或る騎士の記憶
こうして始まった俺と姫様の旅路は、思った通り簡単なものではなかった。
姫様に教わった剣術と魔法があっても、魔物との戦いは楽ではなかった。
常に死を覚悟し、頭を働かせなくては勝つことはできない。夜は殆ど野宿で済ませ、屋根の下で休めたことは殆どなかった。貧民街での喧嘩と、魔物との命を懸けた戦いは違う。何度戦っても恐怖に慣れはすれど、消えることはなかった。
それでも折れなかったのは、姫様が折れなかったからだ。
姫様はいつも俺の前に立ち、俺の数倍の数の魔物を相手取っていた。戦いが終わると、傷の深さも数も俺より酷いのに真っ先に俺を気遣ってくれた。
騎士でありながら、守るべきはずの姫様に守られる。
それが情けなくて仕方なかった俺は、強くなろうと決め自ら進んで敵に立ち向かった。
姫様に教わった剣では、姫様を超えることはできない。実戦の中で、我流で極めていくしかないのだと悟った。当然ながら傷を負う回数も増え、死に掛けたことも何度もあった。無茶はするなと姫様に怒られながらも、止めはしなかった。
そんな俺と姫様の旅は、少しずつではあるが人類に希望を与えていたようだ。崩壊した各地の国軍も、自国の王女が直接戦っていることを知り士気をあげていた。そうした軍勢をまとめ上げ、人類滅亡までの時間を僅かに、だが確実に引き伸ばしていく。
そして何より嬉しかったのは旅路を共にする仲間が増えたことだ。
姫様の王国とはまた別の国の王族であり、若くして指揮官として活躍してきたエルジラン。
真魂教会にて負傷した戦士たちに祈りを捧げ続け、聖女と呼ばれた少女ユーセトラ。
俺たち四人は歳もそう変わらず、死線を共にし背中を預けあったことですぐに心を許しあった・・・…まあ、俺とエルジランはしょっちゅう喧嘩になった。奴が野良犬と呼べば俺がお坊ちゃまと返し、すぐ睨みあいになる。大抵は姫様が仲裁し、ユーセトラはそれを見て楽しそうに微笑んでいた。
実際、二人はすごかった。エルジランの剣はその冴えが閃く度に敵を斬り裂き、魔物の鎧や甲殻を紙のように切断した。奴の国に古くから伝わるらしい剣技を幼少期から叩き込まれた上に、奴自身の才能がその全てを進化させている。俺自身が試行錯誤の末辿り着いた二刀流の手数によって圧倒する剣撃を、奴は剣一本で捌いて見せたことがある。
一方ユーセトラもまた、大陸中に信徒を持つ真魂教会が幼少期から育て、秘蔵していた至聖天の称号を持つ唯一の女性らしい。それがどういう意味を持つのか俺には分からなかったが、彼女が魔法を使えば一瞬で骨が繋がり傷が塞がり臓器が元通りになった。俺や姫様でも治癒魔法は使えるが、時間はかかるし痕も残る。彼女が言うには、治癒力を促進して傷を癒しているのではなく、時間を巻き戻すことで傷事態をなかったことにしているのだという。
即死さえしなければ、どんな重傷者でも重病人でも癒してしまう彼女の力は聖女と呼ぶに相応しかった。その上、攻撃や防御といった魔法にも人並み以上精通していたのだから姫様からかじった程度の魔法しか使えない俺では比較にすらならなかった。
ともかく、四人揃っての旅は悪くなかった。魔王の居場所の手がかりを求め各地を転々とし、強敵に次ぐ強敵との連戦には気が休まることが殆どなかった。魔物に加担した人々に裏切られ、追われたこともあった。何より、自分たちが遅すぎたことを痛感することが多すぎた。
だが、もちろん辛いことだけじゃなかった。協力し難敵を討ち果たした時の達成感。喜ぶ人々の表情を見て噛み締める幸せの尊さ。そして、満足げに微笑む姫様の表情。そして、俺の視線に気付いた姫様の言葉・・・。
「ヒューグ、よくやりましたね」
それからの旅はそう長くなかった。魔王の居場所を突き止めた俺たちは、旅の終着点である魔王城へと至った。人気もなく緑の無い、岩ばかりの荒地に魔法により隠されていたその巨城は、黒雲を突き破り、静かに堂々とそびえていた。
中に踏み入った俺たちを待っていたのは、文字通りの死闘だった。
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