも意地を見せたいのだろう。それなら、活躍の場を奪うのは良くない。むしろ姿を見せようとしない主のリリオンに、ゼオの意地を見せてやるのもいいだろう。
「分かったよ。そういうことなら、俺は応援に回る」
「その代わり、勝ったらアップルパイでもおごってくれよ」
「いいですけど……アップルパイって?」
気にすんな、とゼオに返した。
刻一刻と時間は過ぎていく。間もなく、試合が始まる。
「時間です。ゼオさん、こちらへ」
テントを訪れたランシアの声に頷き、後を追い外へと出た。
その瞬間、わあっと歓声が上がる。観客席までかなりの距離があるのに、歓声は容赦なくゼオの身体を揺さぶってきた。
席には騎士科、貴族科問わず学園の生徒が詰め寄せているだけでなく、学外の騎士たちも観戦しているようだった。それだけ注目度の高い試合ということなのだろう。
「ゼオ・オークロウ」
聞きなれぬ声にゼオは観客席へと向けていた意識をそちらへ向けた。
声の主はゼオに比べやや大人びた青年だった。爽やかな雰囲気で整った顔に不敵な笑みを浮かべている。纏う雰囲気は強者のそれに違いない。
「ゼオさん、こちらが決闘のお相手の……」
「レヴン。レヴン・クレストだ。君と戦える幸運を、我が主に感謝しなけれなならないな」
「ランシア様も、立会人を務めていただき感謝します」
丁寧な所作でレヴンはランシアに礼を述べた。お気になさらずに、とランシアが返す。
「……貴方は、僕と戦いたいのですね。レヴンさん」
「そう、そうだ……そうとも」
機嫌良さそうにレヴンは語る。
「まず訂正しておくが、レヴンでいい。変に気を遣うことはないさ」
「君のことは入学した時から気にかけてきた。出自に見合わない実技二位という好成績に加えて『魔龍事件』の一件で君の勇名は更に高まった」
「一刻も早く戦いたいと思ったものだ……だが君が記憶喪失になり、その機会も失われたと思っていた……」
「しかァァしッ!」
突然の大声に思わず身体が跳ねてしまった。
「今日、まさしくこの時に、思いがけぬ好機を得たッ!」
「ゼオ!君と戦えるのなら、例えそれが計略に塗れたものであろうとも構わない!存分に戦おうッ!!」
レヴンはそういい、歯を見せてにいっと笑った。爽やかな雰囲が吹き飛ぶような、獰猛な笑みだ。
実技一位の称号は飾りではないようだ。それだけの圧を感じる。
「ちょっと、レヴンーーー!!いつまでやってんのよーーー!!」
ゼオの正面、レヴンの背後からそんな声が飛んできた。声の主はシャルティナだ。試合が始まらないことに痺れを切らしたようだ。
「ではそろそろ、始めましょうか?」
ランシアの問いかけにゼオもレヴンも頷く。
「では……聖領守護騎士団の王女ランシア・スティンバル立ち会いの元、決闘を行います」
「一人は情報を、一人はその身を敗北の対価とする。異論はありませんね?」
「ない」
「ありません」
やや早くレヴンが答え、ゼオが続いて応える。
「では、剣を」
ネックレスを掴み念を込め、契霊杖を呼び出す。
レヴンの方を見ると、彼の手にも契霊杖が握られていた。
やや短めの柄の両端に、緩やかに反った片刃の刀身が二つ。
いわゆる両刃剣と呼ばれる武器だ。彼の得物については事前に聞いていた。実際に見てみると扱いの難しい武器であろうことが容易に想像できる。
「続いて、鎧を」
「────ッ、来い!!」
契霊杖を掲げ、祈機騎刃を呼ぶ。
背後の空間から白亜の騎士、【ヴァンドノート】が現れた。
「星火燎原、引くことを知らず」
相対するレヴンの背後にも、巨大な騎士が姿を見せた。
白い装甲に赤いラインが入った、細身な【ヴァンドノート】とは一線を画す重厚な外見。しかし体躯そのものは【ヴァンドノート】とそう変わらず、各所に備え付けられた何らかの装備が異彩を放っている。
「これが私の祈機騎刃、ラデンバリオだ」
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