王女達の語らい
第18話 王女達の語らい
クラハの後に続き、ゼオは貴族科の校舎へと向かっていった。
彼女と一緒にいるからか、今回は許可証を見せることなく入ることが出来た。クラハの足は止まらず、どんどん奥へと進んでいく。
リュックの中にいるヒューグの反応はない。まだ気絶しているようだ。
建物の中から中庭らしき場所に出た。一面花が咲き誇っている優雅な場所だ。その場の中央に置かれたテーブルを囲み、三人の女性が座っていた。
「ランシア様、ゼオ・オークロウをお連れしました」
そのうちの一人、自らの主たる人物にクラハは声をかけた。彼女は振り返りゼオを見ると、いつものようにニコッと笑った後申し訳なさそうな顔をした。
「ああ、ゼオさん。ようこそ来てくれました」
「……先に謝っておきますね。すみません」
「いや、あの」
謝られても何が何やらさっぱり分からないのですが。
「ゼオ・オークロウ」
戸惑うゼオに対し、ランシアと同じくテーブルに座る女性が彼を呼んだ。艶のある黒髪に鋭い目つきをしたその女性はじっと冷たい瞳でゼオを見つめていた。
冷酷さを感じる瞳に思わず身体が強張る。
そんなゼオの態度を見て、彼女はふっと頬を緩めた。
「私も、歓迎するわ。よく来てくれたわね、私の騎士さん♪」
「えっ?」
私の、騎士?
頭の中でその言葉の意味をゆっくりと解きほぐしていく。
数秒、間を置いてからゼオは応えた。
「いや、違うと思いますけど……」
ゼオは記憶喪失である。
だが、この女性はおそらく自らの主ではない。直観がそう告げていた。
彼女は一瞬きょとんとした後、口元を隠しながら笑い始めた。
「あらあら、バレちゃった。残念ね」
「なんでそうすぐバレる嘘を吐くのよ……バカじゃないの?」
先ほどの冷酷な瞳が嘘のように黒髪の彼女は笑う。
残った一人、赤髪の女性が呆れながらそう呟いた。ランシアも口には出さないが、目を閉じため息を吐いた表情は呆れ切っていた。
「それよりキミ、独立相互都市連盟の人間なんでしょ?だったら、アタシに仕えるのが当然ってモンよ!」
先ほどまで呆れていた赤髪の女性が椅子から立ち、身を乗り出しながらゼオに迫ってきた。圧の強さで言えば先ほどの女性にも負けていない。
「いや、その……それより、これは一体?」
まったく状況が飲み込めないままだった。
助けを求めてランシアの方を向くと、彼女は申し訳なさそうにしながら教えてくれた。
「紹介が送れましたね。彼女はセナリス・レーヴェラルト。こちらはシャルティナ・デュアンバッケン」
二人とも名前を呼ばれて頷いた。
冷酷な瞳と愛嬌のある表情の二つの顔を見せた黒髪がセナリス・レーヴェラルト。
ゼオが口を挟む余裕もなくグイグイ来た赤髪がシャルティナ・デュアンバッケン。
「彼女達はそれぞれ、私と同じように……人魔共同主義連邦、そして独立相互都市連盟の王女なのです」
「……では、この場に三大国家の王女が」
聖領守護騎士団の王女であるランシア以外の国家の王女も学園に在籍していることは知っていたが、まさか共にテーブルを囲むような仲だったとは。
「……御三方とも、随分と仲がよろしいのですね」
「別に仲良くないわよ。クサれ縁よ」
ゼオの言葉に不機嫌そうにシャルティナが返す。
「巨大国家の王女というだけあって、昔から親善訪問なんかで顔を合わせる機会が多かったから」
「同じ王女という地位にあるもの同士、話が合うことも多かったの。そうよね?」
セナリスはそう話しながら、不機嫌そうなシャルティナに微笑みかけた。彼女は気色悪いものでも見たかのように顔を逸らす。
「私たちを慕う生徒たちのことを踏まえ、公の場で接することはありませんが……決して険悪な仲、というわけではないのですよ」
「お互い時間が空いた時には、こうしてお茶会を開くこともあるのです」
「そういうわけで、今日も集まっていつものようにあれこれ話をしているうちに……貴方の話になったの。ゼオ」
ランシアが話を進めていたところにセナリスが代わって話を続けた。
「……自分の、ですか」
「そう。貴方は孤児院の出ながら、実技二位の好成績で入学。授業に対する評価もなかなか……それから何より『魔龍事件』のこと」
「魔龍の群れの出現と現地に縛られた怨霊の襲撃という脅威を前に、貴方はランシアの護衛を見事務め上げた。重傷を負いながらも怨霊をその手で撃退し、祈機騎刃エッジオブエレメンタルを駆り魔龍さえも斬り伏せた……」
「……そうらしいですね」
セナリスは芝居がかった言い方でゼオの活躍を語っている。たぶん、褒めてくれているのだろう。
だが記憶のないゼオからすれば、赤の他人の話を聞いているようなものだ。褒められているという気にはならない。
「このところ、学園内はキミの話で持ち切りよ?分かってんの?」
「ええ。それはもう、痛いくらいに」
この数日間、教室でも廊下でも食堂でも、生徒からの視線を感じ続けていた。
初日だけで済むかと思っていたのだが、正直甘かった。
「それだけの活躍をした上に、ランシアの親衛騎士への勧誘を断ったのがどんな人なのか……気になっちゃって」
セナリスが再び笑みを浮かべる。
愛嬌のあるようなものではない。王女としての威厳を、凄みを感じる威嚇に近い表情だとゼオは感じた。
凍り付いたように身体が強張った。
「……私はそっとしておいてあげるように言ったのですが、セナリスもシャルティナも聞かないもので」
「無理矢理連れてこられる前に、私がクラハに命じてここへ来てもらったのです」
そんな場の雰囲気を和らげるように、ランシアが話を続けた。
彼女が最初に謝ったのが分かった気がする。
人魔共同主義連邦の王女セナリス・レーヴェラルトは只者ではない。
恐らく、関わらないで済めばそれに越したことはない。それがゼオの抱いた印象だった。場の主導権を率先して握ろうとしている。それが危険なことはすぐに察知できた。
ゼオのことを優先して考え、こうして時折庇ってくれているランシアのことがありがたくて仕方がなかった。
「ランシアぁ~、勧誘は断れたんだしさぁ……庇うことなくない?」
シャルティナが口を挟んだ。彼女から見ても、ゼオは庇われているように見えるらしい。
「仕える主がいるのに、ランシアに『命に代えても守る』なんて言っちゃって♪」
「女たらしの素質があるのね、ゼオくんは♪」
セナリスも一転して愛嬌のある笑みを浮かべながら言った。
「褒めてないでしょう、それは……」
ゼオは苦笑いするしかなかった。
ランシアの方ははいはい、と軽く聞き流している。恐らくこんな風にからかわれるのもいつものことなのだろう。
「それにしても、実際に見てみると……ふふふっ、なるほど」
セナリスの視線がゼオの身体を上から下まで這いまわる。きっと品定めしているのだろう。
ゼオは何も言えず、ランシアも目を閉じたままだった。
「うん、気に入った。ゼオくんは私が貰うから」
満面の笑みでそう話すセナリスに対し、ゼオは声を上げようとした。彼女の思うままにさせてはいけない。
だがゼオより早く彼女に反論する者がいた。
「ちょっと待ったぁ!!」
「……シャルティナ、なぁに?」
椅子から立ち上がったシャルティナに対し、セナリスは余裕のある笑みを浮かべそう聞いた。その問いに答えることなく、シャルティナはゼオのほうを向き話し始めた。
「ゼオ・オークロウ!キミが自分のお姫様を探しているのは知っているわ!」
「そ・こ・で!アタシがキミのお姫様の情報を持っている……と言ったら、どうする?」
イジワルそうに彼女は笑う。
ランシアやセナリスと並ぶ三大国家の王女なだけはある。シャルティナもまた、一筋縄ではいかないようだ。
「それは……是非とも、教えて欲しいですが」
ゼオが素直にそう話すと、彼女は満足そうにふふんと鼻を鳴らした。腕を組み自信あり気に話を続ける。
「条件は一つ。アタシの部下と決闘して勝つことよ」
「勝てば情報を教えてあげる。負ければ……フフフッ」
たっぷり含みを持たせた後、彼女はゼオをまっすぐ指差し告げた。
「負ければ、アタシの親衛騎士になってもらうわ!」
「……」
驚きはない。予想していた内容だ。
勝ったとしても得られるのは情報だけ。それで本人に辿り着ける保証もない。
負ければ三大王女の親衛騎士。
もちろん悪い話ではないが、今更その地位に戻ったとあっては、まだ見ぬ姫様にも、ランシア様に対しても失礼だ。
「ゼオさん、リスクとリターンのつり合いが取れていません。受ける話ではありませんよ」
冷静にランシアが告げる。それはゼオも重々承知だ。
だが。
だが、それでも。
主の下に戻れるチャンスがあるなら、それに全力を尽くすことがゼオの主に対する忠義だった。
「……その勝負、受けましょう」
ニィッ、とシャルティナが笑う。セナリスは笑みを浮かべたまま何も言わない。
「ゼオさんっ!」
ランシアが珍しく強くゼオを止めた。
「申し訳ありません、ランシア様……」
「ですが、自分の主についての手がかりがあるというのなら、勝負を断るわけにはいきません」
「そうそうっ!本人がそう言ってるんだから、ランシアは口を挟まないのっ!」
「セナリスも行動が遅いのよね!こういうのは、事前の準備がモノを言うのよっ!」
シャルティナは上機嫌にぺらぺらと話している。ゼオが勝つとは一切思っていないようだ。
そんな考えを秘めたゼオの視線に、彼女も気づいたらしい。
「残念だけど、キミが勝つことは出来ないわよ」
「何せ相手をする私の部下は……実技試験一位通過、騎士科の生徒で最強なんだから!」
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